年央雑感(31)

以上簡単に民主党の成り立ちを見てきたが、その成り立ちからして民主党は左

翼政党であった。鳩山由紀夫は、もともとがボンボンで極端な表現をすれば、

青白いマルキストであった。ボンボンのうえに金があることが、彼の強さでもあ

り弱みでもあった。そのため彼にはいわゆる根性と言うものに縁がなく、何事も

成し遂げることはなかった。


菅直人
は、社会党を離党した江田三郎と共に1977.3.26に「社会市民連合」を

立ち上げている。江田三郎は同年6月に死去し息子の江田五月が後を引き継

ぐ。そして一年後の'78.3.26に社会党田英夫らと社会市民連合は「社会民主

連合
」へと左翼色を強くする。細川政権の一翼を担っていた社会民主連合

が、細川内閣の総辞職、羽田内閣のごたごたの影響を受け1994.5.22に社会

民主連合は解散する。そのため菅直人は「新党さきがけ」に移る。その年荒井

日本新党から「新党さきがけ」に移り、菅直人政調会長の下で副会長を務め

ることになる。'96/1の自社さ連立第1次橋本内閣では、厚生大臣として入閣す

る。菅直人市民運動家出身の政治家であったため、それほど頭が高くないと

ころがあり、薬害エイズ事件の被害者達に土下座して謝罪するパフォーマンスも

披露し、人気を博している。しかしこのことは日本国の将来を託すほどのビジョ

ンや哲学を持ち合わせていない、と言うことを如実に表していると小生は見て

いる。いわゆるその場限りの現場主義・局面主義の持ち主ではないかと、思う

のである。だから突然消費税の増税を打ち出したり、打ち出したかと
思えば年

収200万円から400万円まで消費税還元の幅が振れるのである。一介の市民

運動家からぽっと出で、一国の首相にまで(間違って)なってしまった男なのであ

る。これでは日本が不幸である
最大の不幸と言うべき事態なのである
      

小沢一郎は、経世会の勢力争いに破れ自民党を飛び出し新生党を作ったの

は、1993.6.23のことである。ここから小沢の漂流が始まるのであるが、1993.8.

9に自民党以外の小党を集めて「日本新党新党さきがけ」会派を取り込み、

細川内閣・羽田内閣を作ったものの、我を張りすぎてまとめきれずに社会党

離脱してしまい、1994.6.30に村山富市を首相とする自社さ政権に取って代わ

られてしまう。その後公明党を引き止めきれずに1997.12.27に小沢一郎

進党
6党に分党する。そして翌年の1998.1.6に自由党を結成する。1999.1.

14には念願の自自連立政権を成立させ与党に復帰する。しかし2000.4.1には

その自由党小沢一郎の我により連立から離脱することとなり、自由党保守党

に分裂し、小沢一郎自由党は少数政党に成り下がってしまう。この小沢一郎

に声をかけたのが、民主党鳩山由紀夫である。2003.9.26、自由党民主党

と正式に合併
し、小沢一郎は始めて無役の一兵卒となる。しかしその後は見て

の通り民主党を乗っ取り、裏も表も小沢一郎民主党の親分となったのである。

そして民主党と言う一国の政治を司る与党の親玉となった今、ようやくその本性

を表し始めたのである。

  

先に「日米同盟を少しずつ弱体化させる」と言う路線が、実際の民主党内の

主流なのである、と述べたが、将に「日米同盟を弱体化させて、しかも自主防衛

もしない」と言う路線を走り出したのである。

小沢はこのことを「日米中正三角形」論として、2007.7.2の民放番組で主張して

いる。そして同年の2007.12.6から12.8まで中国を訪問し、胡錦濤にへりくだっ

ている。小沢一郎はすでに相当前から中国共産党にその魂を売り渡してしまっ

ているのである。(
このことは、2007.11.26~の小沢一郎、悪魔の密約」を参

照願う。
)だから毎年中国共産党政権に、朝貢外交をしているのである。それ

を如実に示すものが、「日米中正三角形論」なのである。

     

このことは、2008.1.16、17、18、22、24で掲載した小沢一郎土下座外交

(1~5)」
を参照願いたい。昨年2009.12.10の訪中では、143人の民主党国会議

員が一人ひとり胡錦濤と握手し写真を取らせていたことは、忘れはしまい。


東アジア共同体」などと言う主張も中国朝貢外交の結果なのである。直接中

国の属国になりますよ、と言う代わりに「東アジア共同体」と言う隠れ蓑を掲げ

て、「あえて中国に飲み込まれよう」と言う路線をとろうとしているのである。

こんなことをすれば、民主主義と自由な国・日本の国是は崩壊する。なかんず

く「天皇と日本文明」と言う日本独自の真髄を捨てさせて、中国共産党に従属さ

せることなど絶対にあってはならないことなのである。しかし小沢一郎は、それ

をやろうとしている。こんなことが許されたよいものか。許されるはずがない。

国民はよく見ている。だから今回の参院選では小沢一郎民主党が負けたの

である。そして民主党政権への支持率は落ち続けているのである。

          

33菅内閣の支持率34.3%に下落 不支持が支持上回る
ANN NEWS(2010/07/19 11:51)

 支持すると支持しないが逆転しました。ANNの最新の世論調査で、発足時に

は58.7%あった菅内閣の支持率が約24ポイント下落して34.3%となる一方、不

支持は45.4%と初めて支持を上回りました。

 調査は17日と18日に行いました。菅内閣の支持率は34.3%で、前回の2週間

前の調査に比べて6.6ポイント下落しました。一方、不支持は45.4%で、発足から

1カ月半で初めて不支持が支持を上回りました。ただ、参議院選挙の結果を受

け、菅総理大臣が辞める必要があるかを聞いたところ、「必要ない」と答えた人

は75%に上り、世論が総理大臣の交代までは求めていないことが分かりまし

た。民主党が大敗した理由を鳩山前総理大臣や小沢前幹事長の政治資金問題

と答えた人と、菅総理の消費税発言と答えた人がきっ抗していて、「政治とカネ」

の問題も選挙に大きく影響したことが分かりました。政党支持率民主党

28.6%となったのに対し、自民党は26.2%と差が縮まりました。そのほかの政

党は公明党4.3%、共産党4.1%、社民党1.5%、国民新党0.7%、みんなの党

13.1%、新党改革0.9%、たちあがれ日本0.7%となっています。みんなの党

13.1%と8ポイントあまり増やし、参議院選挙での躍進で存在感を増しています

http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/200719023.html

          

願わくは、民主党への支持率がもっともっと下がることを祈念してこの項を終えたい。

(終わり)