番外編・プリウス急加速問題(91)

オバマ政権の命取りになりかねない
テスラ、フィスカー、ボルト


 以上紹介した、テスラ、フィスカー、そしてGM「ボルト」には共通点がある。

 それは、「オバマ政権の肝いり」ということだ。いわゆる、グリーンニューディールの一

環として同政権は、ブッシュ政権で成立した各種の次世代車関連政策を強力に後押しして

きた。そのなかで、テスラとフィスカーは、DOE(米エネルギーショー)のATVM(Advanced

Technology Vehicles Manufacturing、先端技術車両製造)ローンプログラムによる低利子

融資として、テスラが4億6500万ドル(1ドル78円換算で約362億7000万円)、フィスカーが

5億2800万ドル(約411億8400万円)を手にしている。


※DOE;Department of Energy米国エネルギー省(核兵器の管理もここ。)

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テスラ」、「フィスカー」を追う、米電気自動車ベンチャーCODA」。車両と二次電池は中国製。2012年の米国販売計画台数1万1000台とかなり強気。Photo by Kenji Momota

 また「ボルト」は、国費により破綻から再生した新GMのシンボリックな存在であり、オバ

マ大統領は2010年7月30日、同車を製造するデトロイト市内工場の製造ライン上で同車を

短距離試乗するパフォーマンスを見せた。さらに同大統領は同年7月15日、ミシガン州

ーランド市で、「ボルト」が搭載するLG化学社製のリチウムイオン二次電池製造工場建設

現場での鍬入れ式にも参加している。こうしたリチウムイオン二次電池の研究開発、及び

米国内での製造については、DOEのARRA(The American Recovery and Reinvestment

Act)を通じて総額数兆円規模の補助金をバラ撒いている


 オバマ政権雇用対策の切り札と謳ってきたグリーンニューディール政策。だが失業

率が9%前後で高止まるなか、同政策の実効果について米議会内、そして市民の間では

賛否両論がある。同政策のなかで目立つ存在であるテスラ、フィスカー、そして「ボルト

に関するネガティブな報道は、来年の大統領選挙に向けて現在、厳しい戦いの真っ最中

にあるのオバマ政権にとって、なんとか避けて通りたい話題である。


意外とコンサバな
ホンダ「フィットEV」の裏事情


 ホンダは昨年のLAオートショーで、「フィットEV」のコンセプトモデルを発表した。同日にト

ヨタ/テスラの「RAV4 EV」も発表されたこともあり、同コンセプトモデルへの注目度は非

常に高かった。同記者会見ではホンダの伊東孝紳社長がスピーチし、ホンダのEVに対す

る本気度を示したかに見えた。

 対する今年の同ショー、「フィットEV」の量産モデルが登場した。紹介役はアメリカンホン

ダ(ホンダの北米本部)のジョン・メンデル執行副社長。同車と同時に、コンパクトSUVの新

型「CR-V」も発表。ホンダの北米販売戦略上、「CR-V」が最重要車種の1台であり、その

登場のインパクトは「フィットEV」の存在感を薄めてしまったように見えた。

 そうした現場の雰囲気だけではなく、「フィットEV」はコンサバな面がある。ここで言うコ

ンサバ(保守的)とは、電気自動車事業で先行する日産、三菱自工、さらには社内での基

礎研究以外にベンチャー企業との連携を組むトヨタに対しての表現だ。

 コンサバな理由は大きく2つある。

 理由のひとつめは、「地域限定のリース販売」であることだ。同車は2012年夏から日

米で発売される。アメリカについてはリース販売のみで、月々399ドル(約3万1100円)の3

年契約。その金額設定の基準値として、車両価格は3万6625ドル(約285万7000円)とし

た。同リース販売は2012年中はカリフォルニア州オレゴン州のみ。2013年からは米東

海岸の6州に拡大する。対する日産「リーフ」の場合、2011年初頭から全米で車両として

発売されており、これまでの米国内販売総数は約8000台だ。また
三菱「i(日本のi-MiEV)」

は2012年初頭から全米で車両として販売される。

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「フィットEV」の開発責任者、株式会社本田技術研究所・四輪R&Dセンター・LPL上席研究
員の藤本幸人氏。Photo by Kenji Momota

 また「フィットEV」の生産予定台数は3年間で約1100台。日本での販売方式については

今回、未発表だった。 

「フィットEV」を「地域限定のリース販売」したことについて、同車の開発責任者、株式会社

本田技術研究所・四輪R&Dセンター・LPL上席研究員の藤本幸人氏は「電気自動車市場

がまだ小さいからだ。実証試験的な意味合いもある」とした。また企業や教育機関との実

証試験も始まっており、北カリフォルニアにあるグーグルとスタンフォード大学とホンダは、

技術面や人と電気自動車の関わり方などそれぞれの専門分野での情報交換を行なっている。


急速充電向きの電池を搭載しながら、
なぜ急速充電に未対応?


「フィットEV」がコンサバな理由ふたつめは急速充電方式を持たないことだ。

 昨年コンセプトモデル発表時、前出の藤本氏は急速充電方式の検討も視野にあると説明

していた。だが今回、同氏は「夜間電力等の利用での家庭での充電が基本。走行距離と

二次電池電池容量のバランスを考慮し、普通充電で3時間が妥当だと判断した」とした。

 ホンダの発表資料では同車が床下に搭載するリチウムイオン二次電池の容量は20kwh

(リーフは24kwh)で、充電方式は240V・6.6kw(32A)。満充電での航続距離は、米LA4モ

ードで123マイル(約197km)。また、実際の走行状態により近い条件で計測される、米EP

Aの市街地・フリーウエイの合算電費は76マイル(約122㎞)だ。

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「フィットEV」の心臓部。インバータはホンダ製。モーターは燃料電池車「FCXクラリティ」と同型で最大出力92kw。Photo by Kenji Momota

 また同二次電池は、東芝製の「SCiB」の20Ahセル(電池単体)。同製品の構造は負極

にLTO(チタン酸リチウム)を使うのが特徴だ。製品特性としては、4000回以上のサイクル

寿命があり電池の劣化が少なく、一般的なリチウムイオン二次電池での課題である内部

短絡による熱暴走の危険性が低い。さらに急速充電に適しており、同セル単体に80Aで充

電した場合、15分間で電池容量の80%、18分間で同約95%の充電が可能。また、同電池

をモジュール化(セル数個を連結させたカタチ)しての満充電の繰り返し可能な回数は、一

般的なリチウムイオン二次電池の2.5倍以上に及ぶ。

 こうした急速充電に最適な二次電池を使用したにもかかわらず、「フィットEV」のアメリ

カ仕様は急速充電に対応していない。この急速充電については本連載でも度々、世界

市場での標準化について説明してきた。日本は東京電力が基本設計をし自動車メーカー

各社が参加する直流充電の「CHA de MO」規格が国内標準化されている。それを欧米で

も標準化させるとしてきたが、欧米中との標準化交渉の先行きはいまだ不透明な状況

だ。そうしたなか、ホンダはあえて「CHA de MO」を持たない量産型電気自動車を作った

のだ。

 今回のこうした判断について、前出の藤本氏に対して筆者は「電気自動車の普及につ

いて、急速充電器と電気自動車が『鶏の卵』の発想だと言われることが一般的。つまり北

米内でのインフラ整備が標準化の件も含めてまだ整っていないことがベースにあるのか」

と聞いた。これに対して「燃料電池車はインフラありきだが、我々は電気自動車ではそうし

た考えを持っていない」(藤本氏)と回答した。ちなみに同氏は、世界初の量産型燃料電

池車・ホンダ「FCXクラリティ」の開発責任者でもある。


まだまだEVビジネスに
慎重姿勢を崩さないホンダ


 このように、ホンダは「フィットEV」を世に送り出すが、まだまだ電気自動車ビジネスに対

しては慎重な姿勢を崩していない。これは福井威夫・前ホンダ社長時代から変わっていな

いといえる。福井氏は社長在任中、「ウチは電気自動車を当分やらない」の一点張りだっ

た。そのため、燃料電池車を前面に押し出し「燃料電池電気自動車」と呼称したほどだ。

 だが、世界初の量産型燃料電池電気自動車は、現在北米ではリース販売を続行してい

るが、「様々な課題」により目標出荷台数に及ばず、事実上の開店休業状態が続いて

いる。当初ホンダはカリフォルニアのZEV規制(ゼロ・エミッション・ヴィークル規制/詳しくは

後述)を「FCXクラリティ」で対応しようとしていたが、現実路線として電気自動車の導入が

必然となったのだ。

 昨年のLAオートショーで伊東社長は「フィットEV」の量産化について「ZEV(法への対策)

が最も大きな理由だ」と語っている。さらに、中国との政治的な関係のなかからも、「フィッ

トEV」が必然になった。LAオートショーの8日前、2011年11月8日、ホンダは広州市政府と

広州汽車と、同地で「フィットEV」を使った実証試験に関する記者会見を行った。伊東社長

は2011年4月の上海モーターショーで2012年から中国国内での電気自動車生産を発表し

ている。

 以上のように、ホンダにとっての「フィットEV」は、日産の「リーフ」に見られる商品性を前

面に押し出すビジネスモデルではない。「フィットEV」は、米中での「ホンダ親善大使」的

な位置付けだ。ホンダはアメリカを含めた電気自動車市場はまだまだ小さく、その成長の

度合いも急に大きくならないと踏んでいるのだ。


アメリカのEV普及速度は、
意外とスロー!? 


 実は、そうしたホンダの予測を裏付けるような発表が、LAオートショー報道陣向け公開日

と同日に行われた。それが、CARBカリフォルニア州大気保全局)によるZEVの新規制

の発表だ。

※CARB;California Air Resouces Board、ZEV;Zero Emission Vehicle

 その概要は、ZEVを含む温室効果ガス規制について、2050年までの大枠と、2025年ま

での詳細な枠組みについてだ。この場合のZEVとは、電気自動車燃料電池を指す。

世界で最も排気ガス規制が厳しいと言われている同州は、ZEVの実用化が世界で最も早

い地域。そのため、各自動車メーカーにとって、「電気自動車ビジネスはZEV規制ありき」

と言われている。

 だがこのZEV規制について過去20数年間、CARBは度々方針を転換しており、それによ

り自動車メーカー各社が振り回されてきたという歴史がある。さらにZEV規制の解釈が分

かりにくという声が多かった。筆者が2011年2月にSAE(米自動車技術協会)の電気自動

車関連学会に参加した際、CARBのZEV規制担当官は「より分かり易いカタチで、近いうち

に公表するべく、最終調整中だ」と語っていた。

※SAE;Society of Automobile Engineers→Society of Automotive Engineers or SAE International

 さて、今回のCARB資料のなかで最も興味深いのが、2050年までの電気自動車と燃料

電池車の普及率の予想だ。それを示したグラフによると、2050年に同州内での電気自動

車と燃料電池車の普及率は同州自動車市場全体の87%に達する。その時点で
燃料電

池車
電気自動車の約2倍の普及を見込んでる。そして電気自動車だけでみると、2020

年過ぎにやっと市場拡大が始まる。それより先にプラグインハイブリッド車は2015年頃か

ら市場拡大が始まると予測。

 また、さらに詳しいグラフとして、2018年モデル(2017年夏)~2025年までのプラクインハ

イブリッド車、電気自動車燃料電池車の新車販売台数を予測。それによると、2018年単

年でプラグインハイブリッド車が約6万台、電気自動車が2万台弱、燃料電池車が少

数。2025年単年で同3車で27万台程度(2025年の同州新車販売台数の15.4%)で、その

うちプラグインハイブリッド車が16万台程度、電気自動車が7万台程度、燃料電池車が4万

台程度とした。

 また2018年モデルから、ZEV規制対象となるLVM(Large Volume Manufactures/同州

内での大規模販売メーカー)に、これまでのGM、フォード、クライスラートヨタ、日産、ホン

ダの6社に加えて、BMWダイムラーヒュンダイ、キア、マツダフォルクスワーゲンの6

社が加わった。尚、今回のLAオートショー開会式でのゲストスピーチでマツダ山内孝

長はZEV規制に向けたデミオEVの開発を公言した。

 オバマ大統領は、2015年時点で電気自動車(ボルトなどレンジエクステンダーやプラグイ

ハイブリッド車を含む)の全米普及台数100万台を目指すとしているが、CARBの予測を

見る限り、その達成は非現実的だ。

 以上見てきたように、電気自動車に代表される「自動車の電動化」は、ここ2~3年で見ら

れた各メーカーによる「夢のある華やかな打ち上げ花火」の時期を終えようとしている。

だが、本格普及期までには、まだ少し間が開くと見られ、そうした中間期に世界各地で

現実社会でのドロドロとした駆け引き」が続きそうだ。

http://diamond.jp/articles/-/14971?page=8

 
この最後の「現実社会でのドロドロとした駆け引き」が見ものである。日本の電気自動車

がアメリカで潰されないようにしなければならない。

(続く)