異例のオープンソース方式を採用
――その電気自動車コンポーネントに社名と同じ「SIM-Drive(SHIMIZU In wheel Motor
-Drive)」という名前をつけて、オープンソースで開発を進めるそうですね。そして、2013年
には「SIM-Drive」搭載の電気自動車が提携企業によって量産されることを目指すと表明さ
れました。
清水: 事業展開は3段階で考えています。今はフェーズ1として、一緒に開発に取り組む
提携企業を募り、さまざまな調整を図っています。提携企業は20社を目標としていました
が、それは遠からず達成できる見込みです。
続いてフェーズ2として、提携企業と一緒に先行開発車を試作し、技術の標準化を図って
いきます。予算はおそらく1台4億円くらい。それを20社で均等に負担していただく予定で
す。提携企業には「SIM-Drive」に関わる情報はすべて開示しますし、技術は共同研究成
果としてすべて持ち帰っていただくことが可能です。これがオープンソースということです。
そして、各社が持ち帰った技術を生かして「SIM-Drive」搭載の電気自動車を量産するの
がフェーズ3となります。ここでは当社は電気自動車製造のためのサポート事業、電気自
動車の開発者や技術者の教育事業などを展開する予定です。
シムドライブ社のビジネスモデル(提供:シムドライブ)
リアルタイムで情報を得られる場
――提携の呼びかけに応じた企業はどういう企業なのでしょうか。
清水: 自動車メーカーや部品メーカー、材料メーカーなどが中心です。商社も関心を示し
ています。意外なところでは、複数の自治体が地域興しのための新技術習得という観点で
参加を表明しています。
自動車市場の中心が電気自動車になるとき、既存メーカーは3タイプに分かれます。今
まで通りのビジネスができる企業、電動パーツメーカーのように電気自動車化を追い風に
成長できる企業、エンジン用パーツ専門メーカーのように事業転換しないと生き残れない
企業です。すでに名乗りを挙げてくださっているメーカーには3タイプともいらっしゃいます。
そのほかでは通信・IT関連企業も関心を寄せてくださっていますね。ITS(高度道路交通シ
ステム)や充電インフラ整備には通信・ITの技術が欠かせませんし、車内に映像配信をする
といったエンターテインメント分野にもビジネスチャンスがあるかもしれません。
――同じ部品を製造する競合メーカーが名を連ねて、共同で研究開発に携わる可能性も
あるわけですか?
シムドライブ 清水浩社長
清水: 当社として1業種1社といった制約を設けるつもりはないので、可能性としてはあり
ます。
部品メーカーの方がおっしゃるのは、クルマづくりの全体像を見たいということです。現状
は自動車メーカーから提示された条件に従って部品をつくっていますが、部品の使用目的
や周辺環境などの詳細情報が分かれば、もっとよい部品がつくれるのにと歯がゆい思いを
することもあるそうです。部品メーカーとしては、これからクルマが電気自動車に代わって
いくのだから、今のうちに電気自動車の全体像に関するリアルな情報を得たいと思ってい
るのではないでしょうか。オープンソース方式を採用するシムドライブは、そうした期待に応
えることができます。
車両は150万円以下で電池はレンタル
――フェーズ2として開発される先行試作車には、20kWhの電池で航続距離300kmの5人
乗りのグランドアップ車(ゼロから開発するクルマ)と、中古車のパワートレインを「SIM
-Drive」に置き換えた改造型の2タイプがあるそうですね。
清水: これまでのクルマはエンジンを中心に設計していました。しかし、モーターをそれぞ
れのホイールに内蔵するインホイール方式の「SIM-Drive」は、エンジンのレイアウトの制
約がなくなる。構造がシンプルなので、グランドアップ車の車体はまったく新しい発想でデ
ザインすることが可能です。それがどんなデザインかは分かりませんが、例えば、現在の
携帯電話は市場創成期には思いもよらなかった形状になっていますよね。この折りたたみ
のデザインは携帯電話として合理性があるから主流になったわけで、電気自動車も10年
後、20年後にはまったく違ったスタイリングになっているかもしれません。
一方、中古車の車体を利用する改造型の場合は、専用設計のグランドアップ車ほどの
効率にはなりませんが、名車や愛車を電気自動車にできますから、市場性はあると思い
ます。
――シムドライブ社はグランドアップ車を電池抜きで150万円以下にする目標を掲げてい
ますが、実現可能でしょうか。
清水: 電気自動車は特に高額な部材を必要とするわけではなく、構造がシンプルで部品
点数も少ないので、将来的にはガソリン車よりも安価になると考えています。エネルギー効
率はガソリン車の4倍ですから、維持費を圧倒的に安くできる。こうした利点が電気自動
車の普及を後押しすることになると思います。
いま発売されている電気自動車が高額なのは、リチウムイオン電池が高価だからです。
しかし、それは材料費が高いわけでも生産が難しいからでもなく、大量生産に至っていない
から高いんです。つまり、年間10万台くらいのペースになれば、おのずと価格は下がります。
150万円以下というのは、しばらくは値段が下がらない電池をリースかレンタルとするこ
とで、車両価格を下げようという発想から生まれた目標価格です。電池をイニシャルコスト
から外して下げることで、まずは電気自動車を普及させたい。リースやレンタルは、ユーザ
ーが電池を選ぶことになるので、自動車の利用目的などに合わせて好みの電池をチョイス
できる点も魅力になるかもしれません。一方でリースやレンタルの実現には乾電池のよう
に電気自動車用二次電池も形状や仕様の標準化が不可欠になります。今後はその議論
も進めていくことになると思います。
自動車産業の構造が変わる
――オープンソースでの開発体制、量産を前提としたコンポーネントのプラットフォーム
化、二次電池を車両から切り離してリースかレンタルにするという販売方法など、いずれも
これまでの自動車ビジネスにはない斬新なアイデアです。一方で、既存の自動車メーカー
もそれぞれのビジョンに基づいて電気自動車の開発にちからを入れていくことになります。
これから電気自動車市場はどのように発展していくとお考えですか?
清水: 米国と日本では産業の発展の仕方が少々違いますよね。例えば、米国のコンピュ
ータ産業は、メーンフレームの時代はIBMという巨人1社が君臨していましたが、ミニコンか
らパソコンへと移行するにつれて新規企業の登場と既存企業の淘汰が繰り返され、メイン
プレイヤーがどんどん変わっていきました。これに対して日本では、パソコンの時代になっ
てソニーとパナソニックが新たに加わりましたが、富士通やNECなどのメインフレーム時代
の主役も主要プレイヤーとして変わらず健在です。ポジティブに考えれば、日本の企業は
産業構造の変化にうまく対応してきたと言えるでしょう。自動車産業もそうなるかもしれま
せん。
もう1つ注目したいのがデジタルカメラ市場です。1990年代にまず家電メーカーが参入し
ました。そのあとで従来からのカメラ大手が転換を図りました。現在、新旧多くの企業が共
存できている理由はデジタルになってカメラの販売台数が何倍にも伸びたからです。産業
が変わるということは、その技術が使いやすくなり、効率化が進むということです。そうなれ
ば価格が下がって買いやすくなり、マーケットが大きくなります。携帯電話もそうでしたし、
レコードがCDに移行したときもそうでした。言い換えれば、マーケットが大きくなれば、既存
メーカーが生き残りつつ、新たな企業の登場や参入も可能なのです。
――昨今は若者のクルマ離れなどを背景に新車販売台数が伸び悩んでいますから、電気
自動車市場がどこまで成長するか、懐疑的な見方もあります。
清水: 国内は確かに飽和傾向にありますが、世界を見れば日本の10倍以上の市場があ
ります。現状は先進国でしかクルマが普及していませんが、今後は既存のマーケットだけ
を見ていてはいけないでしょう。
また、電気自動車はガソリン車と比べて部品点数が少ないので、周辺産業が縮小するの
ではと危惧する声もあります。しかし、その産業の雇用規模は最終マーケットの規模で決ま
ります。電気自動車の市場規模がガソリン車とは比べモノにならないほど大きくなるとす
れば、全体としては非常に大きな産業になるというわけです。
今後、自動車の産業構造は現在のピラミッド型の垂直統合から、水平展開へと変わる
可能性があります。機械モノは誰がつくっても同じにはならないので、技術力の差が企業
の強みとなり、垂直型にする意味がありました。しかし、電気モノは誰でもほぼ同じ性能の
ものをつくれます。これは電気モノの宿命と言っていい。同じような性能の電気自動車を誰
でもつくれるようになるわけですから、市場構造も産業構造も大きく変わっていくでしょう。
(続く)