WBCは米国野球への「採用テスト」
では、外の世界を認めないMLBが、なぜその発想と相いれないWBCを始めようとしたの
でしょうか?
「ワールドシリーズが世界(全米)最強チームを決める大会だとすれば、WBCは世界最強
国を決める大会だから」というのが、MLBの喜ぶ模範解答かもしれません。しかし、真相は
違います。実は、既に飽和してきた国内市場とは別に、国際市場を開拓・育成して、MLB
にその果実を取り込むためだと考えられます。
過去の歴史をひも解くと、MLBはこれまで球団拡張(エクスパンション)によって国内市場
を開拓してきました。1903年の発足以来、60年まで16チーム体制が続きましたが、61年に
実施された最初の球団拡張以降、6回の球団拡張によって98年に現在の30チーム体制が
出来上がりました。
16チーム時代、すべてのチームは鉄鋼や石油、自動車産業といった重工業が盛んな米
国東北部や五大湖沿いの10都市にフランチャイズを置いていました(図1)。しかし、その
後の産業構造の変化(西海岸でのハイテク産業の勃興)や、西部への人口流入、自動車・
航空機時代の到来などによりビジネスチャンスが増えると、MLBは球団拡張や球団移転を
繰り返してマーケットを全米に拡大していきました(図2)。
図1:16チーム時代のフランチャイズ(注:複数のチームがフランチャイズを置く都市があるため、都市数はチーム数より少ない。以下同)
図2:現在のフランチャイズ
「では、もっと球団数を増やせばいいではないか」との声もあるかもしれません。しかし、
球団拡張にはリスクが伴います。
第1のリスクは、プレーのレベルの低下です。1球団における1軍選手枠は25人ですか
ら、16チームから30チームになったことでメジャーリーガーの数は400人から750人にほぼ
倍増した計算になります。これはすなわち、技能レベルが相対的に低い選手が流入するこ
とを意味しますから、試合のレベルが下がるわけです。実際、エクスパンション直後には必
ず1球団の平均本塁打数が増加しています。投手のレベルが下がって、強打者が本塁打
を打ちやすくなるからです。
第2のリスクは、球団と都市の需給バランスを崩してしまうことです。「チームと都市のパ
ワーゲーム(中)」で詳説しましたが、MLBはその閉鎖型モデルにものをいわせて、球団数
を巧妙にコントロールしています。球団を誘致できる経済力を持つ都市の数が、球団数より
も多くなる状況を作り出すことで、常に球団が都市に対して交渉上の優位を確保できるよう
に仕向けています。つまり、チームがスタジアム建設にあたって税金を注入してもらい、さら
にスタジアムからの収入を得られるようにコントロールしているわけです。球団数を増やし
過ぎると、地元自治体に対する優位性を失ってしまうのです。
では、どうやって収入をさらに増やすのか――。この課題に対してMLBが出した結論が
「国際化の積極推進」でした。
人口に占める才能ある野球選手の割合は限られているため、メジャーリーガーを米国内
だけで調達しようとすればおのずと限界があります。そこで、各国のトップレベルの野球選手
をMLBに取り込み、国内の「人材不足」を補う手段にしてしまえ、という発想です。また、
「中国3億人のバスケ人口を取り込め(下)」でも触れましたが、海外トップタレントの獲得
は、国際市場開拓の起爆剤にもなります。海外選手を取り込めば、海外へのテレビ放映権
が販売しやすくなり、グッズなども売り込むことが可能となります。さらには、スポンサーシッ
プ収入も期待できるわけです。現在、MLBではおよそ4人に1人が外国人選手です。マイナ
ーも含めれば外国人比率は選手全体の40%を超え、出身国も30カ国以上に上ります。
確かに、WBCは野球界の国際発展のためのツールであることは間違いないのですが、
世界を取り込むMLBにとっては、「世界的な野球の普及=MLBの利益の増大」ということ
になります。つまり、WBCは国際化を積極的に推し進めるMLBが、その果実を効率的に手
にするために作り出した大がかりな「仕掛け」でもあるのです。誤解を恐れずに言えば、
WBCは、MLBにとっての公開トライアウト(選手採用テスト)のような存在なのかもしれま
せん。
実際、第1回WBCの日本代表メンバーの中からは、松坂大輔選手(現ボストン・レッドソッ
クス)、上原浩治選手(現ボルチモア・オリオールズ)、岩村明憲選手(現タンパベイ・レイ
ズ)、福留孝介選手(現シカゴ・カブス)ら中心選手がMLBに移籍しています。
WBCで負けても「MLBが世界一」
MLBが世界最高峰のプロ野球リーグとして君臨し続ける限り、WBCをテコにしたMLBの
国際戦略は崩れることがありません。MLBが世界のタレントを取り込んで成長していく限り
において、MLBは拡大した各国の野球市場の一部を、テレビ放映権やグッズ販売といった
形で手にすることができるからです。
極端な話、別にWBCで米国代表チームが優勝しなくてもいいのです。「MLBこそ世界」で
あり、米国代表チームが勝とうが負けようが、多国籍軍であるMLBの評判は下がらないか
らです。仮に日本代表チームが連覇しても、中心選手はメジャーリーガーですから、MLB自
体の評判は下がりません。
確かに、WBCに参加することによって日本でもそれまで野球に関心を示さなかった層の
取り込みや、キャンプ地への経済効果などの果実もあるでしょう。しかし、それらは国内市
場に対する限定的な効果であり(しかも、必ずしもNPBが手にするリターンではない)、MLB
が手にする国際市場からの果実と比べると相対的に小さなものです。
このように、WBCは「世界を取り込んで、自分たちだけが繁栄していく」という閉鎖型モデル
の発想を持つMLBが主催しているだけに、日本球界としても「寄らば大樹の陰」的なアプロ
ーチでWBCに参加し続けることは危険です。かといって、MLBと真っ向勝負するには体力
差がつきすぎてしまいました。
1995年当時、日本プロ野球(NPB=日本野球機構)の売り上げは推定約1200億円、
MLBのそれは約14億ドル(約1400億円)と言われていました。しかし、それから13年後
の2008年には、NPBの売り上げにほとんど変化がないと言われているのに対して、MLB
は約60億ドル(約6000億円)にまで売り上げを伸ばし、マーケットを4.3倍に拡大しました。
この背景には、厳格なビジネスとして「拡大再生産に資するチーム経営」というDNAを持
つMLBと、親会社の宣伝広告ツールとして「広告費の枠内でのチーム経営」というDNAを
持つNPBの組織としての性格の差があるのではないかと思います。グローバル化が進展
し、MLBとNPBが市場を奪い合う競合としての色彩を一層強める中、NPBのリーグ経営の
あり方が根本的に問われていくことになりそうです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090311/188766/?leaf_ra
だからWBCは「MLBヤクザ」のてら銭を稼ぐ賭場だと言うことが、身にしみてご理解頂けた
ことと思う。さてMLBの貪欲さを伝えたところで、こんな話もよかろうと思うので、今年
の2013WBCの出来事を参考のためにお伝えする。
(続く)