日清戦争開始120年に考える。(13)

25年続いた不文律を破って
前最高幹部・周永康立件に挑む習近平の狙い


【第468回】 2014年8月6日 陳言[在北京ジャーナリスト]

http://diamond.jp/articles/-/57209

中国共産党が、前最高幹部の一人
である周永康前常務委員立件すると公表した。25年

ぶりに「刑罰は常務委員に及ばない」という不文律を破り、腐敗摘発を進める習近平総書

記の狙い
に迫る。(在北京ジャーナリスト 陳言)


周永康氏は党最高幹部の中の
最高幹部の一人


 中国社会が待ち望む中、周永康立件が公表された。


 去る7月29日夕刻に、新華社通信は、「周永康の重大な規律違反に鑑み、中国共産党

中央委員会は、『中国共産党規約』と『中国共産党紀律検査機関の案件検査条例』の関連

規定に基づき、中国共産党中央紀律検査委員会より、本件を立件し取り調べることを決定

した」とインターネットで公表した。


中国共産党の最高指導部は、205名のメンバーからなる中央委員会である。しかし、実

際の業務を担当しているのは25人からなる中央政治局であり、さらにその上で7人(胡錦

濤時代では9人)の常務委員がすべての活動を指導している。この7人から共産党総書記

国務院首相、全人代委員長、政治協商会議主席、規律検査委員会の主任などが選出さ

れ、日本の内閣よりもっと権力が集中している。周永康胡錦濤時代の共産党中央の常

務委員
であり、公安警察武装警察などを管轄していた人物だった。


 1989年6月4日の天安門事件趙紫陽総書記が失脚し、以来25年間、共産党中央委員

会常務委員以上の高級幹部は、在任または退職後に立件されることはなかったが、今回は

25年ぶりの政変であった。


25年ぶりに打ち破られた
常務委員の特別待遇


 多くの中国人は、1989年6月4日天安門事件前後に、実質的に中国で政権を握っていた

顧問委員会の鄧小平主任の言葉を覚えている。


 当時、トウ小平主任(トウの文字は「登」におおざと)は、まず継承者の胡耀邦総書記

(当時)を罷免して、その後趙紫陽総書記をも罷免した。立て続けに二人の総書記を罷免し

たため、国内政局は不安視されていた。トウ氏は「新しい常務委員会は、今後その結束を

維持していくべきだ」と常務委員会で発言して、それ以降、在職または退職した常務委員を

失脚させ、立件したりしたことはなかった。常務委員以上の役職者は逮捕しないという

文律
を25年前に実質的につくりあげ、それによって中国共産党の支配を安定させようとし

たのである。


 ただし、共産党中央常務委員以上の役職者の罷免または逮捕の前例は、1989年以前

にはたくさんあった。文革終了直後の1976年には、毛沢東の妻であった江青など「四人組」

と称する常務委員が逮捕されたし、その前には、もっと多くの常務委員が失脚したり、逮捕

されたりしていた。


 今度の周永康立件は、一年前の薄熙来逮捕とはかなり違う。告知文の表現には、中国

共産党が常に使用している「同志」の二文字がなかった。2014年2月、中国共産党が薄熙

來の立件調査を発表した際には「同志」の二文字が使われており、当時の薄はまだ党内の

同志だということを示唆している。こうした表現上の違いには、相当な工夫が凝らされてい

る。それは、周がすでに党から除籍され、近く開催予定の十八期四中総会で確認待ちか、

それとも、近く除籍される予定かのどちらかを意味している。


 一方、新華社通信の報道では、中国共産党が周に対しては「調査」ではなく、「審査」とい

う表現を使ったことも、周に対しての調査がほぼ終了し、周の腐敗容疑の証拠をすでに把握

しており、これから行おうとしているのは周の紀律違反に対しての定性審査であるとのこと

を意味している。その点から見れば、周は司法の処罰を免れることができない。


周永康前常務委員の逮捕、処罰によって、間違いなく、25年来の常務委員を処罰しない

という不文律はここで打ち破られることになる。


 では、周の処罰によって習近平総書記何を狙っているのか、ここで探ってみたい。

それには4つの狙いがあると思われる。


第1:周永康処罰で示す
習近平総書記の政治権威


 今年に入って流れた周立件の公表をめぐる噂には、いくつかのバージョンがあった。

発表時間の噂が何度も否定されたことによって、周立件は最終的に公表されるのか、と疑

う声がたくさん出てきた。一部の人々は「周は、もしかしたら安全に着陸できて、最悪でも党

内処理だ」とし、「習近平総書記は周というトラをたたくことができない」と信じていた。こうし

た見方の根源には、彼らが最近の腐敗摘発を党内の大物、特に派閥間の権力闘争とみな

すことにある。色とりどりの政治ゴシップと噂がたびたび出たのも同じ原因である。


 周立件が権力闘争の様相を帯びるのはおかしくないが、習近平総書記の腐敗摘発は権

威づくりばかりでなく、改革推進などの多様な目的がある。習総書記は指導小委員会の設

置を通じ、複数の委員長を兼任することで、党、行政、軍、経済、安保などの権力を一身に

集中し、改革を強力に推進しようとしている。十八期三中総会でまとめた「全面的改革計

」も、中国共産党が計画した「二つの百年目標」も、いずれも改革がなければ実現できな

いものである。しかし、改革はやさしいことではなく、ここ数年の改革が長引いたのは、既得

利益と腐敗が障害になったからである。権力の集中は既得利益を潰し、腐敗摘発の促進

となる。その点で、周立件は総書記への権力集中の真偽を判断するための試金石にな

るだろう。


 ここで考えてみたい。もし「周」という「トラ」は倒れることなく、最後、無事に着陸したとし

たら、あるいは、周は厳しい党内処分を受けないとしたら、中国世論はどうなるだろうか。

民衆は習近平総書記の改革推進能力を疑うだろう。それが故に、習総書記の政治的権

威は、この「大物トラ」を打倒できるかどうかに直接に関わっている。さもなければ、これまで

の苦労も、意気込んでいる改革計画と民族復興の夢も水の泡になってしまい、社会は「幻

滅感」に満ち溢れていることになる。それが故に習総書記には、他の選択肢がなく、この大

物トラをたたくしかない。


第2:四中総会の議題は法治
公安警察担当だった周を生贄に


 周立件の発表を巡っては、何度も発表時間の詳細まで明確にされた噂が出たが、たちま

ち偽情報と証明された。今年の秋に開く十八期四中総会が近づくなか、周立件は四中総

会の会期中に発表されるという声も出たが、結局、中国共産党7月29日情報を公表

した。この時期の発表は、多くの人々の予想を越えていた。


 実は、習総書記は、「周立件は長引けば長引くほど、自分の腐敗摘発に不利」ということ

がはっきりわかっていたはずだ。国民周知の案件を遅々として公表しないなら、善意の者

は「トラをたたく途上で障害に遭った」と読み、悪意の者は「そもそも、トラをたたく意がなか

った。ただ民衆を騙すだけだ。一方、周を打倒するのに、殺傷力のある証拠が必要だ、証

拠把握も時間がかかる」と理解するだろう。


 では、なぜ四中総会の会期中に発表しなかったのだろうか。考えられる要因は二つあ

る。一つは、もし四中総会で周立件を議論し発表すれば、会議テーマのインパクトを弱めて

しまうという懸念である。四中総会のテーマは「法律に基づく治国」で、会期中に経済問題

をも議論することにもなる。もし総会で周立件を論議すれば、事件への関心が高まる中、周

立件が党中央委員たちの関心事になり、社会全体の周立件への関心度もきっと、経済状況

法治主義への討議を超えるに違いない。


第二は、周立件を総会で議論することになれば、意見を一致させまとめられるかどうかに

疑問符がつく。一方で総会の前に周立件を発表すれば、政治局での採択と一部の元老

の意思疎通だけで十分である。

(続く)