日清戦争開始120年に考える。(16)

狙いの第四は、四中総会で検討しようとする「法律に基づく治国」が関係している。腐敗摘

発から腐敗を防止する制度構築に向かわなければ、何の意味もなさない。 いわゆる「根

治」制度
措置をまとめなければならない、と記述されているが、この「根治」制度の根治

意味が判らないが、腐敗を直す(根治)とは、「腐敗」があったらそれを見つけてやめさせる

事と小生は理解するが、するとそれはいわゆる腐敗摘発と言う事なのか。こう理解すると

措置」とは、腐敗を犯した者をどう罰するか、という事になる。


このように「根治」制度と措置を理解すると、この「法律に基づく治国」の意味がおぼろげな

がら判ってくる。言ってみれば、これは現在中国にはびこっているいわゆる汚職、賄賂、

不正などの腐敗などを見つけて罰するぞ、そのように法律を定めるぞ、と言うことを言って

いるように、小生には判断されるのである。


とするとそれはそれで結構な事であるが、見つからないように、または摘発されないように

行えば儲け物と思われかねない、のであろう。これでは「再発防止」の徹底が出来ない。

やるなら徹底的にやればよいのだが、それでは共産党がもたない。そう思っているのであ

ろう。自由と法、報道の自由、民主主義と人権の尊重を是とする国家では、国民の審判

定期的に実施される。そこで不正・腐敗を行った候補者は二度と政治の世界に上がれない

仕組みと、一応なっている。


中国は共産党一党独裁の国家であり、国民国家ではない、共産党とその党に奉仕する

人民がいる団体か集団なのである。だから国民による審判を行う選挙なる物は存在しない

のだ。いわゆる馬賊・匪賊が核武装しているならず者国家なのである。

 

「法律に基く治国」とは、もぐら叩きのような「根治」制度と措置であれば、腐敗はなくならな

いのであろう。悪い奴ほど良く眠る、を地で行っているから。さしずめ温家宝などはすこぶる

よく眠れている事であろう。

 

 

一年以上前のものであるが次の例を見れば、その事がよくわかる。
 

 

習近平のトラ退治とハエ駆除
「党と国家の存亡の危機」を回避するための反腐敗闘争

2013年2月1日(金)  北村 豊

 2013年1月22日習近平総書記中国共産党第18期中央紀律検査委員会第2回全体

会議で“反腐敗(腐敗反対)”に関する重要演説を行った。習近平中国共産党の党員に蔓

延する腐敗の取り締まりに関して、「共産党を厳しく管理し、厳しく処罰し、決して手加減しな

いことを誓う」として次のように述べた。


 「“老虎(トラ)”と“蒼蠅(ハエ)”を同時に攻撃することを堅持し、指導幹部の紀律違反や違

法行為を断固として調査し処罰せねばならない。また、一般大衆の身辺で発生する不正の

風潮や腐敗問題を適切に解決しなければならない。党の紀律と国家の法律の前では例外

はないという原則を堅持し、それが誰に関わるかにかかわらず、徹底して調査を行い、決し

て見逃すことがないようにしなければならない」



大きな腐敗も、小さな腐敗も


 この重要演説は中国メディアによって大きく報じられたが、中国のネットでは習近平が重

要演説で言及した“老虎”と“蒼蠅”とは何を指すのかが議論の的となった。その正解は、

“老虎”とは庶民の上に君臨して大きな腐敗を行う指導幹部を指し、“蒼蠅”とは庶民の周囲

で小さな腐敗を行う官僚たちを意味するのだという。


 中国では“老虎”による大きな腐敗も“蒼蠅”による小さな腐敗も同時に多発しているため日

常茶飯事化しており、庶民は腐敗に慣れて反応が鈍くなっている。その一方で、庶民には

腐敗を問題として提起したくても提起する力がなく、共産党は腐敗を管理したくとも管理でき

ないのが実態である。このため、反腐敗を唱えても腐敗は進む一方で、腐敗に反対すれば

するほど腐敗は増すばかりで減ることはない。だからこそ、こうした悪循環を断ち切り、

“老虎”と“蒼蠅”を同時に取り除くことによって、中国共産党による腐敗を根絶しようという

のが習近平演説の主旨である。


 中国における従来の反腐敗闘争は、“殺一儆百(一人を殺して大勢の見せしめとする)”

とか“殺鶏給猴看, 以警后人(鶏を殺すのを猿に見せて、後に続く人を戒める)”という形で、

適当な誰かを見せしめとして処罰することで腐敗を抑制してきた。その適当な誰かとは往

々にして“高官大貪(大きな汚職を行った高官)”であり、“抓大放小(大物を捕まえて小物を

放置する
)”という方式が主流だった。


 しかし今では、“大貪大腐(大きな汚職や大きな腐敗)”を行うのが高官たちだけに許され

た特権ではなくなり、“村官郷官(村や郷の役人)”といった小役人までが“大貪大腐”を行うよ

うになっている。そうなると従来のような“殺一儆百”といった見せしめ方式では多数の腐敗

役人を野放し
にすることになり、腐敗で捕まるのは運が悪いからという投機的な心理を増幅

させることにつながっていく。腐敗をしても捕まらなければ儲けは大きいから、腐敗をしない

方がおかしいことになり、本来は清廉な役人もいつの間にか朱に交わって腐敗役人と化

す。これは世の常と言わざるを得ないが、その原因は腐敗を容易に生み出す環境をただ

漫然と放置
していることにある。


 さて、“村官郷官”といった小役人までが“大貪大腐”を行うようになったと述べたが、これは

別に今に始まったことではない。中国が皇帝によって統治されていた王朝時代においても、

各地に根を張る“土皇帝(地方のボス)”や“土覇王(地元の権力者)”は「“天高皇帝遠(中央

の政策が及ばない辺境な地)”」であるということを理由に、官職は低いのに奢り高ぶり、

皇帝は“大事(重要事項)”で忙しいから辺境な地の“小事”に関わっている暇はないとして、

無法の限りを尽くし、自身の欲望の赴くままに、“魚肉郷民村人を食い物にする)”して懐を

肥やした。

(続く)