日清戦争開始120年に考える。(42)

安倍首相の電撃参拝で大論争に発展
極東の1神社がなぜ国際問題の渦中に?


安倍晋三首相には、もう靖国神社参拝しないでほしい

米国政府が日本政府に対してこうした確約を求めていることが、先日米紙によって報じら

れた。

靖国神社
http://www.yasukuni.or.jp/)は東京都千代田区にある神社。それを日本人で

ある安倍首相に対して「お参りしないでほしい」と外国政府が要請するなど、考えてみれば

摩訶不思議な話である。このニュースの信憑性がどれほどのものかわからないが、事情を

知らない人が聞けば、「内政干渉にもほどがある」と思うかもしれない。


 しかし、靖国神社を巡る問題については、そうは言っていられない事情がある。一連の騒

動は昨年12月26日、安倍首相が突然靖国神社を参拝したことから始まる。現職総理とし

ては、2006年小泉首相以来7年ぶりの参拝となる。


 この行動に対し、中国韓国の2ヵ国がかつてないほど激しい懸念を表明したのだ。

さらに2001~2006年当時に、小泉首相が6度にわたり靖国神社を参拝した際には沈黙を

貫いていた米国までもが、今回は「失望」の意を表明している。

 今や靖国参拝問題は、国内問題を超え、政治・外交における最大の火種の1つとなって

しまった。安倍首相の「電撃参拝」から1ヵ月あまり、足もとでも靖国参拝問題を巡る報道や

賛否両論は途絶えることなく続いている。

 なぜ極東のたった1つの神社を巡り、諸外国も巻き込んでこれほどの騒動が起きるのか。

報道では日本と中国・韓国との間に横たわる歴史認識問題や、東アジア情勢の安定を求

める米国の懸念などが、その要因としてクローズアップされている。

 しかし考えてみれば、我々一般人はこの問題の背景をわかっているようでいて、実はよく

知らない。靖国神社とはそもそもどんな神社なのか。首相がそれを参拝することは、それほ

どいけないことなのか。専門家のレクチャーを交えながら、「問題の論点」をこのへんで改め

てわかり易く整理してみたい。


国に殉じた「英霊」を祀る特別な神社
首相の靖国参拝を巡る4つの主な争点


 まず、靖国神社とはどんな神社なのか。その歴史は明治時代に遡る。同神社はもともと

東京招魂社」という名称で、1869年(明治2年)明治天皇の命により創設された。10年

後の1879年(明治12年)靖国神社と改称された。

 当初は戊辰戦争による戦死者を合祀することなどから始まり、明治維新の志士をはじ

め、米国東インド艦隊司令官・ペリーが来航した1853年(嘉永6年)以降の国内戦乱に殉じ

た人たちを、合わせて祀る場所として機能している。没者は「英霊」と称され、その数は現在

246万6000余柱に上る。


 では、なぜ靖国神社に首相が参拝すると議論を醸すのか。同神社への参拝を巡る主な

争点は、以下の4つだ。

(1)政教分離の原則の問題
(2)信教の自由の問題
(3)諸外国との歴史認識の問題
(4)A級戦犯合祀の問題


 まず(1)(2)に関してだが、日本国憲法第20条では、下記のように信教の自由を保証

し、政教分離の原則を掲げている。


・信教の自由
は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受

け、又は政治上の権力を行使してはならない


・何人も
、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない


・国及びその機関
は、宗教教育その他いかなる宗教的活動してはならない


公職にある者の参拝は憲法違反だが
私人には信教の自由があるという難題


 つまり、内閣総理大臣国会議員都道府県知事など、公職にある人が公的に靖国

社に参拝し、公的な支出によって玉串料やその他の寄付を行うことは、前述の「憲法第20

条に違反している」として、問題視する向きがある。

 ただその一方で、公的な立場を離れた「私人」としての参拝については、同じく20条に定

められた「信教の自由」によって「保障されるべきである」という見方もある。

 こうした解釈の幅により、現職閣僚などの参拝に関しては、それが「公的な立場か、私人

としてか」という問題に焦点が当たることになるのだ。


 また(3)歴史認識問題に関しては、主に中国韓国からの反発が強い。米国も懸念を

表明している。先の大戦で交戦国であった中国の主張はこうだ。


靖国神社は戦死者を英霊として祀り、戦争自体を肯定的に捉えている。そうした神社に仮

にも公的な立場にある人物が公式に参拝するということは、つまり日本政府として、同社の

歴史観を公的に追認しているということになる」


 ちなみに、靖国神社自身は公式には「戦争自体を肯定的に捉えている」との主張はして

いない。諸外国の反発に対して「内政干渉だ」と反発する国内世論もある。


 さらに「靖国参拝問題」をややこしくしているのが、(4)合祀問題だ。一般人には聞き慣

れない言葉だが、合祀とは「二柱以上の神を1つの神社に祀ること」を指している。

 前述の通り、靖国神社にはペリーの黒船来航以来の戦乱に殉じた「英霊」が祀られて

いる。しかし1978年10月17日第二次世界大戦後の東京裁判極東国際軍事裁判)にお

いて「平和に対する罪」に問われたA級戦犯と呼ばれる戦争指導者14名が、「国家の

犠牲者
」として同神社へ合祀されたのである。後の研究や報道では、その背景に戦犯とさ

れた人たちの身内や支援者による、各方面への働きかけがあったと説明しているものも

ある。


 こうした「戦争犯罪人」とされた人たちを神として祀り、また閣僚らが参拝して頭を垂れる

ことに対して、諸外国を中心に強い反発があるというわけだ。

 ただし、諸外国から反発されているからといって、日本政府が公的に靖国神社へ「分祀

を強制することはできない。そうなれば、先の憲法第20条に定められた「政教分離の原則

に触れることになるからだ。

 また、靖国神社は政府機関ではなく、宗教法人にすぎない。もし靖国神社祭神から

A級戦犯を除くとするならば、それには靖国神社に自発的な行動を求めるしかない。

 ただし靖国神社側は、全国戦友会連合会のページ内

http://www.senyu-ren.jp/1MOKU/1603.HTM)で、要約すると「神は1つになっており選別

もできない。また神道では、分祀とはある神社から勧請されて同じ神霊をお分けすることを

指し、分祀で神を分離することはできない」 という内容の見解を出している。

 余談だが、A級戦犯ゆかりの寺社仏閣は靖国だけではない。東京裁判での判決を受け

て1948年に処刑されたA級戦犯は、元首相、元陸軍大将・中将の7名(東條英機、広田

弘毅、松井石根板垣征四郎木村兵太郎土肥原賢二武藤章)だ。彼らの遺灰の一

部は、処刑後に横浜の火葬場関係者らによって密かに持ち出され、静岡県熱海市伊豆山

興亜観音
http://www.koakannon.org/)に埋葬された。1960年代には、その一部が愛知

西尾市三ヶ根
殉国七士廟
http://ki43.on.coocan.jp/)にも分骨されている。

そのため、これらは「小さな靖国神社」と呼ばれることもある。

(続く)