日清戦争開始120年に考える。(45)

(ⅱ)自衛隊は合憲、集団的自衛権も行使できる。

このような情勢の中、吉田茂1954.5.20の参院内閣委では、

憲法9条の下でも自衛隊の存在は許される」と明言したのである。


1946.6.26の答弁とは180度の違いである。


更に自衛隊発足後の1954.12.22衆院予算委では、大村清一防衛庁長官

自国防衛の為に武力行使を行う事は、憲法違反ではない」と明確に述べている。


そして1960.3月衆院予算委では岸信介首相は、

一切の集団的自衛権を持たないと言う事は、間違いである。」と答弁している。


即ちこの憲法でも日本は集団的自衛権を行使できる、と解釈しているのである。

 

(ⅲ)保持しているが、行使できない!何故だ?

それが何故「保持しているが、行使できない」などと言うトンでも解釈となったのであろうか。


そこには中国の影があった。

中国は1964.10.16核実験に成功し、核弾頭の実験にも成功している。アメリカに対抗で

きるとの意識が強く芽生えてきたのである。


1971.7.9
に訪中したキッシンジャー大統領補佐官は、周恩来と会談する。その場で周恩来

キッシンジャーに、日本が台湾に駐留する事の懸念と、沖縄への核兵器の持込の禁止

を、迫ったのである。


更に1971.10.22に再度訪中したキッシンジャーに、周恩来は、台湾と朝鮮半島への野望

の放棄を迫っている。それに対してキッシンジャーは、「日本の軍備は主要四島の防衛に

押し止めることに最善を尽くす
」と返事をしたのである。


これはいわゆる「ビンの蓋と言うものである。


このことは何を意味するのか。アメリカは中国が日米同盟を認めるならば、日本の自衛隊

には台湾と朝鮮半島の紛争には関わらせないと約束する(集団的自衛権を行使させな

)、と言うものであった。


台湾や朝鮮半島は日本の生命線である。ここが中国などの共産勢力に落ちれば、日本の

防衛もさることながら、経済活動なども極端に難しくなる。過去には台湾を攻めようとした中

国が、米国の第七艦隊に脅かされて手を引いた経緯がある。


だから中国は台湾で米国と一戦を交える事となった時には、日本軍の参戦を阻止したかっ

たのである。もし中国が台湾に攻め入った場合には、アメリカは台湾防衛に軍隊を派遣す

ることになる。そうすると日本は台湾にまで派兵しないまでも、米国を支援する必要が出て

くる。これが集団的自衛権である。だから台湾にまで派兵はしないが、他に米軍を支援する

術はあるのではないか、と言っているのである。当然である。


先の「正論」の別の色摩力夫の論考「自衛隊の警察行動では国家は守れない」によれば、

集団的自衛権とは(国連憲章51条によれば)、第一義的には、単数または複数の他国と

の間で「安全保障条約を締結すること」である。第二義的には、そのような条約に基いて、

「他の締約国のために武力を行使すること」である。


日本の場合は、従って、唯一「日米安保条約」だけであるので、唯一米国との間での出来事

となり、日米安保は「日本の施政の下にある領域」であり、また、協議条項として「極東」に

限定されている。だから地球上いたる所で、米国の為に軍隊を派遣するなんぞと言う事は全

くありえないことであり、「世界中で戦争が出来る国になった」などと言う事は、主に朝日新

聞や馬鹿な共産党かぶれの中国の代弁者様(よう)の左派系論者が間違って煽(あお)っ

て言っていることなのである。


(参考)

国連憲章

第7章 平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動

第51条


この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、

安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又

は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国が

とった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全

保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつ

でもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

http://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/

 

参考までに国連としての「集団安全保障システム」と個別国家による「集団的自衛権」とは

全く別のものである。だから、日本が行ったインド洋での給油活動は、国連としての「集団

安全保障」での行為なのである。国連の集団安全保障措置は、安保理決議に基くもので

あり、全加盟国を縛ることになるが、個別的、集団的自衛権とは個別国家としての行為とな

る物である。


さきの1960.3月の衆院予算委では岸信介首相は、(中西氏のこの論考では)「
特別に密接

な関係にある国が武力攻撃をされた場合に、その国まで出かけて行ってその国を防衛する

という意味における私は集団的自衛権は、日本の憲法上は、日本は持っていない・・・。

集団的自衛権と言う内容が最も典型的なものは、他国に行ってこれを守るということでござ

いますけれども、それに尽きるものではないと我々は考えておるのであります。そういう意

味において一切の集団的自衛権を持たない、
こう憲法上もたないと言う事は私は言い過

ぎだ
と、かように考えております。
」と答弁している。


かっての政府は、集団的自衛権の行使は一切認められないという立場はとっていなかった

のである。


それがいつの間にか、「保持しているが行使できない」などと言うトンでもない解釈が大手

を振って罷り通るようになってしまったのか。

(続く)