しかしトヨタの技術陣にしてみれば、発売を1年早められることは「清水の舞台から飛び降りる」程ではないにしても、かなりのインパクトを与えられたことになったものと想像できる。きっと血の滲むような努力だったことであろうと、推察する。

 

燃料電池車で泣いたトヨタの開発者
発売を前倒しする本当の理由

201478日(火)  大西 孝弘

 トヨタ自動車2014年度中燃料電池車を市販すると発表した。20年以上の開発の苦労を思い出し、涙を見せる開発者も。「プリウス後」に停滞していた先進イメージを取り戻せるか。

f:id:altairposeidon:20141126234408j:plain

トヨタが市販する燃料電池車。特許の塊でもある 

 昨年11月に開かれた東京モーターショーで、トヨタ自動車は市販予定のFCV燃料電池車)世界で初めてお披露目した。その発表直前の舞台裏で開発者人目もはばからず泣いていた。これまでの開発を振り返り、苦しかった記憶が脳裏をよぎったのだろう。

 それほど世界初となるFCV市販化へ向けた道のりは平たんではなかった。20年以上前から開発を始め2002年に世界初のリース販売にこぎつけたものの、様々な課題があった。

 FCVは燃料タンク内にある水素と、空気中の酸素を心臓部であるスタックで反応させて発電し、走行する。当時のモデルは水素をタンクに貯められる量が少なく、航続距離は300km程度。スタックのパワーも足りなかった。触媒で化学反応をさせるため、劣化などの課題もあった。何よりコストが高く、1台当たり1億円とも言われ、当時の試乗車を運転する際はずいぶん緊張した。

 それらの課題を開発陣が1つひとつ乗り越えていく。新型車の航続距離は700km程度で、スタックの出力密度は従来車の2倍以上とパワーを高めた。価格は700万円まで下げた。全体の開発だけで取った特許が約2400。スタックやタンクなどの基幹部材は他社に頼らず、自前で作り上げていった。

エコでおとなしいだけのクルマじゃない

 FCVは、エコでおとなしい優等生のクルマというイメージがあるかもしれないが、それは必ずしも正しくない。

 昨年10月の試乗会ではその一端が垣間見えた。アクセルを踏み込むと、十分な加速感を味わえる。外から見ていると、加速した瞬間にスタックが化学反応しているためか、水が勢いよく吐き出されている様子が新鮮で面白い。開発者が熱心に解説してくれた。「スタックや燃料タンク、モーター、電池など重量のある基幹部材が床下にあり低重心であるため、走行が安定している。時速150km以上出るので、欧州の高速道路も安心して走れる。2本ある燃料タンク1本にして、もっと価格を下げたい」。

 エンジニアと技術や商品の話を交わすと、その情熱のほとばしりが肌感覚で分かる時がある。自慢の品であれば話したくてしょうがないのが人情だ。FCVについてはそんな思いが伝わってくる。

f:id:altairposeidon:20141126234520j:plain

昨年の試乗会でのトヨタ燃料電池車。基幹部材が床下にあり、低重心で安定した走りがウリ

前倒し発売で見せた執念

 625日、トヨタFCVの市販時期を従来予定の2015年から2014年度に前倒しすると発表した。

 2014年度とは201513月も含む。しかしトヨタ関係者によると、あくまで2014年末の発売を目指しているという。水素供給インフラが十分に整っていないにもかかわずだ。前倒しにこだわる理由について、小木曽聡・常務役員は「他社より早めることよりも、より良いモノを適切なタイミングで出したい」と説明するが、他社の動向が全く無関係ということはないだろう。ホンダや現代自動車2015年に発売すると見られている。それらより先に発売すれば、先進イメージを手にすることができる。

 トヨタが世界初にこだわって成功した例に、プリウスがある。

 199712に発売した初代プリウスは、開発当初99年の発売予定だった。だが、「トップからの度重なる前倒しの要請」(当時チーフエンジニアだった内山田竹志会長)で2年も前倒しになる。9511月に完成した第一試作車は、完成後49日間動かなかったばかりか、「その理由が全く分からなかった」(同)。

 社内に不安の声も漏れたが、当時の奥田碩社長から「世界で一番乗りだ」とハッパをかけられ、多くの試練を乗り越え、「京都会議に間に合わせるために相当無茶して発売にこぎつけた」(小木曽・常務役員)。

 京都会議とは、先進国が負う温暖化ガスの削減目標を議論した国際会議のこと。9712月に開かれ、京都議定書が取りまとめられた。トヨタプリウスの発売をこの時期に合わせたことが、結果的には世界に大きなインパクトを与えることになる。

 世界の首脳や企業関係者、NGO関係者が集まる会議でプリウスは大きな話題に。筆者も当時、列に並んでようやく試乗することができた。

 99年にホンダがハイブリッド車インサイト」を発売。プリウスの燃費を上回っていたものの、先行発売したプリウスの優位は揺るがなかった。その後、ハイブリッド車トヨタの代名詞になったのは周知のとおりだ。

f:id:altairposeidon:20141126234601j:plain

プリウスと内山田竹志会長。昨年4月に世界の累計販売が500万台を超えたことを記念した
 

イノベーションで旗色悪く

 ところが最近10年間を振り返ると、イノベーションという意味でトヨタは旗色が悪い。

 自動車会社の革新技術の多くがトヨタ以外のメーカーから生まれている。高圧縮比の低燃費エンジン「スカイアクティブ」を開発したのはマツダ。自動衝突回避技術などの運転支援システム「アイサイト」を普及させたのは富士重工業電気自動車リーフ」の販売を伸ばしつつある日産自動車。ホンダは独自開発の小型ジェット機ホンダジェット」を飛ばし、来年から納入を始める予定だ。

 トヨタハイブリッド車以外に、代名詞となるようなイノベーションが見当たらない。それだけにFCVにかける思いは強い。田中義和・製品企画本部主査はこう語る。「プリウスを超えるイノベーションを起こす」。その熱い思いこそが、涙の本当の理由だったに違いない。

ニュースを斬る

日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20140707/268275/?n_cid=nbpnbo_mlp

 

2014.11.18記者発表が待ち遠しい、というものである。まあ反響はそれほどのものではない、と小生は考えている。中国と違い日本には報道の自由があるので、トヨタ燃料電池車については相当の内容は知れ渡っている。だから淡々としたものとなるのではないのかな、と思っている。

(続く)