次世代エコカー・本命は?(84)

白熱する電動車両開発、日本は勝てるか
カギを握るのは電池技術

2014313日(木)  佐藤 登

 1カ月ほど前の話になるが、2月上旬に米アトランタで開催された国際会議「AABCAdvanced Automotive Battery Conference)」に参加してきた。その名の通り、車載用2次電池に関するややマニアックな国際会議なのだが、今年は約500人が参加。さらに2月末には東京ビッグサイトで「国際二次電池展」が開催されたが、併設の展示会も合わせて67000人以上が来場したという。

 このように盛り上がりを見せる車載向け2次電池関連技術。その背景にあるのは、世界各国で二酸化炭素の排出規制が強化されているからにほかならない。具体的には、カリフォルニア州ZEVZero Emission Vehicle規制欧州の二酸化炭素規制中国の環境規制がそれぞれ今後強化される。

 自動車大手が、排出規制への有効な解決策として期待するのがハイブリッド車HEV)や電気自動車EV)などの電動車両。各社は血眼になって開発を進めている。これまで積極的でなかった自動車大手も今後は避けて通れない。それどころか、この一連の環境規制に乗り遅れれば企業の存亡にかかわる可能性すらある。

 例えば米国のZEV規制ではこれまで、対象となる自動車メーカーは米国のゼネラルモーターズGM)、フォード・モータークライスラー(現在はフィアットクライスラー・オートモービルズ)、そして日本のトヨタ自動車、ホンダ、日産自動車6だった。これが2018からは対象企業としてドイツのフォルクスワーゲンVW)、BMWダイムラー、そして日本のマツダ、韓国の現代グループが追加される。当然、追加対象企業は今後、電動車両の開発を加速していくことになる。

多種多様な電動車両

 電動車両とひと口に言っても、採用技術によっていくつかの種類に分類できる。日本の読者に馴染み深いのはHEVEVだろう。HEV1997年にトヨタが「プリウス」を発売してから15年以上が経過した現在、完全に普及期に突入している。トヨタが圧倒的な存在感を示しており、ホンダも健闘している。米国ではフォードが力を入れているが、日本勢との差は大きい。市場浸透度は電動車両の中でも圧倒的で、今後は欧州勢もHEVの開発に積極的な姿勢を示している。

 一方、EVの市場動向を振り返ると、2012年までは市場での評価が低く、日産の「リーフ」や三菱の「i-MiEV」は苦戦を強いられていた。連続走行距離短く充電時間長いのに価格高すぎるという課題を解決できなかったからだ。

 これが2013年以降、風向きが変わりつつある。特に米国では日産リーフの経済性が評価されてきており、市場での認知度は高まりつつある。昨年末以降、米国では月に1000のペースで販売されている。米アトランタに本社を構えるジョージア・パワーなどの電力会社が、充電インフラの整備を主体にサポートしていることが奏功しているようだ。

 さらに好調なのが、米シリコンバレーにあるベンチャー企業・テスラモーターズだ。同社のEVモデルSはカタログ上の走行距離が日本勢の2倍以上となる483kmを記録。スポーティーなデザインと共に、「1回乗ったらまた乗りたい」と消費者に思わせる価値を提供できている。販売台数は1週間で200台、金額で20億円規模のビジネスに成長しつつある。

 日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、家庭で充電できるプラグインハイブリッド車PHEVは、米国ではGMの「Voltが牽引役となっている。累計で66000台を販売、所有者の総走行距離は6億マイル(約9.6km)を突破した。2013年だけでも約23000台販売され、2014年はさらに伸びる勢いだ。

 このほか、燃料電池車(FCVは日本勢が2015に市販する計画である。ホンダは同技術のコアとなる燃料電池の研究を1986年から開始していたため、29年の歳月をかけた悲願の量産化といえるだろう。

EV普及の条件はインフラ整備にあらず

 それぞれ一長一短がある電動車両の技術。電動車両の登場は、関連業界にとってチャンスであると同時にリスクにもなり得る。法規制を導入する各国の思惑や企業の戦略が注目される。以降ではガソリンなどの化石燃料を必要としないゼロエミッション」車であるEVFCVについて分析してみたい。

 EVは究極の環境自動車の候補の1つだ。しかし、その地位は確約されたものではない。なぜならガソリン車と比べて、まだまだ性能(走行距離充電時間)と価格バランスが悪いからである。

 一連の課題を解決しEVが本格的に普及するための条件は、現状のリチウムイオン電池を超える高性能電池の実現にかかっている。国や研究機関、企業単位で研究開発が進められており実用化が期待されている。

 その中にはポスト・リチウムイオン電池と目される「リチウム空気電池」と呼ばれる新型電池がある。金属リチウムと空気中の酸素の化学反応を活用したものであり、得られるエネルギーの理論値は現状のリチウムイオン電池を凌駕する。

 とはいえ、実用化の目標は2030であり、まだ先の話だ。「2020年までには実用化できる」と語る関係者もいるようだが、基礎研究段階であるテーマにもかかわらず、実用化の時期を暗示するのはナンセンスだろう。

 大学や素材メーカーが開発した正極や負極素材の単体のデータだけで、「EVの連続走行距離が500kmにまで拡大する技術を見出した」という報道を目にすることも多いが、これも奇をてらった表現だと言わざるを得ない。電極単体で連続走行距離は決まるはずもなく、EVに組み込まれる電池システムにして初めて議論できるのだから、一方的で飛躍的な表現は謹むべきだ。

 日本の大学や企業でもこういった発信が少なからずある。筆者の下にはこうした報道の度に、投資会社や調査機関から意見を求められることになる。その際の筆者の回答は、「冷静に客観的に見ましょう。原理や論理が伴っていない」「あまりにも情報が不足しすぎていてコメントもできない」の2択に集約される。

 もちろん、素材分野の先端研技術開発日本が圧倒的に強い競争力を持っているため、新たなブレークスルーが日本から生まれる可能性が高いのは事実だ。

 実際、2次電池の先端研究で海外勢の存在感は高くない。例えば、韓国サムスンSDIが主管企業を務める韓国の国家プロジェクト「WPMWorld Premium Materials)」は、素材関連強化に向けて2008年から国の威信をかけて実施している。だが、素材領域は地道な基礎研究に根付き開花するものであるため、日本に比べて基礎研究力が弱い韓国から驚くような新素材が出現する確率は低いだろう。

 このように、EVの普及には革新電池の実現がカギを握る。新原理新素材――。これら2つについての強力な知財を獲得した研究機関や企業、国が大きな利得を得る構図となる。

 逆に言えば、電池でブレークスルー実現できなければEVは現状から大きく羽ばたけない。世間では「充電インフラが進まないからEVが普及しない」という声もあるが、それは詭弁だ。EVが本当に魅力的ならば充電インフラは後から必ず整備される。そう理解すべきだ。

小型リチウム電池は当面の主役か?

 注目を集めるテスラについて、新たな動きもある。226日付日本経済新聞1面トップに掲載された記事がそれだ。報道によると、パナソニックテスラと共同で、米国に小型リチウムイオン電池の新工場を建設し2017の稼働を目指すとのこと。総投資額は1000億円超。年産50万台程度の規模を目指している模様だ。

 筆者は2020段階での電動車両は全世界ベースで見て600万台程度だと見ている。EVの占有率は10%程度(60万台規模)だろう。しかし、EV向けリチウムイオン電池を手がける電池メーカーは、パナソニック以外にも数多く存在する。日産とNECの共同出資会社:オートモーティブエナジーサプライ・コーポレーション(AESC)、ジーエス・ユアサコーポレーション三菱商事三菱自動車の共同出資会社:リチウムエナジージャパン(LEJ)、東芝、韓国のサムスンSDILG化学など、EV向けの陣取り合戦は白熱している。

 一方、普及期を迎えたHEV用では日本の電池メーカーであるパナソニック、同社とトヨタの共同出資会社:プライムアースEVエナジー(PEVE)、GSユアサとホンダの共同出資会社:ブルーエナジーAESC日立ビークルエナジーが確固たる地位を築いている。韓国勢はこの分野で苦戦しており、この構図は簡単にひっくり返るものではない。その分、韓国勢はEVPHEVへ軸足を置いていると言える。

 サムスンSDIも中国・西安に車載用リチウムイオン電池工場を建設することを決断した。2020年の段階ではEVリチウムイオン電池が供給過剰になるリスクがあり、パソコンなどの小型リチウムイオン電池で起きたような価格競争が電池各社を苦しめる可能性もある。

 さらにEVリチウムイオン電池に導入される技術への議論も必要だ。パソコンなど向けの小型リチウムイオン電池と、EV向けに開発された大型リチウムイオン電池との競合である。主力自動車メーカーの量産EVでは、専用の大型リチウムイオン電池が適用されているが、EV市場を引っ張るテスラ小型リチウムイオン電池を適用しているところがユニークだ。民生用電池の流用だからコスト的に有利なのは理解できるが、逆にコストダウンの余地は小さいとも言える。

 リチウムイオン電池は安全面に関してはデリケートであるから、個々の電池の制御システムは極めて重要になってくる。電池の大きさではなく個数単位での制御が必要になるため、テスラのモデルSのように7000個を超える小型リチウムイオン電池の制御は、100個以下の大型品を搭載するシステムよりも複雑になる。昨年10月以降に相次いだモデルSの火災事故では、その原因が未だ明らかにされていない。

 テスラEVがどこまで市場に普及するかの議論は別にしても、パナソニックの決断チャンスでもあると同時にリスクでもある。筆者が1999年にホンダで立ち上げたリチウムイオン電池研究開発のパートナーである旧三洋電機陣営とのプロジェクトを通じて、車載用リチウムイオン電池のあるべき姿を追求してきた。

 以降、パナソニック陣営旧三洋陣営との考え方が基本的には一致しないところを客観的立場で多々見てきたが、同一の会社になって電池戦略での不協和音が聞こえてくることが多かった。今は技術開発や戦略でも親会社の旧パナソニックの主導権で展開しているようだ。結果として、旧三洋のキーパーソン一派が離脱する事態になっている模様だ。

(続く)