次世代エコカー・本命は?(95)

電解液の定説が覆る

 「Liイオン2次電池の常識が覆されるかもしれない。インパクトは大きい」─。電池の中心材料である正極/負極材の改良が進む一方で、一部の電池関係者の間で、ある技術がにわかに注目を集めている。それが、“濃い電解液”と呼ばれるものだ。

 Liイオン2次電池が誕生してから20年以上がたつが、電池技術者の間で長らく信じ込まれてきた定説がある。それが、「電解液の溶媒はエチレンカーボネート(EC)が唯一無二の存在である」ということ。この状況に一石を投じたのが、東京大学 大学院工学系研究科 教授の山田淳夫氏の研究グループだ。山田氏らは、Liの濃度が従来品に比べて4倍以上となる電解液を開発し、EC溶媒は不要との結論を導いた。この結論は、これまで実用電解液として検討の対象外だった様々な有機溶媒を検討の俎上に載せる、という大きな可能性を秘める(「“濃い電解液”が実現する、次世代Liイオン2次電池」参照)。

 例えば、Liに対する電位を5V程度まで高めることで高容量化が期待できる5V系正極材料では、電解液が実用化のネックとなっている。EC溶媒の電解液では5Vという高電圧に耐えられず分解してしまうためだ。“濃い電解液”の成果を用いれば、高電圧に耐えうる有機溶媒を広く探索できる。

名人芸からの脱却

 出力密度やコスト、サイクル寿命など様々な要求を満たす次世代Liイオン2次電池を開発するのは容易ではない。優れた電解液の開発だけでなく、正極材料や負極材料を含め、無限にある電池材料の中から最適な組み合わせを見いだす必要がある。この作業には、多くの時間や手間が掛かり、「名人芸」とも称される熟練技術者の経験と勘に託される部分も大きい。だが、2020年はすぐそこだ。効率的な材料探索手法の重要性が高まるのは間違いない。

 京都大学とシャープの研究グループは、「第一原理計算」を用いた電池材料の探索手法を開発した(3)サイクル寿命に優れる電池の開発を目標とし、劣化の要因となる充放電時の体積変化が少ない材料を探索した。正極材料のリン酸鉄リチウム(LiFePO4の元素置換を検討した。

 

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3 2000通りの材料の組み合わせを計算


京都大学とシャープは、「充放電に伴う体積変化率」に着目し、第一原理計算によって材料探索した(a)。計算によって、25000回充放電しても70%の容量を維持できる正極材料を見いだした(b)。(図:京都大学とシャープの資料を基に本誌が作成)

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 「第一原理計算を使うことで、Li/Fe/Pのそれぞれで置換元素を探すことが可能になった」(京都大学 大学院工学研究科 材料工学専攻 教授の田中功氏)。京都大学とシャープはLiFe1-xZrx)(P1-2xSi2xO4という複雑な組成の材料が、体積変化が少ないことを見いだした。「第一原理計算による材料探索手法を導入したことで、通常は見向きもしない材料にも手を出せた」(田中氏)ことが効いた。確かに、原子番号268族のFeを、同404族と離れているZrに置換するひらめきは浮かびにくい。Zr:ジルコニウム、原子炉燃料棒の皮膜材料として使用されている。)

 同研究グループは、計算だけでなく実際に材料を合成して電池に仕上げている。LiFe1-xZrx)(P1-2xSi2xO4を用いた電池セルを試作。充放電に伴う体積変化率は、計算と実測で傾向がぴたりと一致した。充放電サイクル試験では、1万回充放電しても80%以上の容量を確保した。外挿すると、容量が70%になるのは従来の約6倍の25000回以上となる。

 田中氏は「材料探索で名人の勘に頼る時代は終わった」と断言する。だが、実験の必要がなくなるわけではない。「コンピューターで計算して、手を動かす。この一連のサイクルが材料探索の新しい主流になる」と田中氏は言葉を継いだ。

“濃い電解液”が実現する、次世代Liイオン2次電池

電解液の溶媒はエチレンカーボネート(ECが唯一無二の存在である─。Liイオン2次電池が誕生してから20年以上、電池技術者の間で信じ込まれてきた定説が覆されそうだ。繰り返し充放電に必須とされていたECの呪縛を解き、Liイオン2次電池の用途を飛躍的に拡大する“濃い電解液”の詳細に、開発者への取材を通して迫った。

 東京大学 大学院工学系研究科 教授の山田淳夫氏と助教山田裕貴氏を中心とする研究グループは、Liイオン2次電池の多様な電解液設計を可能にする新しい方向性を見いだした。充電速度の決め手になるLiの濃度が従来の電解液に比べて4倍以上となる、極めて“濃い電解液”を開発することで示した(1)。

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1 従来の電解液と大きく異なる液体構造

東京大学が開発した高濃度電解液は、全ての溶媒がLiに配位するという特殊な構造を持つ。さらに、Liとアニオンが連続的に結合する点も、エチレンカーボネート(EC)を溶媒とする一般的な低濃度の電解液と異なる。(図:東京大学の資料を基に本誌が作成)

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 一般的な電解液のLiの濃度は、イオン伝導度が最大となる1mol/L程度である。この濃度の場合、EC溶媒が必須となる。EC以外の溶媒を使用すると、電極を激しく劣化させるとされてきた。黒鉛などの層状負極に対して溶媒がLiに溶媒和したまま層間に挿入(共挿入)したり、電解液の継続的な還元分解が発生したりするためだ。こうした定説のため、Liの高濃度化やEC以外の溶媒の採用は電池研究者の間では盲点だった。

溶媒和=溶液中において、溶質のイオンが近傍の溶媒と相互作用して存在している状態のこと。

 山田氏らのグループはこの盲点に着目し、これまでほとんど検討されていなかった電解液の高濃度化を試みた。様々な溶媒を調査する中で、高濃度化による共挿入抑制に加え、還元安定化が観測される溶媒が多くあることを見いだした。必須とされてきたEC溶媒は不要となり、これまで実用電解液として検討の対象外だった、エーテル系やスルホキシド系、スルホン系、ニトリル系など様々な有機溶媒中で、黒鉛負極やリチウム金属負極が可逆作動することを発見した14

 高濃度の電解液は、キャリアイオン密度が極めて高く界面反応頻度の向上に寄与することから、従来の1/3以下の時間での急速充電が可能になる。さらに、選択する塩と溶媒の組み合わせによって様々な物性を発現する。

(続く)