次世代エコカー・本命は?(96)

アセトニトリルが候補に

 高濃度電解液は、キャリアイオン密度が極めて高く界面反応頻度の向上に寄与することから、本質的には高速電極反応を実現し得る。しかし、同時にイオン伝導度の著しい低下や粘度の上昇が起こってしまう。このため、電池全体としての抵抗上昇が危惧され、実用化の検討の対象外となっていた。裏を返せば、これらの物性を改善できれば、高濃度電解液の実用展開に道が開けることになる。山田氏らによると、安定性や高速電極反応などの特殊な物性を発現する濃度しきい値は、溶媒和構造が大きく変化する2.5mol/L以上という1

1)濃度しきい値は、溶媒やリチウム塩の性質(溶媒和力、解離性、共挿入性、被膜形成能など)にも依存する。

 この条件を満たす“濃い電解液”の溶媒の候補の1つが、アセトニトリル(ANである。Liの濃度を4.2mol/L程度とすることで、高い還元安定性を発現する。LiNSO2CF32LiTFSA)塩とAN溶媒からなる溶液は、全ての溶媒がLiに溶媒和状態となり、図1で示したように未配位の溶媒はほとんど存在しない。1つのLiと結合するCIPcontact ion pair)や2つ以上のLiと結合するAGGaggregate)が支配的である。

 これに対して、1mol/L程度の低濃度の電解液では大部分のリチウム塩が解離する。溶媒/リチウム塩のモル比が安定配位数以上であるため、未配位の溶媒が多数存在する。

試作セルが示した高い負荷特性

 2次電池で使用されるリチウム塩のうち、Li─アニオン間の結合エネルギーが最も小さい塩の1つがLiNSO2CF22LiFSA)である5溶媒にANを使い、リチウム塩としてLiFSAおよびLiTFSAを用いた2種類の溶液のイオン伝導度を比較した(2)。低濃度における差は小さいが、イオンペアの形成が支配的となる高濃度においては顕著な差が現れ、LiFSA溶液の方が圧倒的に優位となった。例えば、4.5mol/LLiFSA/ANのイオン伝導度は10mS/cmほどであり、商用のLiイオン2次電池に使用されている低濃度(1mol/L以下)のEC系電解液と同等の水準である。

 

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2 既に商用レベルの性能に

アセトニトリル(AN)溶媒のイオン伝導度とリチウム塩の濃度および種類の関係を比較した。Li─アニオン間の結合エネルギーが最も小さいLiFSAとの組み合わせが特に優れた性能を示した。(図:東京大学の資料を基に本誌が作成)

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 以上のように、高濃度電解液のバルクLi輸送と界面反応の双方に対してリチウム塩のアニオンが与える影響は大きく、Li─アニオン間結合エネルギーの小さいLiFSA塩を使用することは有効である。LiFSA塩は既に量産技術が確立され2013年には大規模な工業生産が始まっている。

 リチウム塩としてLiFSAを、溶媒として高酸化耐性、低粘度かつ高誘電率ANを選択した高濃度電解液を用いて、天然黒鉛の負荷特性を調べた(3)。高濃度LiFSA/AN電解液を用いた場合、5Cを超える高いレートで充放電しても容量低下が少なく、高い負荷特性を示した2。これは、商用のEC系電解液をも大きく上回る。

21Cとは、1時間で電池を充電もしくは放電することを示す。その電流量の何倍かをCレートで表す。このため、5C12分間で充放電させる。

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3 高レートでの充電に対応

アセトニトリル(AN)溶媒とLiFSAを組み合わせた“濃い電解液”を用いたハーフセルを試作して充放電試験を実施したところ、5Cを超える高いレートで充放電しても容量低下が少ないことが分かった。(図:東京大学の資料を基に本誌が作成)

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 さらに、-20℃でも凝固せず良好な負荷特性を示した6。より実用に近いラミネート型フルセルにおいては、15Cの高いレートで充放電しても、商用EC系電解液セルの4C5C充放電相当の分極・容量を達成できており、高い負荷特性が期待できる。

最低空軌道の変化が関係

 EC系の電解液は、リチウム金属やリチウム─黒鉛層間化合物(Li─GIC、リチウム挿入後の黒鉛)に対して安定的に存在できる。これは、EC溶媒が主に還元分解し、その分解生成物がLi伝導性かつ電子絶縁性の不動態被膜(solid electrolyte interphaseSEI)として機能することで、還元安定性を発現しているからである7。低濃度のAN電解液がこれらの低電位負極に対して極めて不安定であるのは、AN溶媒の還元安定性が著しく低いことに加えて、良好な被膜を形成できないためだ。

 これに対して、高濃度電解液中では、溶媒ではなくリチウム塩の還元分解が優先的に起こる。還元分解種の違いは、高濃度溶液に特徴的なLi─アニオン間相互作用に起因する最低空軌道(LUMO)の変化により説明できる8。高濃度化により、溶媒ではなくリチウム塩のアニオンが被膜形成剤として機能するようになり、電解液の還元安定化につながったと考えられる。

(続く)