次世代エコカー・本命は?(114)

「水素社会」礼賛報道の陰で
燃料電池車が迎える苦境(下)

燃料電池車は「死の谷」を越えられるか?【車両規格編・下】

【第198回】 2015220日 桃田健史 [ジャーナリスト]

GMの量産化は2020年を目途
ホンダとの技術連携でトヨタを上回る特許数

 本稿(上)冒頭で引用した、GMジャパンのプレゼンテーションで、「パテント・リーダシップ」というスライドがあった。これは20022012年、アメリカでの燃料電池関連の特許取得件数をメーカー別、さらに取得年度別に示したものだ。

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アメリカにおける燃料電池車の特許取得の状況GMがトップで、ホンダ、トヨタが追う展開 
Photo by Kenji Momota  拡大画像表示http://dol.ismcdn.jp/mwimgs/3/c/-/img_3c12523bda5464db1607ae9e511204a7337508.jpg

 それによると、取得数のトップはGMで、第2位がホンダ、そして第3位がトヨタ。これに、サムスンUTCパワー、日産、バラード、パナソニック、プラグパワー、デルファイ等、自動車・電機・そして燃料電池専門メーカーが続く。

 この特許取得数のトップ2GMとホンダ20137燃料電池開発における技術提携を発表。今回、GMジャパンの発表では、ホンダの栃木研究所、およびGMの米ミシガン州ポンティアック市内の研究所で燃料電池車を、さらにGMのドイツ国内研究所で水素インフラの研究開発を進めており、両社の共同開発型の燃料電池車は2020年頃の量産化を目途としているという。

 なお、ホンダ単独での燃料電池車は、すでに世界で200台がリース販売された「FCXクラリティ」に次いで、コンセプトモデルを公開済みの新型車両が近年中に市場投入される見込みだ。

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日本自動車工業会の発表資料。燃料電池車の基準について、国連での協議のフェーズ22020年頃に確立されるとの予想するが、先行きは不透明
Photo by Kenji Momota 
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 筆者は各方面への取材を通じ、2000年代前半から中盤にかけての第一次燃料電池車ブームの前後、さらに2009年の同社の経営破綻の前後に、GMの次世代車開発に対する投資方針が大きく変わったと考えている。

GM2007から中型SUV「イクイノックス」をベースとした燃料電池実験車を合計119台製作し、延べ6000人以上が約7年間にわたり公道走行を行なっている。そうした基礎データ、さらにホンダとの特許の共有における基礎および量産を見越した応用分野での研究開発を進めている。

 だが、GMはあくまでも冷静だ。現時点では、トヨタが進める早期の燃料電池量産化の流れに同調する構えを見せていない

 こうしたGMの動きが、先に紹介した国連でのGTR(このGTRとは、自動車基準調和世界フォーラム(WP29)での協議で決まる世界基準だ。)に直接的に結びついている。
アメリカの自動車産業界ではよく「GMSAEは表裏一体」と称される。

トヨタの特許公開のその後
担当部長氏に公開質問

 次に、トヨタ燃料電池車・特許の無償公開について触れたい。

 今回の「水素先端世界フォーラム2015」のオープニング講演は、トヨタの「Fuel Cell Vehicle FCVDevelopment and Initial Market Creation」(筆者訳:燃料電池車の開発と初期市場の構築)だった。講演者は同社技術統括部 担当部長の河合大洋氏である。

 この講演の後、会場からの質疑応答の時間があった。

 筆者は河合氏に対して「特許についてお聞きしたい。20151月にラスベガスのCESConsumer Electronics Show)で燃料電池車に関する5680件の特許を無償公開すると発表している。私はその発表の場にもいた。今後、九州大学での産学官連携を含めて、特許に関してどのように進めていくのか」と聞いた。

 これに対して河合氏は次のように回答した。

「(本件は)弊社が単独で持っている特許についてだ。水素インフラに係る特許については期限を切らずに無償提供する。(車両に関する特許では)自動車会社に対して2020年という期限を切っているが、それまでの間、他の自動車メーカーと(個別に)契約を結び、お互いに特許を自由に使えると、発表した。

 (その後)世界中から様々な問い合わせがきている。我々としては最初の数年間は競争よりも協調して、より多くのメンバーで燃料電池車、水素インフラ、また燃料電池を使ったバスやフォークリフトを含めた機器を(世の中に)出していくことで、多くの理解を得て、水素社会に一歩でも早く近づいていけると考えている。(現在)九州大学トヨタはハイドロジーニアスで研究開発している」

 ハイドロジーニアスとは、九州大学水素材料先端科学研究センター200710月開始)の略称だ。同大ではこれに加えて、次世代燃料電池産学連携研究センター(略称:ネクストFC201211月開始)及びカーボンニュートラルエネルギー国際研究所(略称:アイスナー/201211月開始)で燃料電池の研究を行なっている。

 今回、フォーラム及びシンポジウム取材の合間に、ネクストFCにて、九州大学・水素エネルギー国際研究センター・産学連携研究員として勤務している、甲野貴裕氏にお話を聞いた。

 それによると、ハイドロジーニアスは独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構NEDO)の支援を受け、平成25年~29まで実施。

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九州大学・伊都キャンパスにある次世代燃料電池産学連携研究センター。カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所と研究棟が繋がっている Photo by Kenji Momota

 対して、ネクストFC経済産業省イノベーション拠点立地支援事業(「技術の橋渡し拠点」整備事業)として、九州大学の提案した「次世代燃料電池産学連携研究施設」が採択されたもの。九州大学の目的は、燃料電池車搭載されることが多く、家庭用エネファームでも実用化されている固体高分子形(PEFC、さらに次世代の燃料電池として研究が進む固体酸化物形(SOFC燃料電池の量産化への支援だ。

 具体的なネクストFCの利用方法は、自動車メーカーなどの企業ごとに担当教授と連携する。その際には企業ごとの機密管理を徹底する。ネクストFCには約40の研究室と、水素燃料の使用に安全に対応できる各種の実験室がある。各企業の研究室の出入りには、専属教員と企業担当者のみが専用カードキーで行ない、機密保持を行なっている。

 実験室は、水素や窒素に対するなど配管の最適化がされている等、九州大学がこれまで積み上げてきた水素研究のノウハウが活用でき、参加企業としては自社内で研究する場合と比べて、利便性が高い場合が多いという。企業名は非公開だが、すでに複数の自動車関連企業がネクストFCの研究室を利用している。

九州大学としては、ネクストFCやハイドロジーニアス等、国際的な水素研究の拠点整備を進めるなかで、燃料電池車を含めた燃料電池技術のシナジー効果を狙う。

最も重要なのは「実需の精査」
マーケットインとプロダクトアウトのバランス感

 繰り返すが、燃料電池車はいまだ「死の谷」のなかにいる。

自動車産業界全体としては、中長期的な視野では、燃料電池車が理想的な「環境対応車のひとつ」との思いが強い。だが、自動車メーカー各社はそれぞれの事業戦略によって、燃料電池車の量産に向けた想いに温度差があるのも事実だ。

 こうした状況で「死の谷」を越えるため、最も重要なことはなにか?

 それは「実需の精査」だ。

 庶民にとって、事業者にとって、どうして燃料電池車が必要なのか? それはいつ、どこで必要なのか?

 こうした消費者サイドの立場を十分に理解したモノ作り「マーケットイン」と、インフラなど国や自治体の政策が先行することが必然である燃料電池車特有の「プロダクトアウト」とのバランスを考えることが必要だ。これを産学官でさらに深く協議、そしてその状況を消費者にしっかりと説明するべきだ。

 そんなこと、百も承知。そう考える方は多いだろう。

 だが今一度、次世代車と社会の関係を、ゼロベースで見直してほしい。さもなければ、燃料電池車は再び「死の谷」に突き落とされてしまう。

燃料電池車関連の現場取材をしながら、筆者はそう感じる。

http://diamond.jp/articles/-/67128

 


九州大学などが中心となり、多方面から水素社会に関する研究開発が行われていることが、説明されている。そして現在燃料電池車は「死の谷」の中を走っている。いつこの谷を抜けるのか、現在では霧の中だ。生半可なことでは、この谷から抜け出すことは出来ない、と言う。すなわち燃料電池車が、究極のエコカーとして、現在のガソリン車に取って代わる時代には、そう簡単にはならないのであろう。この死の谷は相当巨大だ。

(続く)