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ならず者国家・中国、アレコレ!(27)

常態化した経済構造と政治・社会を変える

 要するに、中国は改革開放以後、常態化していた経済構造を変えていくつもりだ、ということである。また、その転換の際には、今までと違う異常事態が起こるだろうが、それは新常態として受け入れよ、ということである。

 この「新常態」と、党規約にいずれ盛り込まれるのではないかと言われている、習近平の政治理念を表す四つの全面全面的なややゆとりある(小康)社会の建設、全面的な改革の深化、全面的な法治、厳格な規約に従った全面的な党の統治)とセットで考えると、習近平反腐敗キャンペーンに見られる、従来の共産党秩序を無視した元政治局常務委員や退役上将の党籍剥奪や、軍区指令への異例な若手抜擢や、大学教育での「西側価値観」排除指示といった政治・社会における異常事態も、この「新常態」につながると考えるべきだろう。

 この「新常態」について、左派経済学者の郎咸平はブログでこう解説する。

 「中国のGDP成長速度は20157.1%にまで落ち込むだろう。…経済の冷え込み、通貨緊縮のリスクは年初にすでに露見している。…現政権が打ち出した“新常態”とは中国経済、社会の直面する問題を解決する根本的な方法論だ。…今年に推進される行政、国有企業、金融、不動産市場に対する改革について深く分析すれば、“新常態”と“旧制度”の本質的違いがはっきりするだろう」

 「1992年の鄧小平の南巡講話は、社会主義市場経済体制に一連の改革をもたらし、中国を大きく変えた。“下海(個人企業)ブーム”“出稼ぎブーム”“創業ブーム”などの改変により無数の人々の運命が変えられた。しかし、新常態が国家と個人に与える影響力は、当時の南巡講話をはるかに超えることだろう」

建設者になれば中国的価値観が世界に受け入れられる

 郎咸平が指摘するその具体的影響力とは、こうだ。

 【1】公務員や国有企業幹部による創業ブームが起きる。“簡政放権”と反腐敗キャンペーンによって、市場と権力の癒着が断ち切られると、そこにぶら下がっていた官僚・国有企業幹部は頭を切り替えねばならない。おそらくは、彼らの間で、それまで地方行政が握っていた権利業務を代行するような新ビジネスが生まれるのではないか。

 【2】権力と市場の切り離しに成功すれば、正常な市場経済国家に変わっていく。

 【3市場経済化が国家の体制改革の先鞭をつけるかもしれない。市場経済の本質は、自由、平等、公開の原則にのっとった競争メカニズム。国家は公権力と私権利のメカニズムをどのように処理していかねばならないか問われることになる。この公権力と私権利の関係調整こそ、政治体制改革といえないか。“新常態”は経済改革にみえて、その本質は政治体制改革である。

 【4】国際経済の枠組みにおける中国の役割が参与者から新たな国際経済秩序の建設者に転換する。鄧小平の改革開放は、中国をグローバル経済に参加させ、WTO世界貿易機関)加盟を実現させた。だが、それはあくまで、グローバル経済の一員になったというだけ。“新常態”に基づく外交・経済政策の骨子として打ち出されている“一帯一路”(中央アジアからロシアに向かうシルクロード経済帯と南シナ海からインド洋に向かう21世紀海のシルクロード経済帯を中国が中心となって開発していく構想)によって、中国は国際経済の枠組み秩序を主導的に建設する役割を担う可能性がある。

 【5】新常態は中国的文化的価値観を国際社会の価値観に融合させることができる。中国が国際社会において経済包囲網、軍事包囲網、エネルギー包囲網などの脅威にさらされ、特に米国がアジアリバランス政策を打ち出してから中国はほとんど友達がいない。これは中国的価値観が国際価値観基準と大きく違うためである。だが(国際経済秩序の参与者から建設者に転向できれば)中国的価値観が国際社会に受け入れられるようになる。

 郎咸平の解説は、習近平政権の期待している効果をわかりやすくまとめているという意味で、非常に参考になった。現地の消息筋から聞く話では、習近平が目指しているのは鄧小平を超えること、G2という米中二大国家による国際秩序の形成(あるいは米国もしのぐ影響力を発揮する国家になること)という。「中国の夢・中華民族の復興」を掲げる習近平の野望シナリオの具体策が「新常態」にあると言えそうだ。

 もっとも、以上のことは言うが易し、為すが難しであることは言うまでもない。問題はこの新常態宣言によって生じる中国の負の面である。

「世界の工場」の終焉、厳しい生活が常態に

 まず予想されるのはエネルギー料金の高騰。これは中国石油を含めた石油産業や石炭業界の整理再編が進められるに伴って、低く抑えられた国内のエネルギー料金が値上がりするだろうし、実際、タクシーや地下鉄料金の値上がりは始まっている。エネルギー料金の値上げは物価上昇を加速させるだろう。バブル崩壊、一部金融機関の破たんもやむなし、という声は中国の元官僚や専門家からも聞こえる。江沢民胡錦濤政権時代に銀行の破産は絶対ありえなかったが、これからは、それが新常態になる。

 今年早々、中国広東省で松下、東芝シチズン系の日系資本の入った工場が相次いで撤退し、中国の労働市場に動揺を与えていることが報道されているが、この傾向は日系資本だけでなく、マイクロソフトノキアネスレといった外資の労働集約型工場全体に言えることであり、これが中国の実質失業率に大きく影響している。改革開放以来続いていた「世界の工場」という常態もいよいよ終わりを告げる。庶民の暮らしぶりについて言えば、間違いなく厳しいものに変わっていき、それが「ニューノーマルなのだ、文句言うな」と強制的に受け入れさせられる、ということでもある。

 ニューヨーク在住の華人コラムニスト北風は「ボイスオブアメリカ」の取材で「“新常態”なんていうのは庶民の目をくらませる共産党の政治用語にすぎない」と批判している。「中国の直面する負の局面を婉曲に表現して、表面上だけ大衆からの批判・反発を避けようとしているのだ。典型的な共産党言語のニセ文法」と。

「おぼれかけている」中国にどう対するか

 過去にも「失業」という言葉を使うと反発が強いので「下崗」(一時休職)という言葉を造ったりしてきたが、それと同じというわけだ。そう考えると「新常態宣言」とは、中国の経済衰退宣言社会不安定期突入宣言ともいえる。

 鄧小平は改革開放推進の際に、『石をなでながら河を渡る』と言う表現で、市場経済計画経済社会主義と資本主義の矛盾に関わる先鋭的論争を回避したが、今の中国の状態は、川底の石を確かめながら前に進むどころか、とうに川底に足がつかない河の深みにはまっておぼれかけている。その現状について、「新常態」(おぼれかけている)だと追認した。

 この深みにはまった中国は独自の泳法でもって自力で河を泳ぎ切ってこちらの岸につくのか、それとも引き返して元の岸に戻るのか。もちろん途中でぶくぶくと沈む可能性だってある。それを周辺国として、どう眺めるかが、問われるかもしれない。手助けしたほうがいいか。手助けしても感謝されるどころか、岸にたどりついた相手に、いきなり殴り倒されることもあるわけだが。

中国新聞趣聞~チャイナ・ゴシップス

 新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。
 中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。
 特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20150309/278478/?n_cid=nbpnbo_leaf_bn


 

なかなか難解な論考であるが、「新常態」とは低成長または安定成長時代に突入したぞ、と宣言していることである。このことは冒頭で触れられている。

(続く)