続・次世代エコカー・本命は?(42)

相容れない両社の哲学

「スズキへの出資比率引き上げは時間の問題」

 VW社長のヴィンターコルンは提携会見から1週間も経たないうちに、将来的にスズキへの出資比率を引き上げる可能性はあるというコメントをメディアに発し始めている。ヴィンターコルンの背後には、監査役会会長でVWの実質的な支配者であるピエヒの思惑が働いていることは想像に難くない。

 買収し子会社化した企業を会社全体の戦略に最適化することは、VW、いわばピエヒの経営哲学そのものである。アウディシュコダ、ポルシェなどVWは次々と買収を重ね、巨大なVWグループをつくり上げてきた。全体戦略に組み込んでいくことで提携効果(シナジー)が生まれ、それが両社の信頼関係につながる。信頼関係とは全体最適の結果生まれる。それがピエヒの哲学だ。

「最終的に支配を目的とするVWと、本当に対等な関係が築けるのか」

 メディアもアナリストも、この点が非常に気がかりであった。マイナーな出資比率にもかかわらず、包括提携を結び対等な関係で技術提供するというのは、あまりにも大盤振る舞いに見えたのである。

「成り行きで、結果として、食われることは運命であり、それは結果論にすぎない。食われないよう信頼を構築し、お互いのメリットを引き出せる関係を築き上げることに専念するしかない」

 ピエヒの思想を修が知らないわけはない。しかし、提携の基本精神はイコールパートナーである。お互いの信頼関係に基づいて、スズキが持続できる企業に発展してこそ、シナジーが生まれ両社が発展する。これが、修の哲学だ。

決裂から対決へ

 対価を支払えば鷹揚に技術を提供してくれたのが、昔のパートナーのGMであった。支配を目的とするVWの姿勢とは決定的な違いがあったであろう。VWはお金には興味を示さず、自社の全体戦略にスズキを取り込むことを優先したと考えられる。

 技術をVWから獲得し、その結果としてスズキの独立自尊を欲する修と、自社の戦略に組み込むために支配を目指すピエヒとでは、言うまでもなく目的がまったく相容れない。信頼関係を構築するどころか、関係が悪化するまでには、たいして時間はかからなかった。

 今になって思えば、包括提携と同時に、実行内容の細部についてまで契約書に明文化する必要があった。包括的提携を先に決め、後々から細部を議論するというのは、信頼関係が最初から存在することを前提としている。修らしい「ハート・ツー・ハート」の契約行動を、VWは逆手にとった格好である。

 年末の提携発表から年が明けた20101月に入ると早々に、スズキとVWは会社間をイントラネットでつなぎ、協業プロジェクトに突入した。すぐさま互いの部品表を交換し、「それ行け、どんどん」で最初の動きは素早かった。

 しかし、提携の大きな目的であったVWからのディーゼルエンジン調達要素技術へのアクセスを急ぐスズキに対して、VWは首を縦に振らなかった。ハイブリッド車の技術供与に対しても、技術提供やハイブリッド車の供給案も拒否した

「本当に、VWは技術を出す気があるのだろうか。いや、肝心の技術そのものを社内に持っているのだろうか」

 

 要求する技術にアクセスできないスズキの技術者は、早々に違和感を持ち始めたという。契約時に狙った提携効果の実現が厳しいという感触は、半年も経たないうちにスズキの社内に蔓延し始めていた。

 VWは、戦術として技術供与の交渉を前に進めなかった可能性がある。ピエヒは、技術供与の対価として、スズキへの出資比率を19.9%から33%以上へ引き上げることを求めたという報道もある。

 提携スタートから間もない段階で出資比率の引き上げを飲むなど、スズキにとってはありえない話であった。修は直接交渉の場に何度も立ち、トップレベルの協議で両社が納得できる道を探ったが、展開は変わらなかった。提携維持のあきらめにも近い焦燥感が、スズキの内部には漂い始めていた。

 両社の関係決裂は、2つのできごとで決定的となった。

 ひとつはVWが突如スズキを「財務上、経営上に重大な影響を与えることができる会社」と2010年度のアニュアルレポートに示し、「持分法適用会社」(出資比率が20%以上50%以下の関連会社)に位置づけたことだ。対等関係を築くという提携の精神が踏みにじられていると感じてきたスズキの不信感はピークに達する。

 2つ目は、スズキがイタリアのフィアットからディーゼルエンジン技術を導入すると決定したことだ。いつまでたっても進展しないディーゼルエンジン技術供与に業を煮やしたスズキは、20116月にフィアットからの技術導入に動いた。VWはこれに対して契約違反だと憤慨し、態度を硬化させた。

 20119、スズキの原山はVWと円満な提携解消を実現するための最後通牒ともなる会議に向けて、フランクフルトへ飛んだ。

 問題だらけの包括提携。もはや願った効果はなんら達成できないのは歴然としていた。せめて、縁がなかったと最後は笑って別れ、何よりも、VWが保有する19.9%のスズキ株式を円満にスズキに売却してもらうことが必要だった。

 最後の、運命のこの交渉テーブルでは、実りのある結論はなんら得られなかった。不信と沸き立つ怒りの感情が両社に増大しただけ。前向きな話し合いの場は閉ざされ、両社は決裂から対決のステージに立った。

 この会談決裂から2日後の11日。浜松にいる修に、VWから一通の書簡が届いた。フィアットからのディーゼルエンジン技術導入は提携契約違反であり、一定期間内に是正せよとの通告であった。VWからの、事実上の宣戦布告である。

中西孝樹 著『オサムイズム "小さな巨人"スズキの経営』(日本経済新聞出版社2015年)「第1章 岐路に立つスズキ」から

中西 孝樹(なかにし たかき)

(株)ナカニシ自動車産業リサーチ代表。1986オレゴン大学卒。山一證券メリルリンチ日本証券などを経て、2006年からJPモルガン証券東京支店株式調査部長、2009年からアライアンス・バーンスタインのグロース株式調査部長に就任。2011年にアジアパシフィックの自動車調査統括責任者としてメリルリンチ日本証券に復帰。2013年に独立し、ナカニシ自動車産業リサーチを設立。1994年以来、一貫して自動車業界の調査を担当し、日経金融新聞・日経ヴェリタス人気アナリストランキング自動車・自動車部品部門、米国Institutional Investor誌自動車部門ともに2004年から2009年まで6年連続1位と不動の地位を保った。2011年にセルサイド(証券会社)復帰後、日経ヴェリタス人気アナリストランキング、Institutional Investor誌ともに自動車部門で2013年に第1位。著書に『トヨタVW 2020年の覇者をめざす最強企業』、日経文庫業界研究シリーズ『自動車』などがある。

http://bizgate.nikkei.co.jp/article/94934116.html

 

 

この続きは、

スズキの恐怖「VWによる敵対買収」 2016/01/14 http://bizgate.nikkei.co.jp/article/94985611_5.html」と「スズキの強運、宿敵の失脚を経てVWに逆転勝訴 2016/01/21 http://bizgate.nikkei.co.jp/article/94991512.html」を参照願いたいが、双方とも自分勝手に相手を利用することばかりに集中していたようだった。

(続く)