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続・次世代エコカー・本命は?(45)

「ミスター軽自動車」が
自らの進退を匂わせた瞬間

 それでも昨年暮れには、スズキトップとして思い入れが強い「アルト」の発表の席上、初代アルト投入時の軽自動車を巡る厳しい時代を感慨深げに振り返り、一方でRJCカーオブザイヤー特別賞として「日本の軽自動車」が選ばれたことをことのほか喜んでいた。こうした姿を見ると、「ミスター軽自動車」としての自らの立場に区切りを感じていたのかもしれない。

 その兆候が見えたのが、今年に入って決算発表の席上で出た、スズキ陣営における世代交代、若返り人事を強調する発言だった。「私が一番先に辞めればいいが、そうもいかない」――。これは、今回の俊宏氏への社長禅譲を匂わすものだった。

630日の夕刻、都内ホテルで新経営陣による会見に臨んだ鈴木家の父子鷹は、修会長CEO最高経営責任者俊宏新社長COO最高執行責任者という両輪経営によって、5年後の2020年に迫った創立100周年を迎え、次の100年へと向かう。

「新たな5ヵ年中期経営計画は、私が中心となって立案した。社員に働きかけ、意見を吸い上げていく」「仕事では父親という見方はしてこなかった。一経営者として着眼点や姿勢を学んだ。私は30年後に比較される経営者になりたい」

 会見でこう意気込みを語った鈴木俊宏新社長は、東京理科大大学院卒後にデンソーに入社し、米国デンソーの課長から1994にスズキ入り。磐田工場や商品企画、海外営業などの現場を通じてじっくりと帝王学を学び、2011から4副社長の1として経営陣に名を連ねた。今回、その「トロイカ体制」の中から満を持しての社長登板である。俊宏氏の人柄は、周囲への目配り、気配りを忘れない点で人望があるという。一方鈴木修会長も、56歳の俊宏社長世代を各部門の中枢に起用し、修ワンマン体制からの脱却を進めようとしている。

 とはいえ、「鈴木修」は今なお健在。当分「鶴の一声」ならぬ「修の一声」で、スズキの方向性が決まる状況は続きそうだ。俊宏新社長がおやじの背中を間近に見ながら、どのように「俊宏流」に切り替えていくか、スズキ陣営からも注目を集めている。

役員逮捕直後で豊田章男社長に
緊急会見を促した「過去の教訓」

 一方、創業家をトップに戴く自動車メーカーのもう一方の雄・トヨタには何が起きているのか。619日の夕刻トヨタ東京本社で開催された豊田章男社長の会見には、約200人の報道陣が集まった。

 それは、前日の618日、トヨタ米国人女性常務役員ジュリー・ハンプ氏麻薬取締法違反(輸入)の疑いで警視庁の捜査員に逮捕されたことを受けたものだった。ジュリー・ハンプ常務役員は、豊田章男体制のグローバル企業化、ダイバーシティ(多様な人材活用)促進の「目玉人事」として4月に就任したばかり。さらに、企業のスポークスマンである広報部門を管轄する立場にあった。「何でだ? そんなトヨタの役員がなぜ逮捕までいったのか?」と、世間の注目を一気に集めた。

 この大事件に際して、直ちにトップ会見という形を示したのが豊田章男社長。「世間を騒がせて申し訳ない」と会見でトップ自らが陳謝した。同会見には、豊田章男社長とハンプ常務役員の上司の早川茂取締役専務役員(広報・渉外本部長)も出席したが、「今後の捜査で法を犯す意図がなかったことが明らかになると信じている」「私にとって役員も従業員も子どものような存在。迷惑をかければ謝るのも親の責任」など、会見は章男社長の発言で終始した。

 役員の逮捕という異例の事態の翌日に経営トップが記者会見したことについて、「捜査の行方がまだ見えないのにトップが出てくる必要があるのか。早川専務だけで良かったのでは?」との見方もあったが、章男社長が社長就任直後に米国での品質問題で後手に回り、批判を招いた反省から、自ら会見を望んだようだ。

 ハンプ容疑者の勾留が延長される中で、容疑者自らトヨタ辞任届を提出71日、トヨタ630日付けで同常務役員の辞任を発表した。「世間をお騒がせし、多くの方に心配や迷惑をかけていることを勘案して辞任を受け入れる」とのコメントも発表した。

 経営を担う人材の多様化を目指して、この4月から女性外国人を初の副社長に登用し、広報担当を任せた章男社長体制の人事は、注目を浴びた。米GM、米ペプシコで広報トップを務め、2012年から北米トヨタに転じて同社の広報部門を統括し、トヨタ本体の役員に抜擢された広報の専門家というのが、ハンプ氏のキャリアだった。

「身体検査をちゃんとしなかったのか」「そもそも本社広報役員が日本語を話せないようでは……」との声も上がったように、ハンプ氏が広報専門家の本領を発揮する間もなく退任したことは、トヨタにとって誤算となった。

 不幸中の幸いと言えば、警察サイドが同氏の逮捕を616日のトヨタ株主総会の後にしたこと。総会前の逮捕だったら、株主総会自体が大変なことになっただろう。

グローバル化推進の矢先に
突き付けられた試練と教訓

 前期、リーマンショック前の利益を超える27000億円の営業利益を確保したトヨタは、外国人副社長を含む新副社長体制を構築し、デンソーなどグループ企業との役員交流を強めるなど、経営を担う人材の多様化を前面に打ち出す姿勢を明確にしたばかり。まさに「好事魔多し」であり、豊田章男体制が「真のグローバル企業」を目指す上で、今回の事件は試練と勉強になったと言えよう。

豊田章男氏がトヨタ社長に就任したのが20096。「豊田家への大政奉還」と言われ、トヨタの創業家の嫡流がトップに返り咲いたことで話題を呼んだ。豊田家は、スズキと同じく豊田自動織機製作所豊田佐吉翁を創業者に持つ。自動車製造業へと転身したトヨタ自動車の創立者、豊田喜一郎氏を祖父に、トヨタの自工・自販を合併してトップに立った豊田章一郎氏を父に持つ「プリンス」と言われたのが、豊田章男氏である。

 しかし、豊田章男体制の船出は大嵐に向かう大変厳しいものだった。1990年代末から2000年初頭にかけての自動車世界大再編の渦の中で、トヨタは本体とグループ企業で危機感を共有し、強めることで経営を一体化させ、トヨタグループとしての力を強めた。豊田章一郎氏の後を受けた豊田達男氏がトップ就任直後に倒れた後、プロパー出身の奥田、張、渡辺の3が社長を務め、グローバルで拡大路線を進めた。そのひずみがリーマンショックで顕在化し、品質問題へのバッシングが強まるなかで、豊田章男体制はスタートした。

 米国公聴会での豊田章男の涙は、テレビ画面にも映し出された。リーマン直後の赤字転落、リコール問題対応などを振り返り、「嵐の中の船出だった。でもそれがいい経験になった」と章男社長は述懐する。

豊田章男体制は、2009年のスタートから6年が経過した。この間、「もっといいクルマをつくろうよ」とのかけ声の下、創業家トップの求心力により、グループを含めたトヨタの結束力はより強まった。章男社長も自信を強めてきたようだ。日本自動車工業会会長も務め、業界活動でも自らの声を積極的に発信してきた。

 豊田家と言えば、章男氏の父である豊田章一郎氏や「トヨタ中興の祖」と言われた豊田英二氏など、どちらかと言うと寡黙なタイプが目立つ。筆者は現役の新聞記者時代、豊田英二氏、豊田章一郎氏のインタビューや自工会会長会見などを多く経験しているが、豊田英二氏の会見は「禅問答」のようだった。

 それと比較すると、豊田章男氏の会見は立て板に水を流すようで、豊田英二氏や父の章一郎氏といささかタイプが違う。章男社長には、「GAZOO」(ガズー)を担当している取締役時代にインタビューしたことがある。

 そのとき彼は、「ガズー事業はIT戦略だということで生まれたわけでなく、しょせんは三河の鍛冶屋が始めたものですよ、と言うことにしているんです」と言って笑わせてくれた。「三河の鍛冶屋がお客様にどうすれば喜んでいただけるか、感動していただけるか、楽しんでいただけるかを知るためのアンテナがガズーの使命なんです」とも。

 その語り口は今も変わらない。だが最近では、「独裁化しつつあるのでは」「豊田家の御曹司に周りが気を遣い過ぎているのでは」との声も聞こえる。大トヨタのトップとして自信を深める豊田章男社長が、「意思ある踊り場」にあって、今回の事件の教訓を今後にどう生かしていくか、注目だ。

二大創業家の転機を象徴する
かのような緊急会見の意味

トヨタとスズキ――。日本の自動車メーカーにあって創業家がトップを務める両社は、企業の生い立ちも似ている。豊田章一郎氏と鈴木修氏は、共に同じ時代を乗り越えてきた。

 時が流れて、59豊田章男56鈴木俊宏氏と、現在の両社の社長は再び同世代となった。豊田章男体制は7年目を迎え、「意思ある踊り場」から次のステップへと向かう。一方の鈴木俊宏体制は、2020年の創立100周年という大きな区切りに向けて、新社長自らが中心となって策定した5ヵ年中期経営計画「スズキ・ネクスト100」を推進する過程で、いかに「俊宏カラー」を打ち出していくかが注目されている。

 期せずして相次いだ「二大創業家」企業の緊急会見は、新しい時代に突入したトヨタ、スズキ両社の転機を象徴しているようにも見える。

http://diamond.jp/articles/-/74329

 

米国人女性常務役員ジュリー・ハンプ氏については別途触れることにして、スズキとトヨタの関係に少し言及しよう。

(続く)