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続・次世代エコカー・本命は?(55)

日産の調査で発覚

 今回の事件はなぜ発覚したのか。きっかけは日産による燃費性能の調査だった。現行の三菱のeKシリーズと、日産のデイズシリーズは、三菱自動車が開発を担当していたが、次期モデルについては日産が担当することになった。参考のため日産が現行車種の燃費を測定したところ、カタログ値との乖離が大きいため、三菱は試験で設定した走行抵抗値について確認を求められたという。これを受け、三菱が社内調査をしたところ、実際よりも燃費に有利な走行抵抗値を使用していた不正が発覚した。

 ここで少し「走行抵抗値」やら「惰行法」といった専門用語について説明が必要だろう。この部分が、記者発表でも報道関係者から多く質問があったところだ。以前、フォルクスワーゲンVW)の不正についてこのコラムの号外や第37回で取り上げたように、クルマの燃費や排ガスを国土交通省で測定する際には、実際にクルマを路上で走らせるのではなく、試験室内でシャシーダイナモと呼ばれる台上試験機にクルマを載せ、この試験機上で模擬的にクルマを走らせて測定する。

 シャシーダイナモでは、クルマは大きなローラーの上に載せられ、クルマの駆動力はこのローラーを回すのに使われる。ところが、このローラーが空回りしてしまっては、車両の走行状態を模擬していることにはならない。というのは、走っているクルマは大きく分けて「慣性抵抗」と「走行抵抗」という抵抗を受けているからだ。このうち慣性抵抗は、質量のある物体を加速するときに受ける抵抗で、これはほとんど摩擦のない宇宙空間でロケットを加速する場合にも生じる抵抗である。

 そしてもう一つの抵抗である走行抵抗だが、これはさらに「ころがり抵抗」と「空気抵抗」の二つに分かれる。転がり抵抗は、タイヤと路面の間で生じる抵抗で、この抵抗値は速度にかかわらず一定である。ところがもう一つの空気抵抗はクルマの速度の二乗に比例して増加する。例えば時速10km100kmでは、速度は10倍だが、空気抵抗は100倍に増加するということになる。このため、走行抵抗は、低速域では転がり抵抗が支配的だが、高速で走っているときには空気抵抗が主な抵抗になる。

走行抵抗は大きく分けて、速度が上がっても一定の転がり抵抗と、速度の二乗で増加する空気抵抗がある

 シャシーダイナモ上で燃費や排ガスを測定するクルマにも、この「慣性抵抗」と「走行抵抗」を与えてやらなければ、車両が走行している状態を模擬することにはならない。そこでシャシーダイナモでは、ローラーの回転に抵抗を与えてタイヤが回転しにくくなるようにして、慣性抵抗や走行抵抗を模擬するようにしている。慣性抵抗は車両の重さから単純に決まるが、走行抵抗は車両のタイヤの銘柄や車体形状などで大きく異なるため、実際に車両を走らせて各速度ごとの走行抵抗を測定し、この測定値をシャシーダイナモに入力して、ローラーを回転させる抵抗として再現させるようにする。

測定データの都合の良い部分を採用

 説明が長くなったが、このシャシーダイナモに入力する走行抵抗の測定値を、実際よりも低くしていたというのが、今回の不正の内容だ。抵抗を少なくすれば、当然燃費は良くなる。走行抵抗は、車両を実際に何度も走らせて測定するのだが、実験なのだから測定データにはばらつきが出る。そのばらつきの中で、本来なら平均的な値を採らなければならないのだが、今回の不正では、データの範囲内で低い部分のデータを測定値としていたという。

不正の内容。今回は走行抵抗のデータのうち、平均的なところではなく、低い領域のデータを採っていた(図はイメージで実際のデータとは異なる)

 また、先ほど出てきた「惰行法」とか「高速惰行法」というのは、走行抵抗の測定方法の名称だ。日本や欧州で使われているのが惰行法で、クルマを時速90km±5kmまで加速し、そこからギアをニュートラルに入れて惰性で走行し、速度が時速10km落ちるごとに、落ちるのにかかる時間を計測してクルマの走行抵抗を求める。風向きによってクルマの走行抵抗は大きく異なるから、同じコースを往復し、それを3回以上繰り返すことになっている。

 これに対して、主に米国で採用されている高速惰行法は、10km刻みではなく、高い速度に加速してギアをニュートラルにしたら、そこから低い速度まで一気に減速して、それにかかる時間を測定する手法だ。

見劣りする研究開発費

 ここまでで、三菱が今回「何をしたか」についてはご理解いただけたと思うのだが、やはりVWの事件と同様に、一番知りたいのは「何故」このような事件が起こったかということだ。もちろん、当の三菱自動車自身が「有識者による調査委員会を立ち上げ、そこで徹底的に究明したい」と言っているのだからその結果を待つしかないのだが、筆者は技術開発での遅れがこうした不正を招いたのではないかと考えている。それは単なるイメージではなく、数字を追っていけば、自然に出てくる結論である。

 まず、技術開発で最もベースとなる研究開発費を完成車メーカーごとに比較(2014年度の実績)すると、約1兆円のトヨタ6000億円超のホンダ、5000億円を超える日産は別格として、三菱の研究開発費は746億円と、スズキの1259億円、マツダ1084億円、富士重工業835億円も下回っている。乗用車メーカーで三菱を下回るのは465億円のダイハツ工業だけだ。

日本の乗用車メーカーの研究開発費の比較2014年度)

 もっとも、スズキの世界生産台数が約300万台と、三菱の2.5倍以上あるのだから、研究開発費で上回るのはある意味当然といえる。そこで、この中で軽自動車メーカー4社だけを取り出し、さらにこの研究開発費のうち軽自動車に振り向けられるのはどの程度なのかを考えてみる。そこで、非常に粗い計算になるが、それぞれのメーカーの世界生産台数に占める軽自動車の比率が、そのまま研究開発費に充てられる比率だと考えてみると、それぞれのメーカーの軽自動車にかけられる研究開発費用は下のようになる(ホンダの場合は4輪事業の売上比率をまず考え、その中で、さらに軽自動車の生産台数比率を勘案して算出した)。

軽自動車にかけられる研究開発余力。各社の軽自動車の生産台数比率を研究開発費にかけて算出した

 すると、非常に大雑把にいって、ホンダの約400億円、スズキとダイハツの約300億円に対して、三菱自動車180億円となった。しかも実際には、この比率以上に三菱の研究開発費用は見劣りすると考えられる。なぜなら、スズキやダイハツの数字は、世界生産台数から、純粋に国内で生産する軽自動車の比率だけを出して、上の数字を算出したが、実際にはスズキもダイハツも、海外で生産している車種の多くが軽自動車の技術をベースとしており、世界生産台数に占める実質的な軽自動車の比率は、もっと高いと考えられるからだ。

 それに対して三菱は、規模が小さいメーカーであるにもかかわらず、ピックアップトラックや中型SUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)、小型セダンなど幅広い車種を展開しており、研究開発費用はそれぞれに薄く広く配分せざるを得ない。こう考えてくると、三菱が軽自動車に割ける研究開発費用は、実質的には競合他社の半分程度しかないかもしれない。「カネ」という実弾がなければ、いかに士気の高い軍隊といえども、勝負に勝つのは難しい。

No.1の座をすぐに奪回される現実

 それが如実に表れるのが、今回問題になった「燃費」である。燃費はある意味、企業の総合力が問われる指標である。エンジン技術だけでなく、変速機、車体設計、シャシー設計など、クルマのあらゆる部分が関連するからだ。今回問題になった三菱のeKワゴンの現行車種は、日産自動車が初めて企画から参加して開発された戦略車種であり、20136に発売したときのJC08モード燃費29.2km/Lは、ハイトワゴンと呼ばれる背の高い軽ワゴン市場でNo.1の数値を誇った。逆にいえば、No.1を取れる開発目標を掲げ、これを達成することは至上命題であっただろう。

 ところがそのわずか1カ月後、No.1の称号は30.0km/Lを実現したスズキのワゴンRに奪取されてしまう。この数値にeKワゴンが追いついたのは、ようやくその1年後の20147のことだった。ところがまたもやその1カ月後に、ワゴンRは「S-エネチャージ」と呼ぶ簡易型のハイブリッドシステムを搭載することで32.4km/Lというという高い値を実現、さらに20158月の部分改良ではこれを33.0km/Lまで延ばしてekワゴンを突き放す。ekワゴンがエンジンの改良で30.4km/Lにまで向上させたのはようやく201510のことである。

 もちろん競合車種はスズキだけではない。ダイハツの競合車種である「ムーヴ」も、スズキのようなハイブリッドシステムなしに、31.0km/Lというekワゴンを上回る燃費を実現している。競合他社が急速に燃費を向上させていく中で、三菱の開発陣が、せめて競合他社に見劣りしない燃費の数値を実現するために、データの改ざんに手を染めたと考えることは想像に難くない。冒頭で「やり切れない」と書いたのは、そうした状況に追い込まれていったエンジニアたちの心境を考えたからだ。もちろん不正はあってはならない。それははっきりしている。しかし「カネ」も、そして恐らく「ヒト」も足りない状況の中で、競合他社と戦うことをエンジニアに強いた経営にこそ、最も重い責任が問われるべきだ。

 前回のこのコラムでも触れたことだが、富士重工業2008、苦渋の決断の末に、当時国内販売台数で約2/3を占めていた軽自動車事業からの撤退し、プラットフォームの種類を絞り込み、米国市場にフォーカスするという「選択と集中」によって、今日の健全な企業体質を作り上げることに成功した。今回の事件が示しているのは、もはや三菱自動車が現在の事業構造を維持するのは不可能だということだ。富士重工が軽自動車事業から撤退したのに匹敵する大胆な事業再構築が、待ったなしの状況になったといえるだろう。

クルマのうんテク

2013年に、トヨタ自動車グループの世界生産台数が、世界の自動車メーカーで初めて1000万台を超えるなど、日本を代表する製造業である自動車産業。その一方で、国内市場では軽自動車がシェアの約4割に達し、若者のクルマ離れが話題になるなど、クルマという商品がコモディティ化し、消費者の関心が薄れていると指摘されている。しかし、燃費向上競争の激化や安全性向上ニーズの高まり、さらには今後の自動運転技術の実用化に向けて、外からは見えにくいクルマの内部では大きな変化が起こっている。このコラムでは、クルマのテクノロジーに関する薀蓄(うんちく)を「うんテク」と命名し、自動車エンジニアの見えざる戦いの一端を紹介したい。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/264450/042100029/?P=1

 

 

三菱の技術者が不正を行わざるを得なかった訳は、結局、三菱自動車がそれなりの研究開発投資を行うに足る資金が不足していた、と言う事のようだ。

(続く)