続・次世代エコカー・本命は?(79)

暴力的な加速力

 ではさっそくクルマに乗り込んで、実際に自動運転機能を体験してみよう。が、その前にモデルSというのがどんなクルマか、ざっと紹介しておく。ご存知の読者も多いと思うが、テスラ・モーターズは、シリコンバレーの実業家であるイーロン・マスク2003に立ち上げたEVベンチャーで、モデルSは、2008年に発売した2人乗りEVスポーツカー「ロードスター」に次ぐ同社で2番目のEVで、200820126に発売した。国内では2013年に発売された。

 モデルSは、リチウムイオン電池パックを床下に敷き詰めたような構造をしており、リアに搭載したモーターで後輪を駆動する。フロントにモーターを追加し、4輪駆動とした仕様もある。また搭載する電池量も2種類用意しており、大容量電池を搭載した2輪駆動仕様の「モデルS 85」の航続距離は、欧州の測定サイクルである「NEDC」の場合で502kmと発表されている。今回試乗したのは、大容量電池と4輪駆動を装備し、さらに後輪のモーターの出力を通常仕様の193kWから375kWに向上させた高出力グレード「P85D」だ。航続距離は491kmNEDC)となる。価格は1369万円(消費税込み)だ。

 さてこのクルマ、普通のクルマとはいろいろと「お作法」が違う。まず、通常の状態だと、ドアハンドルが車体の中に引っ込んでいて、いったいどうやってドアを開けたらいいか分からない。もしキーを持っていれば、クルマに近づくだけで自動的にドアハンドルがせり出してくるのだが、もし持っていなければ、ちょっと押してやれば、中からするするとドアハンドルが出てくる。そもそもキーには、通常のリモコンのようにドアオープン、クローズのボタンがなく、キーを持ったままクルマに近づけば自動的にロックが解除され、クルマから離れれば自動的にロックされるのだ。

普段はドアハンドルが収納されている(左)が、キーを持ってクルマに近づくと、自動的にせり出してくる(右)

[画像のクリックで拡大表示] ModelSドアハンドルp3

 ドライバーズシートに身体を沈めると、次に普通のクルマと違うのが、エンジンのスタートボタンがないことだ。もはや現代のクルマで、キーを差し込む穴がない(そもそも、キーといっているがカギの形はしていない)ことには驚かないが、スタートボタンがないと、さすがに戸惑う。じつは、ブレーキペダルを踏むだけで、システムが「ON」の状態になるのだ。この状態で、ステアリングの右側に生えている「シフトレバー」を操作して「D」レンジにすると、もうクルマは走り出せる状態になる。ここでも、パーキングブレーキを解除して…などといった操作はいらない。

 走りだしてしまえば、あとは通常のクルマとそれほど違うことはない。前後の合計で、568kWものモーターを積んでいるだけに、ひとたびアクセルペダルを踏み込めば、その加速は暴力的といってもいいほどだ。しかも、じつはこのクルマには「インセイン」という高出力モードがあり、こちらにすればさらに鋭い加速力が得られるのだが、そのレベルは、もはや日本の公道では、その実力を確かめるのがためらわれるほどだ。

これまでと何が違うのか

 それでは早速、自動運転機能を試してみよう。これまでにも、今回のモデルSに近い運転支援機能を搭載しているクルマはあった。例えば、このコラムの第6回で取り上げた富士重工業の「レヴォーグ」や、第41回で取り上げた独BMWの「7シリーズ」でも、アクセル、ブレーキの操作なしに高速道路で一定の速度を保ち、先行車に近づくと自動的に一定の車間距離を保つ「アダプティブ・クルーズ・コントロールACC)」や、車線の中央を保つようにステアリング操作を補助する機能などを備え、高速道路での自動運転に近い機能を実現していた。こうした従来の運転支援機能と、今回モデルSが搭載している自動運転機能とでは、どんな違いがあるのだろうか。

 まず大きく違うのが、ステアリングの自動操作機能である。従来のクルマに積まれていたステアリングの補助機能は、ドライバーがステアリングから手を離すと、すぐにメーターに警告が表示され、それでもステアリングを握らないと、手を離してから15秒程度でステアリング操作の補助機能が解除されてしまっていた。これに対して、モデルSの場合には、ステアリングから手を離しても、ステアリングの操作機能は解除されない。ステアリングから手を離していると、警告表示は出るのだが、機能の解除には至らないのである。

 では、いつまで経っても解除されないのか? テスラはそれについてコメントしていないし、筆者も試していないが、海外でのモデルSの試乗記では、相当長時間にわたって手放し運転したという例も報告されている。もちろん、危険な状況になったら人間がステアリングを握らなければならないが、そうでなければ、相当長時間にわたって手放し運転が可能な設定になっているようだ。

 もう1つ、このステアリングの自動操作機能で筆者が驚かされたのが、動作範囲の広さである。例えば従来のステアリング操作の補助機能は、高速道路の本線では機能しても、料金所から本線にアプローチするかなり急なカーブなどでは動作しなかった。ステアリングの操作量の多い状況では動作しないようになっていたのだ。これに対してモデルSでは、かなり急なカーブでも、システムが車線を認識してさえいれば、自動でステアリングを操作してくれる。

 「オートレーンチェンジ」も、これまで他社では実用化されていない機能だ。今回モデルSに搭載された機能は、自動運転機能が作動しているときにウインカーレバーを操作すると、右、または左にクルマが自動的にステアリングを操作して車線変更するというものだ。先に触れたようにこの機能を超音波センサーだけで実現しているのも注目ポイントである。

 他社のクルマでも、車線変更時に後ろからクルマが近づいていると警告を出す「後側方車両接近警報」(メーカーによって呼び方が異なる)という機能が実用化されているが、これはクルマの斜め後方から接近してくるクルマをミリ波レーダーによって捉える仕組みだ。検知距離が数十m以上と長いミリ波レーダーに比べて、超音波センサーは検知距離が5m程度までと短いため、後ろから高速で近づいてくるクルマを捉えるには、性能的に不十分だと考えられてきた。にもかかわらずモデルSでは超音波センサーだけで自動車線変更の機能を実現したから「注目ポイント」なのである。

 もっとも、ここにはからくりがある。今回モデルSに搭載されたシステムは、ウインカーレバーの操作を必要としている。ということは、人間の意思で車線変更をするということであり、人間が周囲の安全を確認したうえで車線変更の意思表示をした、ということが前提になっているのだ。つまり、一次的な安全確認の義務は人間にある。そのうえで、もし移ろうとした車線に別のクルマがいることを超音波センサーで検知したら、そのときには車線変更は実行されない。今後、人間の操作なしに車線変更する機能が実用化される場合には、超音波センサーよりも遠くの物体を検知できるセンサーが必要になるだろう。

停止からの再発進も自動で

 ステアリング操作以外の、これまでの自動運転機能との大きな違いは、停止からの再発進で、人間の操作がいらないことだ。他社のシステムでも、先行車が停止すると、自分の車両も自動ブレーキにより停止する機能はあったが、ここからの再発進は、ボタン操作などが必要だった。これも、ドライバーが過度にシステムに依存してしまい、前方を確認しなくなってしまうのを防ぐ配慮だった。これに対してモデルSは、自動停止はもちろん、先行車両が発進すれば、自動的に発進する。特に渋滞中などは、再発進時のボタン操作が度重なって煩わしく感じられるだけに、非常に実用的な改善といえるだろう。

 最後に、注目の自動駐車機能に触れておこう。今回は自分では操作せず、広報担当者が縦列駐車を実演したのを助手席で体験しただけだが、その限りでは非常に上手に実行したという印象だ。現在でも、他社では駐車アシスト機能が実用化されているが、これはステアリング操作だけが自動化されていて、アクセル、ブレーキ操作はドライバーがしなければならない。これに対して、テスラのシステムは、アクセル、ブレーキ操作まで含めてすべてを自動で実行してくれる。縦列駐車は苦手というドライバーも多いだろうから、これだけでも欲しいというドライバーは多いかもしれない。

 現在は国連の規則で、時速10km/h以上での自動操舵機能は世界的に禁止されている。自動駐車機能は時速10km/h以下なので操舵の自動化は問題ないが、公道走行で、手放し運転が禁止されているのはこのためだ。ただ、この規則は改正の動きが進んでおり、2017年中に、手放し運転が可能になるとの観測もある。そうなれば、今モデルSを購入する人も、大手をふって手放し運転ができるようになるだろう。

 一方で、現在の法規では、たとえ運転操作が自動化されても、依然として安全確保の責任はドライバーにある。にもかかわらず、日本よりも一足早く自動運転機能が搭載された米国では、ドライバー席に人間が座らずに、自動運転の様子を撮影したような動画も「YouTube」に投稿されている。これに危機感を抱いたテスラは、最新のソフトウエアアップデートで、住宅街の通りや中央分離帯のない道路では自動運転機能が利用できないようにした。

本当に必要な高齢ドライバーでは使いにくい?

 今回の自動運転機能を体験して筆者が強く感じたのは、1つの大きな矛盾だ。自動運転機能に対して最もニーズが高いのは、注意力や反射神経が低下している高齢のドライバーだろう。そして既に現在の技術レベルでも、自動運転機能はかなりのことを実現できる。一方で、その操作方法はまだ高齢のドライバーには難しく、機能の限界を十分に理解して使いこなすのは相当にハードルが高いだろうとも感じた。高齢ドライバーにも使いやすい、やさしい自動運転機能のニーズは高い。

 もう1つ感じたのは、自らが明日を切り開くのだ、というテスラという企業の強い意思だ。今回テスラが商品化した機能は、恐らく国内の完成車メーカーでも実現可能だろう。しかし日本の企業がいざ商品化しようとしても、「事故が起こったらどうするんだ」とか「ドライバーが手放し運転したらどうするんだ」という議論で、結局は先送りになってしまいそうだ。

 そうした中で、実用化で先行したテスラは、実際の消費者にどのような使われ方をするかというテストコースでは手に入らないデータを収集することができる。大企業には真似のしにくい高いリスクを取りながら、確実に技術の完成度を高めていくこの戦略は、まさにベンチャー企業の戦い方だと感じた。

このコラムについて

クルマのうんテク

2013年に、トヨタ自動車グループの世界生産台数が、世界の自動車メーカーで初めて1000万台を超えるなど、日本を代表する製造業である自動車産業。その一方で、国内市場では軽自動車がシェアの約4割に達し、若者のクルマ離れが話題になるなど、クルマという商品がコモディティ化し、消費者の関心が薄れていると指摘されている。しかし、燃費向上競争の激化や安全性向上ニーズの高まり、さらには今後の自動運転技術の実用化に向けて、外からは見えにくいクルマの内部では大きな変化が起こっている。このコラムでは、クルマのテクノロジーに関する薀蓄(うんちく)を「うんテク」と命名し、自動車エンジニアの見えざる戦いの一端を紹介したい。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/264450/013100020/?P=3

(続く)