このように外部のジャーナリスト達も、トヨタが変わったと言う印象を持っているようだ。ここでジャーナリスト達と複数で表現したが、次のインタビュー記事も読むとよい。ここでもトヨタは変わった、と言ったことを言っている。
豊田章男社長「命を賭けてクルマに乗っている」
フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える
第347回 トヨタ・豊田章男社長スーパーインタビュー (その1)
2016年9月5日(月)
フェルディナント・ヤマグチ
みなさまごきげんよう。
フェルディナント・ヤマグチでございます。
先週の記事で既報の通り、トヨタ・豊田章男社長スーパーインタビューが遂に実現いたしました。
ご尽力、またご協力頂いた関係各位に深く感謝いたします。ありがとうございました。
いつもであればここからヨタに入るところなのですが、頭の固い編集担当者から「読者の皆さんが心待ちにしていたトヨタの社長インタビューです。今回はヨタは勘弁してくださいよ」と泣きつかれ…。ということで、全国1億2000万人のヨタファンの皆さんには大変申し訳ありませんが、早速インタビュー記事に突入いたします。
豊田章男氏が目の前に座っている。
連結売上高28兆4000億円の巨大企業の社長が。
経常利益が3兆円に迫らんとする“あの”トヨタのトップが。
年間1000万台以上も販売する、名実ともに“世界一”の自動車会社の総帥が。
静かに微笑み、私の目の前に座っている。
プリウスPHEVの試乗会に予告なし登板で突然現れた豊田社長。偶然近くにいた人間に声がかかり、緊急の囲み取材が行われた。
ここで逢うたが百年目。この機を逃したら次はいつお目に掛かれるかも分からない。短い囲み取材の後、私はシツコク広報担当者に食い下がり、単独インタビューに成功したのである。
広報部メディアリレーション室長の藤井英樹さんから、「社長。こちらが“あの”フェルディナントさんです」と紹介される。
“あの”って何スか藤井さん。
一瞬の間が有り、「ああ、あなたが“あの”フェルディナントさん(笑)」と豊田社長が返す。
何で“あの”で通るんスか豊田社長。
とはいえ「フェルディナント・ヤマグチ」の名前は天下の大社長にも認識して頂いているようだ。ありがたや。早速お話を伺おう。
先にも述べたが、単独インタビューは囲み取材の後に、やや強行突破気味に行われた。
本来であれば時系列に沿って囲みの話から書くべきなのだろうが、質問者が複数であったため、どうしても話の内容は薄くなってしまう。
貴重な豊田章男社長のインタビューだ。読者諸兄にはコッテリ濃い部分からご堪能頂こう。ショートケーキのイチゴは最初から食べたほうが美味しいのだ。
「『あいつはいったい何をやってるんだ』って」
「レースへの参加に対しては、はじめは批判の声ばかりでした。社内からも社外からも」
F:お忙しいところ本当に申し訳ございません。時間が限られているので、単刀直入に伺います。
取材を通して感じているのですが、ここ数年でトヨタは大きく変わったという印象を受けています。86の多田さんもそうですし、MIRAIの田中さんも、こちらにいらっしゃるプリウスの豊島さんもそう。みなさん良い意味でハジケていらっしゃるし、全体的に風通しが良い。広報の方も以前よりずっと自由にやっている感じがします。
これがいつ頃からかと振り返ってみると、豊田さんが社長に就任されてからのことなのです。大型タンカーの様に巨大なトヨタが方向転換を図るのは容易なことでは無いと思います。どのようにして変えてこられたのでしょうか。どのように舵を切られたのか、具体的に教えて下さい。
豊田社長(以下、豊):この短い時間で、厳しい質問ですね(笑)。ひとつはまず、私自身が「命を賭けてクルマに乗っている」ということでしょうね。
F:それは、レース活動に積極的に参加されている、という意味で。
豊:ええ。レースに参加しているという意味で。私はもともと文系の学部を卒業しているので、エンジニアではありません。エンジニアと話すためには、何らかの“ツール”が必要であると考えました。ツールが欲しかったから、徹底的にドライビングスキルを磨いて、ニュルブルクリンク24時間レースなどへも挑戦しました。
そうした活動も、はじめは批判の声ばかりでした。「あいつはいったい何をやってるんだ」って。
F:それは社内からの声ですか。
豊:両方です。会社の中からも外からも批判されました。しかしこれだけ大きな会社を短期間で、しかも確実にシフトチェンジするには、社員全員がクルマに興味を持って仕事をしてもらうようにするにはどうしたら良いか……。ただ利益を上げるためだけの会社ではなく、本当に良いクルマ作る会社にドンと変えるために私自身ができる方法は、これしか無かったと思います。
私自身がハンドルを握って身体を張って積極的に走っていく。自分自身が鋭敏なセンサーになる。そのセンサーを武器に、商品会議を進めてきた、ということがまず1つです。
F:社長自身がセンサーになる。なるほど。
“卓袱台返し”が始まった
「私の場合、『これは面白くないんじゃない?』と言って最後の段階でひっくり返してしまう」
豊:それともうひとつ。これは前に彼(同席しているプリウス開発責任者の豊島さん)とも話していたのですが、社長室の意味が変わってきた。これも大きいと思います。
F:社長室の意味。それは部署としての社長室ですか。
豊:部署としてではなく、本当の部屋としての意味。私がいる部屋の社長室です。その意味を変えてきました。
今までの社長室は、最終決裁の場だったんです。社長室に来るときには、もう既に物事が殆ど決まっていた。例えば何かの書類があるとします。上の方にはもういろんな人の印が押してある。そして最終の一番左に「豊田社長」と書いてある。そこに私が最後のハンコをポンと押したらゴーだったんです。
F:そこまで来て、社長のご判断で「俺は押さんぞ」なんてことは、もう殆どあり得ない状態だった。
豊:そうですね。そう思います。以前は「この人がハンコを押してるから大丈夫だな」、なんて感じで決裁していたとか、そんな話も聞いていました(笑)。
F:官僚化ですね。組織が大きくなると、どうしてもそのように官僚化してしまう。
豊:そう。ところが私の場合は、「これは面白くないんじゃない?」と言って最後の段階でひっくり返してしまう。それこそ商品化決定会議でもひっくり返してしまう。私が社長に就任してから、社長室での「ひっくり返し」が始まったんです。もちろんそれにより、社内で多少の混乱があったとは思いますが。
F:そりゃ大混乱でしょう。社長印を頂くためだけの最終会議の筈が、まさかの卓袱台返し。星一徹じゃあるまいし(笑)
豊:それはそうなんですが、社長室は最終決裁の場ではないだろうと。ただ決裁をもらいに来る場所ではなくて、社長と相談するための場所だろうと。
F:社長、ハンコをお願いしますではなく、社長、どうしましょうと。
豊:そう。どうしましょうと。例えばトヨタには労使懇談会というのがあります。今までは社長として話す内容の挨拶文という物が既に書かれていて、「はい、これでお願いします」という風に上がってきていた。自分の文章ではなく、人が書いた文章です。その了解を社長に取るという流れです。
ところが私が、「労使懇談会でそういうことを言いたいんじゃないよ」、とグズグズ言い出すようになった(笑)
F:グズグズ……(笑)
出た!労使懇談会。MIRAIのチーフエンジニア田中さんの組合時代の話もそうだったが、この会社の偉い人は、平気でこうしたセンシティブな話に踏み込んで行く。お話を伺う方がドキドキしてしまう。
(続く)