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日本近代化の流れ(30)

(7)

1907.6.29~7.1韓国皇帝の高宗はハーグの第2回万国平和会議に、3人の密使を送り露、米英独、蘭の代表に、この第二次日韓協約(日韓保護条約)の無効を訴えようとした。

当時の韓国はまだ国家として認められていなかったため、「外交権がない」と言う理由で面会も、会議への出席も当然拒まれている。これをハーグ密使事件と言う。

 

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この密使事件に懲りた日本政府は、1907.7.24第3次日韓協約を締結する。韓国は既に外交権は失っていたが、この第3次日韓協約では統監の監督権は、内政にまで及ぶこととなった。密使事件を起こしたために、韓国は内政までも譲ることになってしまったと言うこと。

 

この時の伊藤博文の言葉、「・・・韓国は自治を要する。しかも、日本の指導監督がなければ、健全な自治は遂げ難い。これが今回の新協約を結んだ所以(ゆえん)なのである。

 

このことは、韓国人の書いた「歴史再検証日韓併合韓民族を救った「日帝36年」の真実-」(崔基稿-のぎへんはカネヘンである。金と高の合体文字。チェケイホと読む。)にも、次のように記されている。

 

李朝は、讒言と嘘で血塗られた残酷史の連続であった。これは、今日、北朝鮮の金政権に引き継がれている。

 残念ながら、私は李朝五〇〇余年の「朝鮮王朝」と今日の「北朝鮮」は、住民を奴隷にした暴虐集団である点で共通していて、「国家」という概念には当たらないと考える。

 「小中華」の夢想の空間で腐蝕した朱子学を唯一無二の学問と仰ぎ、すべての科学・社会・宗教・芸術を虐待しつづけ、両班階級が住民を蛆虫のように扱った五〇〇余年間、人口は今日の北朝鮮と同様、搾取と飢餓によって減少し続けた。

 

 

更には現在テレビで韓国宮廷ドラマが放映されているが、華やかに描かれているがそれらはすべて偽りの虚偽のものであらゆることは全くの作り物で、「ねずきちの ひとりごと」に、『李氏朝鮮の時代』という項目があり、そこに上記と似た内容のことが記載されているので、是非ご一読願う。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-659.html

 

その一説を次に紹介する。ここにも貢女のことが記されていることに注意するとよい。

 

「・・・ところが、歴史を調べてみると、どうも様子が違う。

 

まず第一に、李氏朝鮮というのは清の属国だった。

第二に、ドラマで色とりどりに描かれるチマ・チョゴリは、白以外の着衣は一切認められていなかった
色や柄のついた衣服をまとえるのは、清の皇帝に献上される女性のみ。それ以外は、いっさい色のついた着衣を身にまとうことが禁じられていた。・・・

 

細部は当ブログ「日韓併合100年」(2010.8.9~2011.11.8)を参照されたい。

 

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韓国政府の財政顧問となった目賀田種太郎(めがたたねたろう)は、1907/3には韓国統監府財政監査長官となっている。そして出鱈目な李氏朝鮮の財政を、無から建設していったのである。

 

先ず第1に「皇室関係と一般行政関係」との金の流れを分けたことである。次の1つは「貨幣の整理」であり、もう1つは「租税、地租制度の確立」であった。

 

(10)

朝鮮半島は完全に日本の管理下に置かれることになったが、満州全域は清国に返還された形となっているが、日本がロシアから譲渡されたものは、

 

遼東半島の租借権 ・南満州鉄道(旅順と長春間)と付属の炭鉱採掘権 ・北緯50度以南の樺太 だけであり、

 

依然満州にはロシアに居座っている。露清密約である。これを知っていれば満州全土を租借できたのではなかったのかな。

 

言っておくが、1931.9.18柳条湖事件による満州事変で、日本の関東軍満州軍閥を押さえて満州全土を占領し、1932.3.1愛新覚羅溥儀清朝最後の皇帝)を元首として、中華民国から独立して満州国が建国されてから、本格的な5族協和の王道楽土の満州開拓が始まり平和が維持されたのである。

(続く)