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日本近代化の流れ(54)

このように日本の近代化の過程では、多くの日本人が特に支那人に虐殺されている事件が多発している。

 

例えば、

 

尼港事件

1920(T9)3月~5月 には、アムール川黒竜江)河口のニコラエフ(尼港)を占領中の日本守備隊(シベリア出兵中)と居留民700余名が、露・朝・支那からなる4千名の共産パルチザンに攻撃され、凌辱・暴行・虐殺されている。

 

南京事件1927年)

1927324日には、南京に入城した蒋介石の北伐軍が、日本居留地や領事館を襲い、領事夫人はじめ30数名の日本婦女子が凌辱され、数十名が虐殺された。

 

済南事件

1928(S3)53には、国民革命軍(蒋介石国民党の北伐軍)が済南城に入城してきたため、日本軍は南京事件1927年)の再発を恐れ軍隊を派遣し居留民を保護した。しかし蒋介石が「責任を持って治安を守るので、日本軍の防御施設を撤去してほしい」との申し入れがあり、日本軍はそれを信じてそれを撤去し撤退した。すると5/3に突然北伐軍が居留民を攻撃、日本人400人が凌辱・虐殺・暴行・略奪され、16人が惨殺された。その有様は言語を絶するものであり、婦女はすべて陰部に棒が挿入され、あるいは面部に斬撃を加え、滅多切りされていた。日本軍は国際連盟に覚書を提出し、北伐軍に多数の便衣兵がいたことを指摘している。彼らは多分共産党工作員であり、中国共産党政府は、この事件は日本軍が起こしたこととして、/3を「国恥記念日」としている。支那特有の虚偽宣伝である。日本は甘すぎる。この時の日本人の惨殺された写真を、南京大虐殺731部隊の被害者などと宣伝している。

 

さらなる詳細は、

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1879.html

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/nenpyo/1921-30/1928_sainan_jiken.html

http://brain.exblog.jp/2809948/

などを参照されるがよい。

 

そして1937(S12)729日の通州事件となるのである。

 

この南京事件1927年)、済南事件、通州事件は、中国国内で起こった日本人虐殺の代表的な3件である。

 

そして終戦となっても支那のこの態度は変わりません。なお一層激しくなっています。満州から引き揚げてこられる途中に、多くの日本人が命を落とされていますが、

 

通化事件

更には終戦の翌年1946(S21)23日~から、ソ連の侵攻などから命からがら逃げてきた日本人は、朝鮮との国境の満州通化市に集合しました。多くは老人や女・子供たちでしたが、そこへ中国八路軍(共産軍)と朝鮮人義勇軍が攻めてきて、多くの日本人が凌辱、暴行、虐殺、略奪されました。その数は3,000人以上、4,000人ともいわれています。そして残った男達はシベリアへ抑留されていったのでした。ロシア兵も輪をかけて鬼畜、悪党でした。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-758.html   ここに詳しく書かれています。

 

このほか2016.12.31の当ブログでも紹介したように、あちこちで多くの日本人が支那人たちによって、虐殺されています。我々日本人は、共産中国の虚偽宣伝に騙されてはいけません。中国のこの手の宣伝は、ほとんどが虚偽、偽装、大嘘だと思っていた方がよく、たいていはその反対のことが真実に近いのです。要は中国の白と言うのは、白でなくて黒なのです。現在の東シナ海に関するニュースでも、そのように判断しておいた方が、真実に近いのです。

 

はだしのゲン」の内容も、日本軍を中国軍に置き換えて読めば、それが正しい事実となるのです。

作者の中沢啓治は、あの世に行って、支那で命を落とされた多くの日本人に攻められて、地獄でのた打ち回っていることでしょう。彼の係累も極楽へ行くことはないと思われます。

 

 

ここでこの「通州事件」について、一つ言っておかなければならないことがあります。

 

先ずは次の記事をお読みください。

 

 

通州事件ユネスコ記憶遺産に申請へ つくる会「世界に知ってほしい」 中国人部隊の邦人200人殺害

2015.12.11 23:17

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の記憶遺産に中国の「南京大虐殺文書」が登録された問題で、「新しい歴史教科書をつくる会」(高池勝彦会長)は11日、2017年の記憶遺産登録を目指し、日中戦争の発端となった盧溝橋事件直後に200人以上の日本人が中国側に殺害された「通州事件」の資料をユネスコに申請すると発表した。

 通州事件1937729、北京東方の通州で日本人が中国人部隊に襲われた事件。申請する資料は、東京裁判に提出された証言や外務省の抗議声明などの公的文書のほか、当時の新聞の号外なども予定している。同会は「通州事件が忘れられている現状を意識的に変えなければならない。広く世界に知ってほしい」と訴えている。

 記憶遺産の登録審査は2年に1度行われ、申請できるのは12件まで。ユネスコの国内委員会はすでに2017年の登録候補2件を公募の上で選定しており、それぞれ申請者である自治体などが来年3月に申請書類を提出する。それ以外の民間団体や個人も制度上はユネスコの国内委員会を通さずに申請が可能なため、同会はユネスコに直接申請する文科省によると、つくる会の申請などで日本からの申請が3件以上となった場合、ユネスコから国内委員会に優先順位を付けるよう差し戻される。

http://www.sankei.com/life/news/151211/lif1512110039-n1.html

 

 

このその後の結果が、「正論」20168月号に、藤岡信勝拓殖大学客員教授)が「民族の受難 通州事件の研究」(第2回)として、報告されている。

(続く)