続続・次世代エコカー・本命は?(57)

航続距離は実用上ほとんど問題とされなくなってきた

 電気自動車は(1)車両価格が高いことと(2)航続距離が短いことが問題とされてきたが、テスラのモデル335000ドル(約390万円)である、米政府から7500ドル(約83万円)の所得税控除を受けることが出来れば、実質的な負担はもっと低くなる。レクサスのIS350(日本で約540万円)よりも格段に安い。

 テスラのモデル3は航続距離も346キロで、高価格のモデルS473キロ)に比べれば劣後するものの、運転する上でほとんど気にならないところまで改善されてきた。筆者の知人でも日本でテスラ車(モデルS)に乗っている人がいる。彼によると乗っていて航続距離を気にしたことはないという。ちなみに現在の日産リーフ1511月に改良が加えられ、航続距離はJC08モード(国土交通省審査値)で280キロとなっている(10年の発売当初は160キロだった)。

 なお日産が51%、日本電気NEC)グループが49%出資して設立されたオートモーティブエナジーサプライ(AESC)社は現在高エネルギー密度のリチウムイオン電池を開発中と報じられている。これは18年にも次世代リーフに搭載されると考えられており、その場合リーフの航続距離は420560キロになるとの予測もある。

トヨタもクレジットを購入する側に

カリフォルニア州の「排ガスゼロ車」(ZEV; Zero Emission Vehicle)規制では、17年秋以降に販売される「18年モデル」から規制が一段と厳しくなる。電気自動車と燃料電池車のみが「排ガスゼロ車」(ZEV)と認定され、プラグイン・ハイブリット車は「過渡的な(Transitional)排ガスゼロ車」(TZEV)と分類された。単なるハイブリット車はどちらの分類からも外れてしまっている。「18年モデル」ではGM、フォード、トヨタなどの大手メーカーは、最低でも2%のZEVと最大でも2.5%のTZEVを加えた台数が全販売量の4.5%以上であることが求められる。

 つまりプラグイン・ハイブリット車という過渡的なクッションが認められはしたが、自動車メーカーは電気自動車燃料電池のどちらかを一定比率販売することで規制をクリアすることが求められるようになる。規制をクリアできない場合は、罰金を払うか、クリアできたメーカーからクレジットを買う。ハイブリットに強いトヨタはこれまでクレジットの売り手とみなされてきたが、15年、公表ベースで初めて「買い手」に回ってしまった。 

トヨタやホンダが燃料電池車の開発を急いできたのも、こういった環境規制強化が見えてきたからに他ならない。

燃料電池車の利点と問題点

 さて、その燃料電池車だが電気自動車に比べ(1)航続距離が長い(MIRAIの場合、約650キロ)、(2)燃料となる水素の充填時間は3分程度と極めて短いといった利点をもつ。ただし次の3つの問題を抱えている。(1)車両価格が高い、(2)車の普及やインフラ整備に時間がかかる、(3)水素を生産するのに二酸化炭素が排出されることになるケースが多い。以下、順番に見ていこう。

まず車両価格だが、トヨタ燃料電池車「MIRAI」を1412に日本で発売開始、米国でも1510に販売し始めた。価格は日本で720万円、米国で58000ドル(約640万円)。米国の場合、連邦政府と州政府から合計13000ドル(カリフォルニア州の場合)ほどの補助が出るので実質的な価格は45000ドル(約500万円)となる。それでも電気自動車テスラのモデル3に比べればかなり割高となってしまう。

 第二に、燃料電池車は普及に時間がかかることが問題視される。水素供給インフラが十分整っていないこともあり、米国におけるトヨタMIRAIの購入希望者は1510月の発売開始時点で2000名強(当初はカリフォルニア州のみで発売)。発表後3週間で40万台近くの予約が殺到したテスラのモデル3のような勢いは、残念ながらまったくない。

トヨタとしては、MIRAIを「一台一台丁寧に造り込みながら慎重に立ち上げていくため」、日本では現在注文しても納期は今から3年後の19年以降になる。MIRAIの生産台数15年までの約1年間で約700台、16年は2000台程度、17年は3000台程度の見通しだ。

水素を生産するのに二酸化炭素が排出されることになるケースが多い
燃料電池車の3つ目の問題は、燃料電池車は水素を必要とするが、これ生産するのには二酸化炭素が排出されてしまうことが多いという点だ。燃料電池車の仕組みは、酸素と水素の化学反応で起きた電気でモーターを駆動させて走るというものだ。つまり水素が必要なのだ。

151021日、米フォーチュン誌は、ガソリンなどの化石燃料原子力、太陽光などの再生エネルギーと違って、「水素はエネルギー源ではなく、エネルギー貯蔵の一方式」に過ぎないと論じた。水素をいちばんクリーンに生産する方法は水を電気分解することだ。しかしこの方法に対しては、同誌はテスラのCEOイーロン・マスクによる痛烈な批判を紹介している。いわく、電力で直接モーターを回せば済むのに、わざわざその電力を使って水素を生産し、それでもって酸素と化学反応させるというのは「まったく馬鹿げている

 フォーチュン誌はさらに日本政府のロードマップは水素を海外から輸入することであると紹介し、近い将来の可能性としてオーストラリア産の石炭を使って水素を生産し、これを日本に持ってくることが検討されていると報じている。そして「これでは東京の空気の質向上には役立つかもしれないが、地球規模で見た場合の二酸化炭素削減にはほとんど役立たない」と辛辣なコメントを載せている。

 こうした批判に対する燃料電池車擁護派の見解は、「電気は貯蔵が難しい(放っておけば放電してしまう)。したがって、化石燃料原子力、再生エネルギーなど、一次エネルギーで水素を製造し、必要に応じて水素を電気に変えて使用する方法には利がある」というものだ。

重要な米国カリフォルニア州の動向

 近未来の自動車を占ううえで、これまで重要な市場とされてきたのは米国カリフォルニア州だ。同州の環境規制は世界でもっとも厳しく、他州や他国をリードしてきた。世界の自動車メーカーが投入する新製品は米国カリフォルニア州で認められることで、やがては世界中に広まっていくと考えられてきた。

 たとえば今から11年前の052月、カリフォルニア州ハリウッドで行われたアカデミー賞授賞式。俳優のレオナルド・ディカプリオが会場にトヨタプリウスで乗りつけた。これを機にハイブリット車が一気に注目を浴び人気化したのは多くの日本人にとっても記憶に新しいところだ。ところがそれから3年後の08年、ディカプリオはプリウスから、発売されたばかりのテスラ・ロードスターに乗り換え、このことが世界中に瞬く間に報じられた。

ZEV(排ガスゼロ車)市場を「電気自動車」燃料電池車」という構図で見た場合、テスラトヨタスタンスはあまりにも対照的だ。シリコンバレーの多くのIT企業は、たとえ赤字になろうとも一気に売り上げを拡大し、一刻も早く市場を押さえ、デファクトスタンダード(事実上の標準)を確立してしまおうとの行動様式を取ってきた。

 テスラがこうしたシリコンバレー的な発想でZEV(排ガスゼロ車)市場の覇者になろうとしているのに対して、トヨタは日本的なものづくりのスタンスでこれに対峙する。「一台一台丁寧に造り込みながら慎重に立ち上げていく」というのは、いかにもトヨタらしい良心的な対応で、安心感もある。しかし普及に時間がかかり過ぎるため、これから先、19年~20年の段階でZEV(排ガスゼロ車)市場の大勢が電気自動車で決着してしまうことが懸念される。

422日現在、日経平均PER(株価収益率)16倍あるのに対し、トヨタPER8倍しかない。トヨタ燃料電池車だけでなくて、電気自動車においても、もっと本腰を入れて開発すべきだ ーー 株式市場はそう督促しているように思える。

 いわさき・ひでとし●プライベート・エクイティ投資と経営コンサルティングを手掛けるインフィニティ代表。22年間の日本興業銀行勤務の後、JPモルガン、メリルリンチ、リーマンブラザーズの各投資銀行を経て現職。日経CNBCテレビでコメンテーターも務める。近著に『不透明な10年後を見据えて、それでも投資する人が手に入れるもの』(SBクリエイティブ刊)。

 

http://shikiho.jp/tk/news/articles/0/115419

 

 

ここでも、「トヨタは腰を据えてEVの開発に取り組まないと、ZEVでの競争に負けてしまう。」と警告されている。「テスラは何が何でも、186502170バッテリーでのEVで勝者になる」と息巻いているので、「トヨタFCVだけで大丈夫か」と忠告されているようにも見える。

 

しかもテスラのイーロン・マスクCEOは、燃料電池Fuel Cell のことを馬鹿電池Fool Cellと蔑(さげす)み、燃料電池なんぞは相手にしていない。

 

 

トヨタを嘲笑うテスラの強気 「水素社会など来ない」

2016/1/18 3:30
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 向かうところ敵なしのトヨタ自動車にかみついている相手がいる。電気自動車(EV)で急成長する米テスラ・モーターズ最高経営責任者(CEO)、イーロン・マスクだ。狂気をも感じさせるスピードと規模で事業を拡大するマスクはトヨタなどが提唱する水素社会」は来ないと断言する。

マスクがけんかを売るわけ


 「どうして自社以外の技術を攻撃して対立をあおる必要があるのか。水素社会はまだ始まったばかりで、判断は早計だ」――。昨年1113日、米サンフランシスコでトヨタ自動車が開催した燃料電池車「ミライ」の試乗会。登場した開発責任者の田中義和は困惑した表情を浮かべた。

 「フューエルセル(燃料電池)はフール(愚かな)セル」。「燃料電池はクソ」。「燃料電池は永遠のミライ技術

 マスクは昨年来、言葉を選ばず燃料電池車を激しく攻撃し続けている。価格が高く、エネルギー効率が悪いというのが主たる理由だ。トヨタ社長の豊田章男とマスクが米パロアルトで和やかに握手したのは、2010年5月のこと。トヨタがテスラに5000万ドル(当時約45億円)を出資し、新しいEVの共同開発を発表した。

 だがトヨタ2014一部株を売却。その後も目立った提携の進展はなく、テスラからトヨタの多目的スポーツ車(SUV)への蓄電池供給も終わり、両社の関係は冷めたものになっている。

 トヨタの田中は「我々はEVを否定しないし、様々なエネルギーが共存すればいい」と語る。ただ、米最大の人口を誇り、エコカーの最大市場のカリフォルニア州では、2017年モデルからトヨタの強みである従来型ハイブリッド車エコカーとしてみなされなくなる見通し。「ハイブリッドの次」となる次世代エコカーの拡販を急ぐ必要がある。

 マスクが作り出した「EV燃料電池」の議論の構図は、こうした絶妙のタイミングで仕掛けられた。影響力は大きい。識者やマスコミも同調し、米では燃料電池トヨタに対し悲観的な論調が目立つ。

 トヨタも流れを変えようとCMで一矢報いた。「クソ」とののしられたのを笑いに変え、農家の牛のフンからつくった水素を自動車の燃料にする「クソで動く燃料電池」という映像を作り話題を呼んだ。

テスラが自ら投資する充電ステーション。カリフォルニア州だけでも40近く設置されている

テスラが自ら投資する充電ステーション。カリフォルニア州だけでも40近く設置されている

 だが、水素ステーションの整備は進んでいない。あっても閑古鳥が鳴いているのは事実だ。カリフォルニア州の場合、最低でも水素ステーションは数十カ所は必要だが、現在、一般のドライバーが使えるものは確認できるもので6カ所しかない。可燃物の取り扱いなど、許認可手続きに時間がかかるのが一因だ。

 「我々はEV市場をつくるため、自分のカネで急速充電インフラを整備してきた」。テスラ渉外担当副社長のディアミッド・オコンネルは自動車大手を皮肉る。補助金を待つ時間を無駄と考えるテスラはカリフォルニア州だけでも40近い急速充電拠点を自ら設置してきた。


(続く)