続続・次世代エコカー・本命は?(58)

振り回されるパナソニック

 「テスラが使っているのはすでに量産効果が出つくした家電用の電池。これ以上のコストダウンの余地は小さいはずだが」。田中はテスラの世界最大の蓄電池工場への巨額投資にも首を傾げる。テスラはコスト面でのEVの優位性を決定的にする切り札としてパナソニックと総額50億ドル(約6千億円)もの巨費を投じる計画だ。

テスラが建設する「ギガファクトリー」のイメージ図

テスラが建設する「ギガファクトリー」のイメージ図

 世界最大のバッテリーメーカーを目指すテスラがネバダ州の山間のへき地に建設中の工場は東京ドーム約28個分。巨大過ぎて設計上、地球の丸みを計算にいれなければならないほどだ。広大な駐車場の端から工場まで歩けば小一時間かかることもありうる。

 「工場までの移動効率化のためにジェットコースターを入れたらどうだろうか……ループも途中に入れたほうがいいかな」

 工場の設計がヤマ場を迎えた昨年、マスクは社内会議でそうつぶやいたまま、しばらく自分の世界に没入してしまったという。常識を意に介さないことで知られるマスクは、奇想天外な発想を披露する一方で、工場の移動手段のような細かな問題も一つ一つゼロから考え直していくのだ。

 つきあわされるパナソニックにとっては困惑の連続だ。「大阪の本社の承認をもらうのに2、3週間かかっている間に、テスラ側が勝手に事業計画を全く違う形で進めている」。担当者は当初、決裁の取り直しに追われたという。

 最終決定していないパナソニックの投資額をマスクが先に投資家に公表したこともある。パナソニックからテスラに転じた蓄電池担当ディレクターのカート・ケルティパナソニック側が期待する対応と現実の調整に腐心している。「実際、イーロン(マスク)が両社で調整する前に発表したり、合意前に投資が進んでいたりもする。そういうことが起こりうるということを分かってもらう。ただ、パナソニックもテスラとのやりとりの中で変わってきた」と笑う。

テスラとパナソニックは世界最大の蓄電池工場を作ることで合意した

テスラとパナソニックは世界最大の蓄電池工場を作ることで合意した

 テスラに促され、パナソニックネバダに幹部を送り、現地で意思決定できる体制を整えた。パナソニック社長津賀一宏とマスクとのホットラインもできている。すべては、2017年に発売する普及価格帯の量産車「モデル3」蓄電池を独占供給したいとの思いからだ。

自前の電池開発も画策か

 だが、蓄電池の調達は、マスクと、ナンバー2CTO(最高技術責任者)であるジェービー・ストローベル専権事項だ。

 テスラの内部ではひそかにパナソニックとは別の独自の電池技術の開発が同時に進んでいる。テスラのある調達担当者はこう明かす。「韓国LG化学など、パナソニックと競合する有力企業の電池と、性能を比べる能力を持つためだ」。パナソニックにとって最悪のケースだが、不測の事態があればテスラ単独でも電池の生産に入れる準備をしている、という。

 昨年、CTOのストローベルが政府系機関のイベントなどで披露した予測が波紋を広げた。蓄電池の価格低下は、調査会社の楽観的なシナリオのさらに倍のスピードを見込んでいる。これを見たパナソニックの技術者ですら「本当に達成できるのか疑問に思った」と打ち明ける。だが、マスクは「コストダウンのめどはすでに立っている」と意に介さない。

 ある日本の素材メーカーは昨年、蓄電池の性能を数割上げる可能性があるという期待の新素材をテスラに提案に行った。だが、「性能が出る実際の電池の形にして持ってこい」と冷たく突き返されたという。担当者は「既に技術的にある程度の当てがついているのかもしれない」と肩を落とす。

誰もが予想しなかった成長

米カリフォルニア州フリーモント近郊に集積する工場・ビル群「マスク村」。中心にあるのはかつてのGMとトヨタ自動車の合弁工場だった建物

カリフォルニア州フリーモント近郊に集積する工場・ビル群「マスク村」。中心にあるのはかつてのGMとトヨタ自動車の合弁工場だった建物

 米ゼネラル・モーターズ(GM)とトヨタ自動車の世界最大級の合弁工場「NUMMI」があった米カリフォルニア州フリーモントはいまやマスクがつくりあげたベンチャーの工場が集積する「マスク帝国」の心臓部だ。かつては米国市場に攻め込む日本の製造業の勢いを象徴する場所だったが、いまは米国への製造業回帰のシンボルになった。

 2012にテスラがここで生産を始めた時は年産数千台の規模しかなかった。1年ほど前まで、巨大な工場内のラインは分断され、空きスペースが目立ち、労働者には規律が欠けているように見えた。見学に来たトヨタも含む日本の自動車大手の技術者たちは一様に「生産台数が少ないから成り立っているだけ。学ぶものはない」と切り捨てていた。

 だが、そこには目標を達成の時期から逆算して事業計画を決めるマスクの哲学が凝縮されていた。NUMMIを買った当時、テスラには資金が2年分しかなかった。会社の命運を決めるセダンEV「モデルS」の仕様が全く固まらない状態で、並行して工場に投資していく必要があったのだ。自動車は通常、構想から発売まで5年かかる。それを短縮したといわれる韓国・現代自動車でも3年以上。テスラはこれを2年弱でやり遂げ、しかも客観性に定評がある米コンシューマーレポートで最高レベルの評価を得た。

 デザインや機能の細部にまでこだわるマスクは製品化直前まで頻繁な仕様変更を要求する。その影響で製造工程も機動的に変える必要がある。好きなときに配置換えできるようラインを工程ごとに分断。大型のフォークリフトで頻繁に機械の場所を替える。

将来は年間50万台のEVを生産できるようにする(カリフォルニア州の工場)

将来は年間50万台のEVを生産できるようにする(カリフォルニア州の工場)

 ロボットはできるだけ一台で多機能なものを探し、カタログから機械を発注しただけの現場の素人社員とのやりとりにも対応してくれる担当者を置いてもらうよう求めた。工場内にはそれに応じた独クカのロボットが多い。黄色がシンボルのファナックのロボットもここではテスラのコーポレートカラーの赤に塗り替えられ、オタク気質のマスクが好きなコミックなどのキャラクターの名前がついている。

 米調査会社インサイドEVsがまとめた2015の米国のEV販売動向によると、テスラのEVセダン「モデルS」は49%増の2万5700となり、43%減の1万7269だった日産の小型EV「リーフ」を大きく引き離した。年産台数は約5万台。工場の空きスペースは次々と新たな工作機械で埋まり、効率化が進む。量産車モデル3」のラインの場所を確保するため、手狭になった本工場から近隣の工場へ拠点を広げつつある。5年後にはかつてのNUMMIの生産能力と並ぶ年産50万台を視野に入れる。

社内で見せる、別のマスク

 だが、その勢いは危うさもはらむ。SUVモデルX」を昨年から投入したが、車種が2つになり、ハンドルの位置、型番の増加などでラインのスピードが落ち、生産効率が下がったという。わずか2車種の混流で歩留まりが上がらないなら、さらなる量産はおぼつかない。労働者の熟練不足は大きな課題だ。

 工場労働者の賃金は大手の自動車工場より低く抑えられているフリーモントで配車サービスのウーバーに乗ると、運転手が副業しているテスラ工場の従業員であることが多い。「賃金水準が不満」だという。遠くないうちに労働組合ができ、賃上げを要求する可能性は高い。

 それでもテスラにとって、シリコンバレーの起業家で最も人気のあるマスクの存在は、激しい人材獲得競争の最大の武器だ。同社社員によると、「従業員の給与もIT(情報技術)大手にくらべれば安い」。アップルがEV開発部隊を立ちあげたときは、テスラの基本給の3倍の条件にボーナスもつける破格の待遇で中堅幹部を引き抜きにかかった。それでもアップルからテスラに入る社員の方がはるかに多く、セキュリティー担当の幹部など、中枢人材にまで及んでいる。社員によれば「感覚的にはテスラからアップルが1、その逆が3の割合」だという。こうしたテスラの求心力は、マスクの個性に過度に依存している。

少年のようにはにかむマスコミ向けとは別の顔がある

少年のようにはにかむマスコミ向けとは別の顔がある

 テスラは2010年に新規株式公開(IPO)にこぎ着けたが、年間の最終損益は一度も黒字化していない。強気の先行投資で四半期ベースでも13年1~3月期を除き黒字化は一度もない。

 見渡せばEVを手掛けるベンチャー企業は死屍累々だ。一時はテスラのライバルと目された米フィスカー・オートモーティブや米コーダオートモーティブなどは経営破綻した。投資規模が大きく、ベンチャーには一つのミスでも命取りになる世界だ。

 普段のプレゼンやメディア対応など、公的な場では少年のようなはにかんだ表情を見せるマスクも、社内では全く別の顔を見せる。会議では放送禁止用語を連発し、極限まで自分を追い込まない社員をつるし上げる。ある社員は、「製品発表の3カ月前くらいから、家族にしばらくいないものと思ってくれと伝えた」という。自らも猛烈に働くマスクからの激しい改善要請が押し寄せるからだ。

 テスラではまず実行が前提だ。マスクの目標に対し「物理学的に不可能」という理由以外で「できない」と言った瞬間にクビだ。最近、日系の大手自動車メーカーから2人が転職したが、すぐ解雇されて舞い戻ってきたという。ロボットの先端的な知識について知らなかった幹部はマスクと廊下で立ち話しした直後に解雇された。マスクの方が詳しい部分が少しでもあれば専門家として不要とみなされるのだ。

 その手法は社員や生産規模が増え続けても持続可能なのか。政府や自治体からの優遇策の引き出し、増資、そして私財提供と、マスクの天才的とも言える経営手腕で荒波を乗り越えてきたが、それもリスクだ。毎年、公表する年次報告書で同社自身も認めている。

 「主要な人材を失えば、事業が崩壊する恐れがある。特に、イーロン・マスク氏(とストローベル氏)への依存度が高い」

 独メルセデスベンツの研究ディレクター、エリック・ラーセンはテスラも「規模の呪い」は避けられないと予言する。「テスラのブランドは確かに脅威だ。だが、小さい規模の頃に見えなかった問題はすべて後から出てくる

=敬称略

シリコンバレー 兼松雄一郎)

 

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO96105360U6A110C1000000/

(続く)