ポルシェ博士との対話
WECでは、サーキットに参加チーム各国の国旗が掲揚されます。日の丸も上がりました。日本代表ということに関する思いはありますか?
パドックスタンドの上段には、このようにさまざまな国旗が掲げられている。ちょうど真ん中あたりに日の丸があった
豊田:トヨタ自動車と言えば日本代表といわれますし、色んな方がトヨタに期待していただいていることだと思います。トヨタは年間生産台数1000万台のうちの約700万台を海外で作っていて、日本では約300万台です。そういう意味ではグローバル企業ですけれど、チームは日本代表の気概をもって参加していると思います。
モータースポーツは現在、オリンピックの種目ではないですよね。けれど、このル・マンやWRC(世界ラリー選手権)などの世界選手権は、オリンピックだと思いますね。今日もドライバーの出身国のすべての国歌が流れていました。メインスタンドにもあれだけの色んな国旗が並んでいて、表彰台の裏にも必ずドライバーの国旗が掲げられます。このル・マンには日本の選手も3名参戦していますし、改めて日本を背負って、世界で戦っているんだと、そういう気持ちでやっているんじゃないですかね。
先程ポルシェ博士の下を訪れておられましたけど、どんな話をされたのですか?
豊田:実は昨年のレース後、ドクター・ポルシェから手紙を頂いたんです。そしてパリオートショーで初めてポルシェさんにお会いすることができた。そのときに、「是非来年はル・マンで会いましょう」と言われました。その日程は株主総会なんですよと話すと「あなたCEOなんだから、株主総会の日にちは自分で決めればいい」と言われて(笑)。今回は偶然、数日前に株主総会が終わったので、「お約束を果たせて良かったです」という話をしました。
話の途中で、今は引退された方らしいのですが、40年来ポルシェのモータースポーツを支えてこられたという方を紹介頂いたのですが、その方を見て、私自身にとっての成瀬さん(成瀬弘氏、故人。トヨタのテストドライバーで、豊田章男氏にスポーツドライビングを教えた)を思い出しました。
約束通りル・マンでの再開を果たしたポルシェ博士と豊田章男社長
豊田:モータースポーツを軸にクルマ作りをしている会社はトップの姿勢も大切かもしれませんが、やはり現場を支えている支柱的な存在の人もいるんだと、そうした方をご紹介頂けたことを大変嬉しく思いましたし、そういったことも含めてモータースポーツを盛り上げていかなければいけないなと感じましたね。
昨年アウディが撤退して今年はトップカテゴリーにはトヨタとポルシェしかいません。レギュレーションとしてもトップカテゴリーであるLMP-1H(ハイブリッド車)は、技術も開発コストもかなりのレベルにあるため、新規参入が難しいとも言われますが、そのことについてはどうお感じになられますか
豊田:要はね、トヨタ1社じゃ何もできないということです。次世代社会も含めてEVもFCVも、それだってトヨタ1社じゃできません。いろんなものを巻き込んで。単にモータースポーツが好きということだけじゃなくて、一緒にモビリティーの未来を考えていきたい、それに尽きると思うんです。
そのためにもやはり、競争はあったほうがいいじゃないですか。単なる技術競争も大事ですが、でも、参加者がいるという状態も大事だと思います。ただ、レースという以上、参加者を増やすために技術レベルを据え置きにするというのは少し本末転倒じゃないかとは思います。そのバランスは非常に難しいとは思いますが。
トヨタとしてル・マンに参戦することの意義についてはどのように考えていますか。
豊田:我々はニュル(ブルクリンク)の24時間レースにも参戦しています。そして初めてル・マンに来て、同じ24時間レースでもこうも違うのかと。ニュルでは市販車ベースのクルマを24時間戦わせます。24時間のなかで、ここはガチンコでいくぞ、ここは落とすぞとかペース配分というものがあるんですね。ここはね、全周アタックなんですよね。可夢偉がコースレコードを出しましたけど、それくらいのペースで24時間走り続ける訳ですから、全く種類の違う24時間レースだなとまず思いましたね。
皆さん、私を単なるレース好きと思っているでしょう(笑)
豊田:それともう一つはハイブリットに関してですね。内山田さん(内山田竹志氏、初代プリウスの開発責任者、現会長)が作ったプリウスをはじめ、ハイブリッドというものの研究室なんですよ。ハイブリッドというと燃費、エコというイメージで語られがちですが、このル・マンのような場で、毎周毎周ガチンコでアタックするような走りができるという意味では、やっぱりヨーロッパにおいて、ハイブリッドというもの見え方が、ガラッと変わってくると思うんです。
トヨタの場合は、ハイブリッド、PHV、EV、FCVといろんな次世代環境車があるなかで、当面の一番現実的な解はハイブリッドだと思っています。しかし、ハイブリッドの割合は全世界レベルでみてもまだ2%くらいしかない。現実的な解だとすれば、10%くらいはハイブリッドになっていくことを期待していますし、トヨタとしては有利に展開していけるんじゃないかと思いますけど。
章男社長はいつも「レースの目的は、クルマ作りと人材育成」とおっしゃいますけれど…
豊田:それとファン作りですね、これが大事です。ドライバー“モリゾウ”(レース競技に参加する際などの章男社長のニックネーム)としてこういった活動をしていることを、ひとりでも多くのファンの方、はもちろん、社員も何かを感じとって欲しいなと思いますね。獲得
日本の自動車メーカーがレース活動を続けていくことの難しさはありませんか。
豊田:結構大変なんですよ。これだけの大企業がレースをやるのって。だって、世の中の人、みんな私が単なるレースを好きだと思っているでしょう、公私混同みたいな(笑)。
豊田:でも、そういうことではなくて、例えばこのル・マンだって近所に工場もなければサプライチェーンもない。持ってきたパーツとここにいる人材だけで24時間戦うんですよ。アレがないからできないとか、時間があればできるとか、そんなこと言ってる間にレースは終わってしまいます。
だからこそ、そこにとんでもない人材育成のネタがあるんです。一般のクルマの開発期間というと3年~4年ありますけど、それとはまったく違う緊迫したクルマ作りというものがレースからは得られる。人間って追い詰められるととんでもない知恵が出るんですよ。それは、上位の者がソリューションネタを持っているとかではなくて、そういう環境を作っていくことが私の役割だと思っています。
トヨタ生産方式のひとつに現場主義というものがありますが、それはレーシングチームであっても、会社組織であっても同じということでしょうか
豊田:現場に色んな事実がある。事実があればそれが課題になる。課題が見つかればみんなでなんとかしたいという気持ちになりますから、それがトヨタ流のカイゼンに繋がると思います。モーターレースの現場であろうが生産現場であろうが、開発現場であろうが、マーケティングの現場であろうが、カイゼンに向けてそのサイクルを回すことがトヨタだと思います。いきなりベストを狙わずにベターベターベター。昨日より今日が、今日より明日が良くなるやり方があるはずで、ベターを絶やさない努力を続ける、これがどの分野でも大切ということです。
(続く)