続続・次世代エコカー・本命は?(122)

テスラとは「価値観の違い」で破談

 実は豊田氏のこうした発言の背景には、マツダとの結婚に至る前の忌まわしい破談話が影響している。2010年に資本・業務提携した米EV大手、テスラとの提携解消だ。高級EVセダンで人気を集め、自動運転技術でも市場をリードするなど、現在のEVや自動運転ブームを盛り上げてきた最大の立役者である。

 経営は赤字ながら株価は上昇を続け、時価総額は米ビッグスリー各社を上回る。ハイブリッド車(HV)で成功し、燃料電池車(FCV)を推進するトヨタがEV技術まで手にしたことで、当時高い期待が寄せられたが、長続きはしなかった。トヨタはテスラの2次電池を搭載した多目的スポーツ車を米国で発売したが、結局は保有していたテスラの株式をすべて売却。EVの開発についても価値観を共有するマツダとの共同開発に切り替えることになった。

テスラのマスク氏から新型ロードスターを贈られ、上機嫌の豊田氏(2010年11月)

テスラのマスク氏から新型ロードスターを贈られ、上機嫌の豊田氏(201011月)

 テスラとの協業はトヨタには悪い選択ではなかったが、なぜ袂(たもと)を分かつ結果となったのか。この件についてトヨタ関係者の口は重いが、一言でいえばクルマ造りに対する根本的な考え方の違いがあったからだという。

 テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)はネット決済サービスの「ペイパル」で成功した効率を求めるIT(情報技術)業界の人間だ。一方、豊田氏はエンジニアの出身ではないが、テストドライバーもこなす生粋のクルマ好き。2人の価値観は最初から食い違っていた。

 両社の関係を修復しがたいものにしたのがマスク氏の奔放な言動だ。水素ステーションの設置など普及に時間がかかるFCV(フューエル・セル・ビークル)のことを、マスク氏は平気で「フール・セル・ビークル(ばかなクルマ)」と呼び、トヨタの開発陣のプライドを傷つけた。

 では、テスラからマツダに乗り換えたことで、トヨタのEV戦略は本当に大きく進むのだろうか

 両社が業務提携したきっかけは、マツダが開発した低燃費技術の「スカイアクティブ」にある。トヨタの技術ロードマップでは、とりあえずはHVでガソリン車の時代をなるべく引き延ばし、将来的には短距離をEV長距離はFCVですみ分けようという戦略だった。ただ発展途上国ではしばらくガソリン車の時代が続くことから、ディーゼルにも応用できるマツダの技術がトヨタには重要だと映った。

モーターとインバーターだけのテスラ「モデルS」のシンプルな構造

モーターとインバーターだけのテスラ「モデルS」のシンプルな構造

 ところがそのシナリオは様々な要因から覆されてしまう。一つはディーゼル車の排ガス規制にまつわる独フォルクスワーゲン(VW)の不正問題。もう一つは各国政府による環境規制の変化だ。米カリフォルニア州エコカーの優遇措置対象からHVを外し、フランスや英国はガソリン車やディーゼル車の販売を禁じる方針を打ち出した。中国やインドもEVを優遇しており、HVやディーゼル車で当面の環境規制をくぐり抜ける戦略はもはや通用しなくなった。実際、中国資本傘下に入ったスウェーデンボルボは早々とガソリン車の開発打ち切りを表明している。

邪魔する「自動車好き」の遺伝子

 こうした技術のパラダイムシフトは家電製品やITの世界では昔から何度も起きている。モーターからメモリーへの転換を見誤ったソニーは「ウォークマン」というドル箱を失い、銀塩フィルムからデジタルへの転換に失敗したコダックは会社自体を失った。「大画面はプラズマ、小さい画面は液晶で」とすみ分け論を展開してきたパナソニックも巨額投資に失敗し、プラズマ撤退を余儀なくされた。ところがガソリン車の時代が150年近くも続いてきた自動車業界のエンジニアには、こうしたパラダイムシフトに機微に対応するという経験はない。しかもトヨタはFCV事業に1兆円以上の巨費を投じており、簡単には後戻りできないエンジニアのプライドとこだわりがEVへの転換を遅らせてきたといえよう。

複雑な構造をしたトヨタの燃料電池車「MIRAI(ミライ)」

複雑な構造をしたトヨタ燃料電池車「MIRAI(ミライ)」

 トヨタマツダとの会見では質問が今後のEV戦略に集中したが、新工場でのEV生産について聞かれた豊田氏は「ある時期にくれば検討する可能性もある」と極めて遠回しな表現にとどまった。自動運転についても、独アウディが運転をクルマに任せる「レベル3」の技術を今秋から投入するのに対し、トヨタはそれより技術的には高いが「レベル4」を「2020年代前半に実現する」というあいまいな表現にとどまっている。こうした発言の背景には「時代の趨勢には逆らえないが、自動車は今後も人間が運転するものだ」という遺伝子が邪魔をしている。

 ではマツダの場合はどうか。環境規制の変化からディーゼル車をEVに改めざるをえない状況はトヨタと同じだ。マツダは衝突回避など運転支援技術の導入についてはこれまでも積極的だったが、トヨタのキャッチフレーズと同様、「ファン・トゥ・ドライブ(運転好き)派」が大勢を占める技術陣にはEVや自動運転技術にたけたエンジニアがそれほど多くいるとは考えにくい。その意味では今回の両社の資本・業務提携は、EVに遠いもの同士が合従連衡したという印象がぬぐえない。先行するテスラやアウディなどに対抗するには、似たもの同士が手を携えるよりも、新たな変革者を招き入れることが本当は重要だったのではないだろうか。

関口和一(せきぐち・わいち) 82日本経済新聞社入社。ハーバード大学フルブライト客員研究員、ワシントン支局特派員、論説委員などを経て現在、編集局編集委員。主に情報通信分野を担当。東京大学大学院、法政大学大学院、国際大学グローコムの客員教授を兼務。NHK国際放送の解説者も務めた。著書に「パソコン革命の旗手たち」「情報探索術」など。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO19721340X00C17A8000000/?df=2

 

 

先の論考では両社の合意事項は5つとして、次の事項が記載されている。

(続く)