うつけ者・文在寅、滅びよ韓国(67)

2、終戦後、在日朝鮮人約75%が朝鮮に引揚げたが、その帰還状況を段階的にみると次のとおりである。
(1)まず1945年8月から1946年3月までの間に、帰国を希望する朝鮮人は、日本政府の配船によつて、約90万人、個別的引揚げで約50万人合計約140万人が朝鮮へ引揚げた。
右引揚げにあたつては、復員軍人、軍属および動員労務者等は特に優先的便宜が与えられた。
(2)ついで日本政府は連合国最高司令官の指令に基づき1946年3月には残留朝鮮人全員約65万人について帰還希望者の有無を調査し、その結果、帰還希望者は約50万人ということであつたが、実際に朝鮮へ引揚げたものはその約16%、約8万人にすぎず、残余のものは自から日本に残る途をえらんだ
(3)なお、1946年3月の米ソ協定に基づき、1947年3月連合国最高司令官の指令により、北鮮引揚計画がたてられ、約1万人が申し込んだが、実際に北鮮へ帰還したものは350人にすぎなかつた。
(4)朝鮮戦争中は朝鮮の南北いずれの地域への帰還も行わなかつたが、休戦成立後南鮮へは常時便船があるようになつたので、1958年末までに数千人が南鮮へ引揚げた。 
 北鮮へは直接の便船は依然としてないが、香港経由等で数十人が、自からの費用で、便船を見つけて、北鮮へ引揚げたのではないかと思われる。
 こうして朝鮮へ引揚げずに、自からの意思で日本に残つたものの大部分は早くから日本に来住して生活基盤を築いていた者であつた。戦時中に渡来した労務者や復員軍人、軍属などは日本内地になじみが少ないだけに、終戦後日本に残つたものは極めて少数である。
3、すなわち現在登録されている在日朝鮮人の総数は約61万であるが、最近、関係省の当局において、外国人登録票について、いちいち渡来の事情を調査した結果、右のうち戦時中に徴用労務としてきたものは245人にすぎないことが明らかとなつた。
 そして、前述のとおり、終戦後、日本政府としては帰国を希望する朝鮮人には常時帰国の途を開き、現に帰国した者が多数ある次第であつて、現在日本に居住している者は、前記245人を含みみな自分の自由意志によつて日本に留まつた者また日本生れのものである。
したがつて現在日本政府が本人の意志に反して日本に留めているような朝鮮人は犯罪者を除き1名もない。
在日朝鮮人の来住特別内訳表】
登録在日朝鮮人611,085
《内訳》
(1) 所在不明のもの 13,898
(1956年8月1日以降登録未切替)
(2) 居住地の明らかなもの 597,187人(100%
・・・(2)の内訳・・・
(A) 終戦前からの在留者 388,359人(650%
   うちわけ
(イ)1939年8月以前に来住したもの 107,996人(181%
(ロ)1838年1939年の間違い)9月1日から1945年8月15日までの間に来住したもの 35,016人(58%
(ハ)来住時不明のもの 72,036人(121%
(ニ)終戦前の日本生れ 173,311人(290%
(B) 終戦後の日本生れおよび入国者 208,828人(350%

 

 この資料によってわかることは

終戦直前には、朝鮮半島からの渡航者が約200万人いた

・そのうちの半数は1939年に徴用令が施行される前に渡航

・それ以外の半数100万人のうち7割は個別渡航と出生による自然増加

・残りの30万人の大部分は自由契約にもとづき内地に渡来

・国民徴用令により導入されたいわゆる徴用労務者の数はごく少数

・彼らに対しては、当時、所定の賃金等が支払われている(終戦時のどさくさを除く)。

国民徴用令は、(朝鮮半島出身者を含む)日本国民全般が対象

・日本内地では1939年7月に施行、朝鮮への適用は1944年9月から

・1945年3月以後は朝鮮から日本への渡航が困難となった

・1945年8月から1946年3月までの間に140万人が朝鮮へ引揚げた

・その際、復員軍人、軍属および動員労務者等は特に優先的便宜が与えられた

・1946年3月の調査の結果、帰還希望者50万人中、実際に帰国したのは約8万人

・1947年3月350人が北鮮へ帰国

朝鮮戦争休戦成立後、1958年末までに数千人が韓国へ帰国

・資料発表当時、登録されている在日朝鮮人の総数は約61万人

・そのうち戦時中に徴用労務者としてきたものは245人

・資料発表当時、日本に居住している者は全員が自分の自由意志によって日本に留まった

・資料発表当時、日本政府が本人の意志に反して日本に留めているような朝鮮人は犯罪者を除き1名もない。

・資料発表当時、在日朝鮮人のうち終戦前から日本にいるのは全体の65%

(これらの調査には密入国者や不法滞在者は含まれていないものと思われます)。

 

 私が、これを読んで一番注目したのは「したがつて現在日本政府が本人の意志に反して日本に留めているような朝鮮人は犯罪者を除き1名もない」というくだりです。これを素直に読めば、「母国に帰りたくとも帰れなかった」と言っている(言っていた)人たちは、嘘を吐いている(吐いていた)若しくは、当時は犯罪者であったということになります。

 私も、お役所の文章は一般の人よりは良く読んだ方だと思いますが、このような人の名誉にかかわるような内容の文章で「1名もない」という断定的な表現はめったにお目にかかりません。あれだけ多くの証拠がありながら小泉訪朝まで拉致問題に関して「疑い」という言葉を使い続けた事と比較すると、余程入念な調査を行ったのだろうということが推察されます。

(続く)