爆笑問題・太田光と(旧)統一教会(3)

統一教会の目的は、特に日本の信者から多額の献金をむしり取ることであり、それこそが唯一の目的なのである。そのためのマインドコントロールなのである。それをわかっていながら、統一教会を擁護するかのような発言を続けていることから、太田光は統一教会…

爆笑問題・太田光と(旧)統一教会(2)

彼・太田光は教団が信者なるものを救うということと、教団にマインとコントロールされた息子や娘たちを関係者達が救いたいとする「救う」行為を全く同じ次元で考えているところに、完全な間違いがある、と言うことには全く気付いていないのである。 気付いて…

爆笑問題・太田光と(旧)統一教会(1)

先ずはこの記事をお読みいただきたい。 爆笑問題の「太田光」がMCを務める「サンデー・ジャポン」の2022年9月25日の放送での彼の発言だ、と言う。 これを読むと、太田光の発言は「統一教会」の主張をそのまま述べているように思える。ジャーナリストの江川紹…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(59)

このようにして向後の憂いをなくして、邇邇芸命を天降らせたのであろう。天降らせた、とは「葦原の中つ国」の統治にために高天原(日高見国・関東)から派遣したものと思われる。 邇邇芸命の天孫降臨については、当ブログの8/19,NO.34~で説明しているので、…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(58)

と言ったところが出雲神話の一部分であるが、その書によれば(P264)、古事記の中ではこの出雲神話が四割以上を占めているという。それだけ出雲と言う国家連合がかなりの勢力を誇っていた、と言うことではないのかな。 先にも指摘しておいたように、この日本…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(57)

斐川町は、人口約2万8千人の町で、島根県東部に位置し八岐大蛇(ヤマタノオロチ)神話で名高い斐伊川と朝日に輝く湖面が美しい宍道湖に囲まれた豊かな平野を持つ穀倉地帯である。 町南部の農道建設予定地から弥生時代の銅剣358本が出土したニュースは瞬…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(56)

「読み解き古事記神話篇」三浦祐之著(朝日新聞出版)のP255によれば、大穴牟遅神は(降伏の印に・・・と理解するが)広矛を建御雷之男神(タケミカヅチ)と天鳥船神へ差し出したわけで、それが上記の写真のように16本の広幅銅矛と6個の銅鐸が、降伏の印…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(55)

更には 38)には、天の若日子には「天の麻迦古弓」と「波波矢」を持たせて、交渉に当たらせたが、大国主命に丸め込まれてしまうことになっている。このことは当然、高天原からの「武力侵攻」を意味しているわけではあるが、 41)でも十拏の剣を、逆さではある…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(54)

ここで一つ訂正しなければならないことがある。 それは「葦原の中つ国」は既に日高見国の傘下になっている国であり、と言うよりも「日高見国」そのものであると理解していたが、それは間違いであった、と言うことである。 小生の理解は、 高天原 + 日高見国…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(53)

【大樹の楔】 18) 八十神たちはまた怒って、大樹を切り倒して割れ目に楔を打ち込み騙して 大穴牟遅神をその中に押し込めてしまう。 19) そして楔を外して押し殺してしまう。 20) するとまた母の神が探し出して、その木を割いて取り出して生かしてくれ る。 2…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(52)

大国主命の話が出たついでに、一足飛びに「国譲り」の話を持ち出してしまったが、それまでには「大穴牟遅神(オホナムヂ)」から大国主神への成長物語が存在するのである。 因幡の白兎(イナバノシロウサキ)の話は、多くの日本人は子供の頃から、おとぎ話と…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(51)

「大国主神(「大穴牟遅神」(オホナムヂ))」は、これとは別に「大物主神」という名前も持っている。 その「大物主神」は奈良県の桜井市の「三輪山」に住んでおられる。 その「大物主神」を祀っているのが、奈良県桜井市三輪にある「大神神社」 (おおみわ…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(50)

『一首鑑賞 日々のクオリア』 より借用する。 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を 読みは、 『やくもたつ いづもやへがき 五・七 つまごみに やへがきつくる そのやへがきを』 五・七・七 「八雲立つ」は八重の雲が湧き起こる意で、出雲…

220908纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(49)

さて、「高志八俣遠呂智コシノヤマタノオロチ」のことであるが、いかにも妖怪面しているが、田畑を耕しているアシナヅチ、テナヅチ達にとっては、毎年定期的に訪れては「悪さ(氾濫)」をしていく「高志八俣遠呂智」(斐伊川)には、ほとほと困り果てていた…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(48)

さて五穀を持って出雲にやってきたスサノオは、出雲の国の肥の川の鳥髪というところに降りた、と先の書には書かれている(P126)。 肥の川とは、(多分)現在の「斐伊川」の事であろう。この川は、宍道湖にそそいでいる。 肥の川の鳥髪とは、斐伊川の河口近…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(47)

「天孫降臨とはなんであったか」(勉誠出版)の著者田中英道氏の著書で「日本の起源は日高見国にあった」(勉誠出版)のP109には、「国譲り」、「天孫降臨」、「神武東征」の三つは、『古事記』の根幹の話であり「日高見国」がその存続をかけて取り組んだ「…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(46)

その四男が「神倭伊波礼毘古カムヤマトイワレヒコノミコト」即ち『神武天皇』である。次にWikipediaより借用して『天皇系図神代』を示す。 https://ja.wikipedia.org/wiki/天照大神 (続く)

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(45)

さて火遠里命(ホオリ、山幸彦)は、綿津見之神の宮で3年間過ごしたことになる。 豊玉毘売命はホオリの命の子供を身ごもることになる。そのため、子供を産むために、海の中の龍宮から海辺に上がってきて、(以下は「読み解き古事記 神話篇」三浦祐之著のP29…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(44)

さてここで一応「天地初発之時」からの系譜をたどってみたいので、簡単にまとめておく。 「天地初発之時」には、「高天原」は既に存在していたことになる。 先ず最初に別(コト)天つ神・五柱が誕生することから始まる。 (別天つ神) 二柱の独り神と 天御中主神…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(43)

縄文晩期には既に本格的な水田耕作が行われていたことは、北九州の福岡市の板付遺跡や佐賀県唐津市の菜畑遺跡から本格的な水田稲作の遺跡が発掘されていることからも明らかである。 詳しくは小生のブログ「日本人のルーツは縄文人だ、渡来人はない。 (NO.7~…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(42)

海幸彦は「漁労」、山幸彦は「狩猟」を生業としており、『(天照大神は)粟・稗・麦・豆を畑の種とし、稲を水田の種とした。』と日本書紀にも書かれているように(8/11,NO.29)、縄文の伝統を象徴している神なのである。 事実、邇邇芸命は天照大神より、高天…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(41)

猿田彦が天孫降臨を導いているが、「国譲り」でもフツヌシを案内していることから、フツヌシと猿田彦は緊密に関係し「息栖神社」に祀られている神は猿田彦の家系であろうとしても辻褄が合うものである(P114)。 このようにして、無事に鹿児島の霧島近辺に上…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(40)

邇邇芸命たちは、次のようにして海にこぎ出でていったものである。 『彼ここに天の日子番(ホ)の邇邇芸命、天の石位(イハクラ)を離れ、天の八重多那雲を押し分けて、陵威(イツノ、勢いよく)道(チ)別(ワ)き道別きて、天の浮橋に、浮きじまり、反り立たして、筑紫の日向…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(39)

「アマ(メ)ノトリフネ」の神は、「鳥之石楠船神」(とりのいわくすふねのかみ)と言われている神で、古事記の「伊邪那岐」之神と「伊邪那美」之神が生んだ35柱の神々の中の一柱の神様です。 鳥が飛ぶように早い、固い楠材でつくった船の神で、神の乗る船…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(38)

上の地図によると、薩摩半島の西の出っ張りに「笠沙崎」と言う地名がある。これが古事記に言う「笠沙の御崎」である。当然韓国Koreaなんぞが近くにあるわけではなく、ここは不毛の「空国」なのである。 古事記によれば、日向の高千穂のくじふる峰に降りて か…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(37)

『その前に邇邇芸命が天孫降臨を次のように記して(2018.10.01,NO.35)、韓国はKoreaの韓国ではない、と記した。『かれここに天の日子番ひこほの邇邇芸ににぎの命、天の岩位いわくらを離れ、天の八重多那雲を押し分けて、稜威いつの道ち別わき道別きて、天の…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(36)

太陽神である天照大神と日高見国のリーダーである高御産巣神タカミムスヒノカミ の関係は、邪馬台国の「卑弥呼」とその「男弟」の関係に、なんとなく似ているように小生には感ずるものであるが、 それはともかくとして、ニニギノミコトは天降ってゆくと「天の八衢(や…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(35)

「天孫降臨」の事の次第は、「古事記」によれば次の通りである。 田中英道著「天孫降臨とはなんであったか」(勉誠出版)のP73~74による。 『ここに天照大御神高木の神の命もちて、太子正勝吾勝勝速日天の忍穂耳の命に詔りたまはく、「今葦原の中つ国を平け…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(34)

もちろん「高天原」とされる関東地方、なかんずく常陸の国を中心にたくさんの旧石器時代の遺跡は存在している。その書のP50には、「常陸伏見遺跡」他2、3の遺跡の名前が載っている。 先に指摘しておいた「鹿島神宮」や「香取神宮」のある辺りは、この高天…

纏向遺跡と邪馬台国(日本古代史の謎)(33)

実際に、富士山麓に縄文や弥生の連続した遺跡が、見つかっているのであろうか。不勉強ながら小生は、そのような話はそれほどはっきりと聞いたことはないのである。だから高天原の神域としての象徴として、富士山を指定するのであれば納得は出来るのであるが…