中国・虚妄のプロパガンダ(6/8)

7.まさに、人を食う国・中国

中国の古典の「三国志」には、劉備玄徳が”人肉を食らう”話が出てくると

言う。

これもWiLLの3月号の上田真弓氏の「朝日新聞南京大虐殺30万人 を

正・謝罪せよ」に出てくる話である。それを引用させてもらうと、次のようだ。

[戦いに負けた劉備玄徳が部下の孫乾等と落ち延び、猟師の劉安の家に泊めて

もらう。--その晩、劉安は肉を煮て玄徳に饗した。玄徳らは喜んで食した。その

肉は「狼の肉」と言うことだった。翌朝孫乾が馬を引き出そうとして、何気なく厨

(くりや)をのぞくと、女の死骸があった。愕いて主(あるじ)にたずねると、劉安は

泣いて打ち明けた。

『私の愛妻ですが、ご覧のごとく、家貧しく殿へ饗すべき物もありませんので、

実は、妻の肉を煮ておもてなしに捧げたわけでございます』

と初めて打ち明けた----- 。]

さすがに、吉川英治も、人肉を食う話は日本人には理解できないだろうと、

注釈をつけていると言う。

[劉安が妻の肉を煮て玄徳に饗したという項は、日本人のもつ古来の情愛や

道徳ではそのまま理解しにくいことである。我々の情美感や潔癖は、不快をさえ

覚える話である。……原書は劉安の行為を、非常な美挙として扱っているので

ある。そこに中古支那の道義感や民情もうかがわれるし、そういう彼我の相違を

読み知ることも、三国志のもつ一つの意義でもあるので、あえて原書のままにし

ておいた。]

 日本では、丹精を籠めて育てた盆栽を薪にして、暖を与えると言う話がある。

まことに情の細かい話で感激することしきりであるが、中国になるとまことに残虐

な話となるものである。

中国人の異常さがお分かりになったことと思うが、人肉を食らう話はまだある。

中国人の作家、魯迅の短編小説「狂人日記にも書かれているという。

[父母が病気になったら、子たるものは自分の肉を一片切り取って、よく煮て

父母に食わせなくては、りっぱな人間ではない。]

岩波文庫は、[人肉が薬用になるという俗信をもとにして古来孝の模範行為と

された]と解説している、と言う。

その他にも、「狂人日記」には「人肉を食らう」話を紹介している。

・人肉を薬とする話

・籠城戦で食べ物がなくなり、お互い相手の子供の肉を食う話

・人肉を食べたいと言う王のために、自分の子供を料理して出した料理人の話

など、昔から中国に伝わる話を紹介している。

 南京大虐殺記念館には、「日本軍に強姦された後、腹を割かれて死んだ女性」

などと残虐性をあおる写真が展示されていると先に紹介したが、これなどは、

まさに中国人の文化そのものであり、中国人が実際に行っていたからこそ表現

できる内容だと、合点がゆく。

日本人はこんな残虐なことはしない。これは日頃から中国人がやっていること

なので、こんな表現が出来るのである。

 実際にこのようにして、多くの日本人が殺されている。先に紹介した

南京事件」「済南事件」「通州事件」「尼港事件」を見れば、明らかである。

「中国人による在留邦人大虐殺・追悼記念館」は、是非とも建設する必要が

ある。そして中国では人肉を食わされるが、日本では盆栽で身を温められる

と紹介すればよい。

これは室町時代に出来た、観阿弥清次か世阿弥元清の作と言われている、

謡曲「鉢の木」の物語である。かい摘んで内容を説明すると、

(続く)