(7)次に、この件に関する教科書検定の変遷を簡単におさらいしておく。
1972年 沖縄の施政権が返還される。
1982年 82年度教科書検定では、実業出版の高校教科書「日本史」で沖縄戦
で日本軍にによる住民殺害記述が削除される。
(削除されて当然である。)
この年に、あの悪名高い「近隣諸国条項。☆」が設けられている。
☆近隣のアジア諸国への、近現代史の扱いに国際理解と協調を
尊重して必要な配慮をした記述をすること。
(これは必要ない。日本の立場だけでよい。)
1983年 家永三郎の「新日本史」(三省堂)は、集団自決よりもスパイ容疑で殺
された住民事件を誇大に表現したため、犠牲者の多い集団自決を
先立って記載するように修正される。この検定をめぐり、翌年、家
永は第三次教科書訴訟を起こす。
(家永は現状認識が間違っている。日本軍は悪く言うものだとしている。)
1984年 「学徒が自決を強いられた」との記述に対して、強いられたという強制
の記述が削除される。(集団自決は強制ではない。)
2005年 6月に自由主義史観研究会が、「集団自決の強要」記述の削除を国・
教科書会社・出版社の3者に求める決議を採択する。
(当然のこと。)
赤松秀一氏は、「沖縄ノート」を記述した大江健三郎とそれを発行し
た岩波書店を相手取って、「沖縄集団自決冤罪訴訟」を起こす。(この
お2人は住民に自決など命じていない。かわりに出来る限り生き延
びよと伝えている。)
2006年 '07年用教科書、山川出版社は「日本軍の残虐行為」や「集団自決の
強要」などの表現を自主的に削除する。他の教科書からもそのよう
な記述が減少する。
2007年 3月30日の検定では、「集団自決」に関する日本軍の関与が削除さ
れる。
三省堂日本史A,B”
日本軍に「集団自決」を強いられたり、・・・・・”
→”
追いつめられて「集団自決」した人や・・・・・、”
(当然である。)
この後は、冒頭の中日新聞の記事へと続くのであるが、「軍の命令や強制」がな
かったことは、あの有名な「曽根綾子氏」の『沖縄戦・渡嘉敷島 集団自決の
真実 日本軍の住民自決命令はなかった!』に詳しく記述されている。
次にその本の内容を見てみよう。
(続く)