4.P52
【住民には自決用として、32発の手榴弾が渡されていたが、更にこのときの
ために、20発増加された。】
↓
《P153、手榴弾は配ってはおりません。只、防衛召集兵には、これは正規軍で
すから一人一、二発ずつ渡しておりました。…混乱に陥った時、彼等が勝手に
それを家族に渡したのです。》
5.P52
【手榴弾はあちこちで爆発した。轟然たる不気味な響音は、次々と谷間に、こ
だました。瞬時にして-男、女、老人、子供、嬰児-の肉四散し、阿修羅の
如き、阿鼻叫喚の光景が、くりひろげられた。】
↓
《P154、どう思い返しても、私が亡くなった方をみたのは、ほんの数人なんです
。「鉄の暴風」に書かれているように329人もの屍がるいるいとしているという
状況は見たことがないんです。…自決場のことを思い出した。あの谷に三百数
十人が一時に入り込むことは不可能に近い。…あちこちで自決されたのと違
いますか?》
《P173、本部陣地になだれ込む前に自決の場所に迫撃砲をうち込まれたとい
うのである。そのために手榴弾で自決できなかった人までも死んだ。…日本軍
は迫撃砲は一つも持っていなかったし、…》
あまりにも騒ぐので、騒ぎを聞きつけた米軍は、住民に向かって迫撃砲を打ち
込み、そのため多くの住民が死んでいる。このことも事実である。本当に329
人が自決したのかは、疑問ではないか。
6.P142(古波蔵惟好元渡嘉敷村村長の談話)
【「一週間経って軍陣地から恩納河原へ帰った時は状況は安定していました。
その頃からもう、衛生兵が来ましてね。いろいろ治療もしてくれました」…古波
蔵元村長は軍の衛生兵が治療をしてくれたというが、自決命令を出したものな
らなぜ衛生兵を治療にやるか。…私は改めて若山衛生兵軍曹に尋ねた。】
↓
《P143、「村民の治療をなさったのは、若山さんのご一存ですか ?」「いや、軍
医や隊長の意向でもありましたんでね。…明らかに隊長と軍医に言われたか
らです。…それはもう、まちがいないことです」》
もし自決命令が軍としての命令ならば、命令は貫徹されなければならなかった
筈である。それをなぜ治療のために衛生兵を派遣したのであろうか。答えは
一つ、自決命令などなかったからである。
自決命令があったと言ったのは、村の有力者達の責任逃れではないか。
7.P196(古波蔵惟好元渡嘉敷村村長の談話)
【渡嘉敷をめぐる周囲の空気が「軍命令による玉砕」を主張することは、年金
を得るために必要であり、自然であり、賢明であったと言える。…これに対して
古波蔵元村長は「…『真相は別にある。これを言えば村民への影響が大きい』
とあたかも自決は村民の間に責任があるかのように恐喝めいたことを放言して
、今となっては責任を転嫁しようとしている。…こんな破廉恥な言葉を信じるよ
うな、世間の人は愚者でないことを彼等に説教したい」といっている。】
↓
《P197、この点に関しては、もと赤松隊員の連下政市氏と小谷小次郎氏から
の回答があった。「軍が命令を出していないということを隊員があらゆる角度か
ら証言したとなると、遺族の受けられる年金が差し止められるようなことにな
るといけない、と思ったからです。我々が口をつぐんでいた理由はたった一つ
それだけです」》
生き残った赤松隊長や隊員たちは、ひとえに、遺族たちの年金が差し止めら
れるかも知れないと恐れて、「自決命令は出してはいない」と、言わなかったの
である。
8.P201
【…島の農作物は忽ちにして喰いつくされ、…。その間、赤松大尉からは独断
的な命令が次々と出された。4/15、住民食糧の50%を軍に供出せよ、という
、食糧の強制徴発命令があり、違反者は銃殺に処すという罰則が伝えられた
。住民の食糧は…陣地に持ち運ばれた。日本軍は、食糧の徴発命令のほか
に家畜類の捕獲、屠殺を禁じ、これも違反者は銃殺刑に処す、と言うことであ
った】
↓
《P211、元駐在巡査安里喜順氏の言葉、「沖縄戦が始って何したときに、部隊
の食糧倉庫が海岸ばたにあったですよ。…その米をですね、なかなか普通の
部隊なら、沖縄の戦闘なら、民家のものをとって部隊は食べたそうですがね。
赤松さんはその米を民間と軍とに半分分けしたですよ。…普通の部隊長な
んか、そんな米なんか食糧ですから、ああいう情勢下では分けてやれない。…」
更に、元谷本小次郎候補生も言う。「牛以外の食糧徴発は全くありませんで
した。というのは、沖縄では、米の貯蔵は決してついた米という形で行われない
。モミのままなのです。…軍隊が食べる場合には、モミだと大変処理がしに
くい。…牛は確かに軍が取る、という契約をいたしました。と言うのは、牛は当
時もう、放たれていまして、それを、米軍が捕獲しだしたのです。なけなしの食
糧を敵にやることはない、と言うことになったのですが、…危険で島の方がとり
に行けるところではない。それならば、その牛だけは、軍がもらうということにな
りました。」》
これまた、「鉄の暴風」の虚妄であり、よくもこんな嘘が書けたものと感心する。
(続く)