ヨーロッパと日本(25)

中国では「易姓革命」と言う文化があるため、中国の歴史の継続性はないに等し

い。易姓革命とは、「天(あらた)めて、(か)わる」と言うことで、中

国の歴史は前政権(前王朝)の否定・打ち壊し、そして現政権(現王朝)の成立と

なるのである。その時に大虐殺が行われた。前政権に関与した人間はもちろん

の事、その都の住民達も皆殺しにされている。これを現す言葉が「屠城」として中

国語に存在する。いわゆる王朝が変わるたびに屠城と言う人民の虐殺が行わ

れている。もっともひどい屠城を受けた都市のひとつが南京なのである。万人塚

として骸骨が発掘されるのは、このときの虐殺の跡なのであり、日本軍の虐殺な

どは存在していないのである。現代中国では、毛沢東の2,000万人とも3000

万人とも言われる大虐殺が有名である。日本にはこのような文化はない。

このように中国では政権の継続性が殆どなかったため、国民国家としてのまとま

りが欠け、近代化が遅れた。そこを西洋諸国に突け込まれた。そのためそこから

の影響を日本は、極端に恐れたのである。そこで日本は、支那のすばやい近代

化を願って、留学生の受け入れや制度の移植などのあらゆる援助を惜しまな

かったのである。

さて話を元へ戻そう。

西暦478年の倭王武(雄略天皇)の南宋への上表文には次のように記されてい

る。

昔より、祖禰(そでい)自ら甲冑をはき、山川を跋渉し寧処(ねいしょ)に暇あら

ず。東は毛人を征すること55カ国、西は衆夷を服すること66カ国、渡って海北

を平らげること95カ国。王道は融泰であり、土を開き、機をはるかにする。

このように日本を統一してゆき、もちろんその間紆余曲折はあったものの、現在

の御皇室へとつながっていったのである。

もちろんこの「新日本建設に関する詔書」で、天皇が神であることを否定した

が、天皇の祖先が日本神話の神であることを否定していない。歴代天皇の神格

も否定していない。神話の神や歴代天皇の崇拝のために天皇が行う神聖な儀

式を廃止することもなかった。日本の民主主義は日本に元々あった五箇条の御

誓文に基づいていることを示すのが、この詔書の目的であった、とこのWikipedia

は続けている。神話と呼ばれる時代から営々として築かれてきた日本のある種

の歴史であり、日本人の心の拠り所であるわけであるから、それはそれでよ

いと考える。その過程で尊敬すべき対象、崇め奉る対象になってきた訳である

から、昔はそのように神格を与えられてきたのであろうと理解できるのである。

現代では誰も天皇が神であるなどとは思っていない。神代の昔からの歴史の中

でそのような立場や位置に立って来た、または置かれてきたと思っているだけで

ある。しかしそれはそれで、そのことが大切なのである

(続く)