尖閣諸島問題(98)

109、安室奈美恵」は水着、「福原愛」は薬品、「藤原紀香」は化粧品 中国で日本人名の商標登録相次ぐ200906221031

2009.6.22 10:31 このニュースのトピックス:オバマ米大統領
(Photo)
福原愛

 【北京=矢板明夫】中国で高い知名度を持つ歌手の安室奈美恵さん、卓球の

福原愛選手ら多くの日本人の名前が中国で商標申請され、すでに一部登録さ

れていることが明らかになった。

 中国紙・新民晩報や中国商標局のサイト・商標ネットなどによると、北京市

ある服装メーカーは2005年に「安室奈美恵」を登録。下着や子供服、水着など

の衣類に使った。製品はすでに市場に出回っており、安さが売り物だという。こ

のほか、「福原愛」は薬品、「浜崎歩」は文房具、「藤原紀香」は化粧品の商標と

してそれぞれ登録されている。

 日本の商標法では「他人の氏名を登録できない」と定められているが、中国で

はこのような規定はなく、原則的に早い者勝ちになっているらしい。

 08年の米大統領選でオバマ氏が当選したが、中国メディアの報道によると、

その直後、各地の商標局に「オバマ」を商標登録しようとした業者らからの問い

合わせが殺到した。しかし、時すでに遅く、その一年8カ月ほど前の07年3月中

旬に、浙江省温州市のある靴製造業者が靴、ベルト、衣料、帽子など多くの分

野で「奥巴馬」(オバマ)の商標申請の手続きを終了していたという。

 このほか、中国内の有名人では、俳優の「ジャッキー・チェン」が棺おけ、「アン

ディ・ラウ」がソーセージの商標となっている。外国人では、サッカーのベッカム

(貝克漢姆)選手はコンドーム、イスラム過激派のテロリスト、ウサマ・ビンラー

ディン容疑者(奥薩馬・本・拉登)は照明器具の商標となっている。ラーディンは

中国語で「電気を付ける」(拉灯)という言葉と発音が近い。

 一連の商標登録は、中国人ビジネスマンのたくましい商魂を如実に反映して

いるといえるが、しかし今のところ、こうした有名人の名前を使った商標のついた

ヒット商品は出ていないようだ。

http://sankei.jp.msn.com/world/china/090622/chn0906221031000-n1.htm

                  

安室奈美恵」が下着、「福原愛」が薬、「浜崎歩」が文房具、「藤原紀香」が白粉

として、すでに登録されていると言う。本人たちはこのことを知っているのであろ

うか。

「奥巴馬(オバマ)」は、米国の大統領選のはるか前の2007年3月に、靴などの

商標として申請手続きが終了していると言う。と言うことは、オバマ大統領は中

国では靴などの名称で広く流行しているのであろうか。少なくとも我々は、一般

常識としてもちろん例外はあるであろうが、これらの個人名などは商標登録が出

来ないと考慮するはずであるが、中国にはそのような倫理観はないのであろうか。

日本でも、胡錦濤を大便器、恩家宝を小便器として商標登録したらどうであろう

か。きっと中国人は良い気持ちにはならないであろう。アメリカで、曹操を削岩

機、劉備をシャベルなどと商標登録したら、中国人はどう思うのであろうか。

ひょっとしたらなんとも思わないかもしれない。平気で人の名前などを商標登録

するなんぞは、明らかに中国共産党の一党支配の弊害の何物でもない気がす

る。共産党の支配を正当化する教育の行き過ぎが、いわゆる人間性とか人権と

か人間愛とか人間社会に必要な倫理観などの普遍的な気持ちを、片端(かた

わ)にしてしまった結果なのであろう。

中国全体がこのような風潮である、と言うことを日本政府や日本国民は、よく認

識していることが必要である。日本人が一般的に考えることが中国には通用し

ない、と言うことを前提にあらゆることを考え直さなければならない。このことは

日本国の安全保障上、非常に大切なことである。中国が欲しいと思えば、あらゆ

る屁理屈をつけて「尖閣諸島」を掠め取りにくる、と言うことが現実にあるからで

ある。自国の防衛に関しては、日本は世界最悪の憲法を後生大事に守らなけ

ればならないなどと「トラウマ」を抱えている輩が多いので、非常に不安である。

自国を自分で守れないような憲法であれば、それは自国の憲法とはいえない。

連合国の憲法であって、日本の憲法ではない。そんな憲法なんぞは踏みにじっ

てしまえばよい。

この秋にもオバマが日本を訪問すると言う。小生は、日本の新政権に対して「日

米安保条約」の終結を伝えにくるのではないかと、いらぬ心配をしている。こん

な事態がこないとも限らない。日本は、真剣に、自分の国をどのように守ってゆ

くか、を考えないといけないと感ずるのであるが、如何。

(続く)