自動車単体への対策は、2015年燃費基準が2007年7月に導入されている
ので、その効果を推定してみよう。
日本には06年で7828万台の自動車が存在している。平均使用年数は2003
年のデータで10.77年。年間700万台が更新されるとして、3年間で約2000
万台が新車なる。そのすべてが燃費の30%良い車(現状ならハイブリッドか)に
置き換えたとしても、1/4しか新しくなっていないため、燃費改善は全体として
7.5%。交通による排出量2億5400万トンのうち、90%が自動車として、2億
2900万トン。これが7.5%改善されるとすれば、1700万トン程度の削減となる。
これが325万トンの削減に留まるとなると、30%燃費改善(ほぼ全量がハイブ
リッド車)という仮定は実現不能で、6%程度の燃費改善に留まることになりそう
だ、という予測をしていることが分かる。
ハイブリッド車については、ニューヨーク市がタクシーを今後すべてハイブリッド
車にするといった方針がすでに表明されている。日本でも、もっと推進策を示す
べきなのだが、「トヨタとホンダしか対応ができない状態であり、不公平だ」、とい
う業界の護送船団体質を打ち破った提案をすることができない状況にある。
温暖化対策を強化することは、企業間の省エネの先端技術開発競争を誘発す
ることになるため、能力の高い先進的企業には追い風であるが、業界すべてに
利益が及ぶものではないことは分かっているはずである。ところが、日本産業界
全体として相変わらず保守的な体質が強く、それを打ち破れない政府の対応、
といった構図が様々なところで見られるのが、残念ながら現状である。
となると、どのようなシナリオが描けるのだろうか。
「もっとも単純な失敗シナリオ」から検討してみよう。
普通に起きてしまいそうな失敗シナリオだが、2008年から2012年の排出量
が2006年度の排出量を上回り、目標値の12億5300万トンを1億トン程度上
回る程度になるというシナリオである。2005年度の排出量が13億6000万トン
であるから、ごく普通に起きる可能性がある。少なくとも、2008年はそうなる可
能性がかなり高い。
(Photo)
鉄鋼業界や電力業界はすでに相当量の排出権を購入したと言われている
となると成功シナリオはどのようなものなのか。2008年は、恐らくプラス1億ト
ン程度となるだろうから、それを2010年までに1億トン削減してプラスマイナス
ゼロを達成し、そして、2012年には現在から2億トン削減を実現して、マイナス
1億トンを達成することにである。
これは実現が極めて困難である。となると、最後の手段は、排出権を買うこと
である。
■最後の手段は排出権購入
不幸にして、「もっと単純な失敗シナリオ」が起きてしまったら、5年間で5億トン
の排出権を購入する必要がある。1トン20ユーロぐらいだとすれば、5年間で1
兆6000万円。さらに値上がりして、1トン60ユーロ、約1万円になったとすると、
年間1兆円、5年間で約5兆円ということになる。
すでに鉄鋼業界や電力業界などは、相当の排出権を購入したと言われてい
る。もともと、1.6%分は、排出権取引などの京都メカニズムを活用して削減す
るという方針になっているからである。その量が年間2000万トン程度である。こ
れを加えると、「もっとも単純な失敗シナリオ」が現実に起きた場合には、年間で
1兆2000億円、5年間で6兆円の出費となる。しかも、そうなる可能性は低くは
ないのである。
政府は、これまで京都メカニズムの活用は、CDMやJI事業を活用し、単なる
免罪符に過ぎないホットエアを購入することは無いとしてきた。ところが、このとこ
ろ十分な議論が行われたかどうかも定かでない状態で、いつのまにか、ハンガ
リーなどからホットエアを購入することになりそうである。その理由は、CDMやJI
よりは、ホットエアの方が安価だからである。
(ホットエアの購入:旧ソ連圏のように、経済的な減速が理由で、予定された削
減目標以下の排出状況になっている国から、その余剰分を排出権として購入す
ること。積極的な削減策が行われたわけではないので、単なる免罪符としての
意味しかない)
2008年度の国家予算では、経済産業省、環境省がそれぞれ160億円程度
の購入の枠を持っている。ハンガリーなどからのホットエアの購入代は、現地で
の環境対策に使用されるからそれで良いとの判断だとしたら、それは、地球上
の人類を救うという温暖化対策の大きな目的を逸脱している。
このような大きな問題に対して、政治家の反応がないことが、実に最大の問題
である。まだ、「温暖化は票にならない」のだろうか。5年後には、政府予算での
ホットエアの購入枠が現在の10~20倍にはなっているだろう。これが本当に、
税金の有効活用なのだろうか。
鉄鋼業界や電力業界の対応も奇妙である。日本には排出量の上限を決める
仕組みは無いにもかかわらず、「自主行動計画」というものに基づいて、大量の
排出権を購入する。これは、株主から見れば、単なる無駄遣いであり、不適切な
利益配分法である。あくまでも自主行動計画であって、どこにも購入の義務は無
いからである。株主からの訴訟によって経営者の責任が問われても、全く不思
議ではない。EUにおける企業行動とは違うので、訴訟に勝てない可能性が高い
と思われる。
(続く)