国慶節に思う。(47-2)

○一部の国が妨害したと

12年前の京都議定書策定の頃からずっと、温暖化対策の議論を国際的にひっ

ぱってきた欧州では、京都議定書に代わる、強制力をもつ削減目標を含んだ合

意が得られなかったと激しく落胆(国際条約における強制力にはそもそも限界が

あるのですが、それでも強制力が文書化されているとしないではやはり違いは

大きい)。会議失敗の責任は誰それにあると「point a finger(指差す)」し批判し

あうことを「blame game(責任のなすりつけあい)」と言います。

ニューヨーク・タイムズのこの記事によると、イギリスのミリバンド環境相(ミリバ

ンド外相の弟)は結果にがっかりしているが、「責任のなすり付け合いをするつも

りは全くない(absolutely not in the blame game)」と発言。しかし英ガーディア

ン紙への20日付寄稿で同じミリバンド氏は「2050年までに排出量50%削減とい

う合意も得られず、先進国による80%削減という合意も出来なかった。両方とも

先進国と大多数の途上国が支援していたにもかかわらず、中国が拒否した」と

中国を名指し。さらに合意の内容に先立ち交渉手続きをめぐり会議のほとんど

の時間が費やされてしまったことを強く批判し、「交渉の構図と性質をめぐる議論

もある。2週間にわたり(会議が紛糾したせいで)時に滑稽な姿を国際社会にさら

してしまった。具体的な内容に関する交渉が、(一部の国によって)今回のように

ハイジャックされることは二度と許してはならない」と。ガーディアン紙は、これは

中国およびスーダン、そしてボリビアを含む一部の南米諸国を指差した批判だ

と指摘しています。さらにミリバンド氏は、温暖化対策協議を取り仕切る国連

気候変動枠組み条約事務局を、大々的に改変する必要があると主張。つまり、

一部の国が話し合いを妨害できる今の仕組みのままでは交渉を続けてもムダだと。

同じ英国のゴードン・ブラウン首相に至っては、「今よりも環境に優しい未来へ進

むための世界的な合意が、ほんの一握りの国々によって人質にとられるなど、

二度とあってはならない」と、国名こそ名指ししないものの、強い調子で非難する

予定です(日本時間21日正午現在)。

BBCによると、コペンハーゲンにおいて「中国政府代表は無礼でぶしつけだっ

たと各方面から非難されている
。しかし中国代表にしてみれば、自分たちは国

民ひとりあたりの排出量をアメリカの6分の1に抑えているのだし、賞賛されこそ

すれ非難されるいわれはないという思いで会議に乗り込んだようだ。にもかかわ

らず、中国交渉団の解振華団長3日にもわたって会議場入場を拒まれる

いう、屈辱的扱いを受けた(米国代表がこんな扱いを受けただろうか?)ことも

あり、温家宝首相が到着したころには中国代表団は、譲歩しない中国が悪い

あちこちから責め立てられ、怒り心頭に発していた」のだそうです。

とすると、中国が途中で会議を退席しなかっただけでも、もしかしたらコペンハー

ゲンは成果を出したのかもしれません。

○米中にとっては「前進」だと

だからでしょうか、米政府と中国政府は共に「non-binding(義務を伴わない、強

制力のない)」このコペンハーゲン協定を評価。AP通信によると、中国の楊潔外

相は「意味のある、前向きな」成果だと評価。オバマ政権も、「偉大な一歩前進

だ」と。

特に米政府としてはそう言うしかないでしょう。そもそもつい先日までアメリカは、

京都議定書に参加していなかったし、そもそも前政権は「人為的二酸化炭素

排出が温暖化の原因」という科学知見すら受け入れようとしなかったのだから。

それに加えて、日本時間20日朝の時点で「主要国が合意」と速報されたそれ

は、オバマ大統領がかなりゴリ押しして実現したものだというのですから。上気し

たようなカッカした状態だった中国を、なんとか丸め込んで。

フィナンシャル・タイムズの科学担当は、コペンハーゲン会議の何が成功で何が

失敗かを整理し、ともかくも「主要排出国のアメリカ、中国、インド、ブラジル、南

アフリカが初めて、平均気温が(産業革命以前より)2度以上高くなる事態を避

けなければ、地球は大変なことになってしまうこと、そしてそのためには『地球全

体の排出量の大幅削減』が必要だと言う科学知見について合意したこと」が、

大の成果
だったと。そのために何か国際法上の義務を負うのはイヤだが、少な

くともお互いが努力することで、この5カ国が合意したことが、何よりの成果だった

と指摘しています。

そしてこの主要国合意こそ、オバマ氏のドラマチックな辣腕によって得られたも

のだというのです。「主要国が合意した、しかし総会が合意を受け入れるかは未

知数」という、日本時間土曜日午前の段階で見つけたニューヨーク・タイムズ

事にはこうありました。

「合意達成のきっかけとなったのは、オバマ氏のドラマチックな登場だった。中国

とインドとブラジルの首脳たちの会合に、オバマ氏がいきなり割って入って、コソ

コソ交渉しないでほしいと伝えた」のだと。この「乱入(intrusion)」を機に話し合

いはさらに進み、主要排出国の合意が形成されたのだと。

これを読んで私はつい、笑ってしまいました。「太陽にほえろ!」で「話はぜんぶ

聞いた」と言いながら入ってくる山さんとか(若い読者は分からないか)、「遠山桜

にはお見通しよ」と見得を切る金さんとか(もっと分からないか)、歌舞伎「暫」で

「し~ば~ら~く~、しばらくしばらく!」と花道からいきなり入ってくる鎌倉権五郎

とか(ますます分からないか)、ともかくそういうスーパーヒーロー的な場面を想像

してしまって。この時はまだ、もしかしたらこのまま合意採択になるかもという希

望があったせいもあり、「もしこの会議を映画にするとしたら、オバマが中国やイ

ンドの密談にいきなり乱入するここが最大の見せ場だな。黄門様の印籠の場面

だな」などと思っていました。

翌日のニューヨーク・タイムズはこのくだりをもう少し詳しく描写。いわく、現地入り

したオバマ氏と温家宝首相の会談が二度設定されたにも関わらず、そのたびに

中国は代理を寄越したのだと。しかも交渉担当者としての「格」をどんどん下げ

て来たのだと(なるほどこれは上述のBBCが言うように「無礼で不躾」と言われて

も仕方がない)。そして米政府側が改めてオバマ氏と温氏の二国間会談を設定

したにもかかわらず、そのとき温首相はインド、ブラジル、南アフリカの首脳たち

と会談していたと。これが上記の「コソコソ会合」ですね。それを知ったオバマ

は急ぎその場に踏み込み、入り口から温首相に「首相、そろそろ会ってもらえま

すか? もう用意はいいですか?(Mr. Premier, are you ready to see me?

Are you ready?)」と呼びかけたのだそうです。つまり中国がアメリカ抜きで、イ

ンド、ブラジル、南アフリカと何かを決めようとしてたところにオバマ氏が踏み込

んだことで、少なくともこの主要排出国5カ国は「温暖化は大変な問題なので自

分たちもがんばるよ」と合意するに至った——ということらしいです。

○勝ち負けで言うと

しかしこういう密室政治的な決め方そのものが、大多数の途上国の反発をか

い、一国一票の総会では合意は採択されず。「take note」という「留意」と訳すと

もっともらしく聞こえますが、英語の感覚でいうと「あ、そう」と気に留める程度の

ことでしかない結末になってしまったと。

フィナンシャル・タイムズは、会議の最大の勝者は「そもそも温暖化なんかない」

と主張する否定論者たちだったと書いています。二番目の勝者は、外交力と交

渉術を駆使して自分たちに最適な結果を獲得した中国。そして最大の敗者は

地球
そのものだと。

けれども(少なくとも欧州では)前向きで具体的な合意を妨げたのは中

だという論調が高まり、
中国が悪者にされているので、果たしてそれで

中国勝利と言えるのか。そして温暖化対策については、COPではない別の場

で、交渉が進んでいくかもしれないし、もし対策が進まなければいずれ人類その

ものが敗者となるので、この場で中国が勝とうが欧州が負けようが結局は無意

味(人類がいなくなっても、地球そのものはこれまでと違う形で生き続けるで

しょう)。と

すると一番最短距離で最大の被害を受けたのは、もしかしたら、気候変動枠組

み条約そのもの、もしくは国連の決定プロセスそのものなのかもしれません。

アメリカは、国連改革必要論の急先鋒だけに、そもそも国連を信頼していない

し、必要ともしていない。欧州はそれよりは国連の多国間プロセスを重視してい

たけれども、今回の苦い経験から国連、使えない!」とそっぽを向き始めて

いる。となると国連はますます途上国フォーラムとなり、もちろんそれはそれで有

意義だけれども、主要先進国がそっぽを向いた状態では、国連は国際舞台にお

ける存在感をますます失ってしまう。国際的な意思決定の場としての国連が、コ

ペンハーゲンでかなりの大打撃を受けた。そんな風に私は思います。

(23日・水曜日のコラムはお休みさせていただきます) 

◇本日の言葉いろいろ
・blame game = 責任のなすりつけあい
・climate = 気候
・sceptic、skeptic = 疑う人、懐疑主義者(scepticはイギリス綴り、skepticはアメリカ綴り)
・non-binding = 縛り付けない、義務のない、強制力のない
・point a finger = 指差す、名指しする
・intrusion = 乱入

◇goo辞書でも読める「ニュースな英語」はこちら
http://dictionary.goo.ne.jp/study/newsword/

◇「ニュースな英語」コラムの一覧はこちら
http://news.goo.ne.jp/publisher/newseng/

◇筆者について…加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。米大統領選コラム、「オバマのアメリカ」コラム、フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。
http://news.goo.ne.jp/article/newsengm/world/newsengm-20091221-01.html

(続く)