番外編・プリウス急加速問題(27)

ここは一つ雰囲気を変えて、今回のアメリカでのトヨタバッシングの背景を分析した解説文を掲

載しよう。その背景がよく分かる。

  

DIAMONDonline 特別レポート
【第36回】 2010年3月1日 


p12.5
トヨタ“推定有罪”の世論を作った謎の人物とLAタイムズの偏向報道
~『ザ・トヨタウェイ』著者の米大物学者が語る衝撃の分析!


ジェフリー・ライカー・ミシガン大学教授 核心インタビュー

世界的な自動車研究の拠点・ミシガン大学の名物教授で、米国におけるトヨタ研究の第一人

者でもあるジェフリー・ライカー博士が、独自の情報源から知り得たトヨタ・リコール問題の“深

層”を語った。同氏は、今回の騒動はロサンゼルス(LA)タイムズと謎の人物ショーン・ケイン

氏によるトヨタバッシング報道に端を発したものであり、巷間言われている製造エンジニアリ

ングの根本的な問題ではないと断じる。この見方を、『ザ・トヨタウェイ』の筆者によるトヨタ

護論とばかりも言い切れない。専門家ならではの冷徹かつ詳細な説明には、日本では報じら

れない数々の衝撃的な情報が含まれている。(聞き手/ジャーナリスト 大野和基)

(Photo)
ジェフリー・K・ライカー
(Jeffrey K.Liker)
世界的な自動車研究のメッカであるミシガン大学工学部産業およびオペレーション・エンジニアリング学科の教授。ジャパン・テクノロジーマネジメント・プログラム、リーン生産開発プログラムを同大学で創設。トヨタ自動車生産現場の人とモノのシステムを分析した著書『ザ・トヨタウェイ』は、新郷重夫賞を受賞した。ほかにもリーン生産や日本の製造業に関する著作、論文は多い。ノースイースタン大学で産業エンジニアリングを専攻、マサチューセッツ大学社会学博士号を取得

―米国現地時間で2月24日に行われた豊田章男社長が登壇した公聴会を観たか。

 観た。

―全体的な感想は?

 豊田氏は、ひどく無礼な物腰の議員たちから悪意を持って攻撃された。議員たちは彼の会

社を人を殺したとして(killing people)、露骨に非難し続けた。彼らに真実を知りたいという気

持ちはなく、公聴会の前に、すでに豊田氏を裁いて有罪だと決めつけていた。
 
実際は、電子系統の欠陥のために急加速して誰かが亡くなったという証拠など一切ない。集

団訴訟という法的な文脈において犠牲者という言葉があるだけだ。それなのに、(豊田氏は)

まるですでに有罪になった殺人者のように扱われていた。彼が発するいかなる言葉も、彼に

不利に扱われた。そんな針のむしろの状況で、豊田氏は真相の究明と会社の改善について

真摯に取り組むと何回も冷静に繰り返した。彼は自分にそのこと(今回のリコール問題)につ

いて知識がないことは認めはしなかったが、決して保身の態勢に入らなかったことは良い。私

は豊田氏の沈着と誠実、そして問題を解決しようとする真剣な姿勢にひどく感銘を受けた。

―しかし表面上、トヨタは突然大きくよろめき始めているように見える。そもそも、アメリ

カ人はトヨタの何を問題視しているのか。

 急加速問題に関する苦情は(トヨタに限らず)かなり以前からあったが、元をたどれば、ロサ

ンゼルス(LA)タイムズのある記者がトヨタ車の加速問題に焦点を絞って調査を始めたことに

(今回の一連の騒ぎは)端を発する。実はこの記者はショーン・ケインという人物と組んで、一

緒に調査をした。資金トヨタに対して集団訴訟をする弁護士たちが出している。

 ショーン・ケインはSafety Research and Strategiesというウェブサイトを持っていて、そこに

トヨタ車での負傷事故などトヨタ車の安全に関する情報ばかりを載せている。彼は、この10年

で、“意図せぬ急加速”で負傷した人が2000人以上、死亡した人が約18人いると言っている。

ある女性がトヨタ車を運転していたら、突然加速し始め、木にぶつかったというような情報を

たくさん持っている。その集団訴訟の主要証人が彼だ。

 そしてLAタイムズの記者と一緒にメディアの力を使ってトヨタを叩いている。このLAタイムズ

の記者は、かなり前からトヨタの記事ばかり書いている。トヨタはこの10年で“意図せぬ急加

速”のケースが20%増えたとか、市場シェアは(2010年1月実績で)14%なのに(急加速問題

の)データの4割をトヨタが占めているとか書き立てている。つまり、トヨタの問題が異常に多

いと主張している。

 推測は入るが、(タイミングを考えても)こうした報道を受けて、NHTSA(米運輸省道路交通

安全局)はトヨタを問題視するようになったと思う。その後、NHTSAはトヨタに、“意図せぬ急

加速”に関してこれだけの報告があるが、何が問題かとトヨタに問い質した。だがトヨタが実際

に調査を始めても、本当の問題の証拠が見つからなかったというわけだ。

 実はNHTSAには、毎月3万件以上のこの種の苦情メールが届く。自分の車が勝手に加速

したというたぐいのものだ。

 NHTSAはその苦情を調べて整理しなければならないが、どれが本当でどれが嘘かわから

ない。彼らが見るのは傾向である。ある傾向が目立ってくると、自動車メーカーに何が起こっ

ているのか問い質す。自動車メーカーはそれを受けて調査する。10年間でざっと2000件であ

れば、1年あたり200件。(調査しきれないほど)さほど大きな数字ではない。そこでトヨタは調

べた。だが、フロアマット以外では何の問題も見つからなかったのだ。

 トヨタによれば、米国では、世界のどの国よりも、ゴム製で黒色のall weather(全天候型)フ

ロアマットの人気が高い。どんな天候にも耐えるし、泥や水で汚れても洗い落とすのが簡単な

ため、アメリカ人はそれを好んで使う。ここに、ひとつ重要な点がある。このマットを使うならば

本来、時間をかけてクリップできちんと止める必要があるが、アメリカ人は床にポンと置くだけ

の場合が多いということだ。このゴム製マットはトヨタ製ではない。きちんとはまるものもある

が、そうではないものもある。

 トヨタは、米国が“意図せぬ急加速”に関する苦情が他の国に比べて群を抜いて多いことに

気付いた。そして、このゴム製のマットが引っ掛かったいくつかのケースを立証することがで

きた。トヨタはNHTSAに対して「アメリカ人はこのゴム製のマットを使っていて、アクセル・ペダ

ルをひっかけている」と伝えた。だがNHTSAはフラストレーションを感じていたのだろう。「他

に何か原因があるに違いない」と言い返した。

 LAタイムズの記者とショーン・ケインは、“意図せぬ急加速”問題の増加はトヨタが電子制御

スロットルシステム(wire electronic throttle system)を導入した時期と一致すると主張する。

つまり、彼らは、電子制御スロットルシステムに問題があるというスタンスを取っている。一方

トヨタは、電子制御スロットルシステムの欠陥を見つけられないとの主張を繰り返している。

トヨタは電磁気が強い発電所にまで持って行ってテストしたが、それでも何の問題もなかった

という。

 確かに技術的に見ればそうした不具合がトヨタ車に起きるとは私にも思えない。というのも、

2つの異なったコンピューター・プロセッサがペダルに装備されているからだ。一方が他方と

は異なるメッセージを受け取れば、電子制御スロットルを止めて、加速が止まる。だからトヨタ

にすればアクセルが勝手に加速するシナリオは考えられないのだ。

 だがNHTSAは、LAタイムズの記者から追及を受け、その対応の遅さについて書きまくら

れ、ショーン・ケインからプレッシャーをかけられ続けた。一方、トヨタ側は電子制御スロットル

システムに欠陥があるという証拠はないと言い続けた。私の推測では、NHTSAは少し苛立

って、トヨタが言い訳をしているように感じたのではないか。

トヨタ側に非はないということか。

 こう答えよう。もちろん、サンディエゴで起きたレクサスの事故(家族4人が死亡)は悲惨なも

のだった。しかし、あのときメーカーの違うフロアマットを置いたのはレクサスのディーラーであ

り、しかも事故車は代車だった。問題は、ペダルにくっついたフロアマットだったのだ。

 もっとも、この事故が、NHTSAとトヨタに大きなプレッシャーを与えたことはいうまでもない。

トヨタは原因を調査し、一体自分たちに何ができるかと問うた。フロアマットに問題があるとす

れば、本来それは顧客の使用方法の問題だ。人がどんなマットを車のフロアに置くかまでは

(自動車メーカーには)コントロールできない。中にはマットの上にさらにマットを置く人もいる。

つまり2枚使う人もいる。トヨタの設計ではペダルとマットの間のスペースは工場でマットがつ

けられた状態がちょうどいい具合になっている。しかし2枚使うと十分なスペースがなくなる。し

かも、ゴム製のマットは普通のカーペットよりも分厚い。

 そこでトヨタは基準変更を決定し、すべてのペダルについて全天候型マットを元のマットの

上に置いてもスペースが十分確保できるようにした。そのやり方はペダルを切って短くするこ

とだった。だから最初のリコールは、ペダルを短くすることだったのだ。

 トヨタは直ちに公示を出して、すべての顧客に実際に起こっていることを説明した。つまりマ

ットに問題があるかもしれないから、この車を持っていたら、マットとペダルのスペースが十分

ではないので、そのマットをトランクに入れてください、こちらから連絡するという公示を出し

た。
 
 本来はマットを取りだす必要などない。マットがクリップで止められている限りはそのままで

良いからだ。しかし、前述したとおり、現実にはクリップで止めていない人もいれば、その上に

黒のマットを置いている人もいるため、トヨタは念には念を押してマットを取りだすように伝え

たのだ。

 しかし、これがネガティブに捉えられ、あっという間に大ニュースになった。品質で評判のトヨ

タに何か起きたのか?全米の報道機関が大々的に報じ始めた。他のメーカーの、黒の全天

候型のマットがどうしてトヨタの品質に関係あるのか?はっきり言って何もない。しかし、トヨタ

は必要以上に慎重に対応した。その結果が、ネガティブ報道だった。

―しかし、問題はフロアマットにとどまらない。その後も、次々と問題が明るみに出ている。

 時系列にもう少し説明しよう。

 (トヨタがNHTSAにフロアマットの取り外しなどの安全対策実施を通知した)10月、間の悪

いことに、カローラなどにsticky(べとべとくっつく)ペダルの問題があることが分かった。米CT

S社製のアクセル・ペダルだ。

 CTSが作るペダルは複合材料でできていて、何年も経って摩耗したり、水滴にさらされると

ペダルの戻りが遅くなる。そうなると、顧客はイライラする。ただ、ブレーキに問題はない。だ

から、トヨタは当初、リコールする気はなかった。

 ところが、この問題にメディアが再び牙をむいた。トヨタ車を運転している人なら誰でも急加

速してポールや他の車にぶつかるような書き方をした。トヨタ車を運転するのは安全ではない

から、ガレージに入れておくようにというようなセンセーショナルな報道も増えていった。ちなみ

に、stickyペダルの問題が特定できたのは200万台のうち20台にすぎない。しかも、新車には

問題はなく、かなり時間を経た旧モデルだった。

 繰り返すが、200万台に20台だ。道路を渡っているときに車に轢かれる可能性の方がまだ

高い。しかも、トヨタによれば、stickyペダルによる確認された事故はない。また、繰り返す

が、ブレーキは効く。それでも、人はナーバスになるのだから、奇異な感じだ。

 結局、トヨタはリコールを決めて、そのことをNHTSAに伝えた。しかし、問題はそれで済ま

なかった。NHTSAはリコールだけでは不十分であり、“不具合”が直るまでは製造を止めるよ

うに言った。そして、トヨタが製造を1週間止めると、今度はメディアが「トヨタは品質に問題が

ある」「トヨタの車は安全ではないから、製造をやめた」と反応した。テレビでは、デイビット・レ

ターマン(有名なショーのホスト)が「信号で止まってバックミラーを見ると、何が見えたと思

う?トヨタだった。それは止まらずに私の車に向かってぶつかり、私は死ぬところだった」とジ

ョークを言ったりもした。

 そこに来て、プリウスのブレーキペダル問題が浮上した。トヨタによれば問題があるのは5

台だけだという。ここでもトヨタは安全の問題とは思わなかった。というのも、レギュラーブレー

キシステムには問題はなく、横滑り防止のABSが作動するような状況において、その前に少

し(ブレーキの効きが)遅れる“感じ”がするというものだったからだ。(その遅れる感じ)は1秒

以内だ。ちょっと変な感じはするが、危険ではない。ブレーキは効く。トヨタに限らず、エンジニ

アならば、リコールに値しないという判断を下すだろう。だが、トヨタはこの問題でも“秘密主

義”だと罵しられ、結局はリコールに踏み切った。トヨタは良かれと思って1月に(ABSの)制御

プログラムのアップデートを無償で行うと発表した。それがまたネガティブ報道の連鎖を呼ん

でいるのは周知のとおりである。

 ここで疑問がわく。なぜ叩かれるのがトヨタだけなのか、と。なぜならフォードもフュージョン

ハイブリッドで、トヨタと同じブレーキシステムに関する不具合の苦情を受けている。だが、フ

ォードはディーラーに修正の指示をしただけでリコールせず、しかもメディアはそのことをほと

んど報じていない。また、ホンダは一部モデルがウィンドウ・スイッチ部分の不具合で発火す

る恐れがあるとして何十万台という車をリコールした。しかし、このケースもトヨタのような注目

を集めなかった。ほとんど無視された。

―なぜトヨタだけがこんなに耳目を集めているのか。

 まずマスコミは、センセーショナルなストーリーを探している。サンディエゴの事故は非常に

象徴的だ。また、トヨタは世界最大の自動車メーカーであり、品質と安全において高い評価を

得ている。だから、ニュースストーリーとしておもしろい話になる。

 タイガー・ウッズの浮気問題にはメディアが群がる。世界中で何人の人が浮気をしている

か?浮気をしたからと言って新聞の一面には出ないだろう。ウッズがトップ記事になるのは、

彼が有名であり、評判が良く、ヒーローであるからだ。

―彼のイメージもクリーンだった。

 そうだ。イメージがクリーンだったから、ニュース価値がある。クリーンイメージのある人が

道を誤るとニュースになる。元々悪いイメージの人が道を誤ってもニュースにはならない。

 もちろん、ホンダもクリーンなイメージを持っている。しかしホンダはビジネスのやり方が静

かで目立たないし、世界最大の自動車メーカーではない。一方、トヨタはとにかく目立ってい

る。“カイゼン”というモットーを持ち、他社が真似をしようとするくらいだ。

―信用を取り戻すためには、トヨタは今何をすればよいか。

 トヨタがやるべきことは、極めて明快である。まず問題を封じ込めること。それから解決だ。

今すでに封じ込めのモードに入っているが、まだ終わってはいない。メディアからの攻撃、NH

TSAからの攻撃、今は米国政府からの攻撃を受けている。トヨタは今攻められている。だか

らまず自分たちを守らないといけない。

 今彼らにできることは、攻められるたびに「顧客を失望させて申し訳ない。すみませんでし

た。問題を解決します。リコールします」と守備モードで行くことだ。他にできることはないと思

う。守備モードというのは、否定することではなく、問題があれば、「我々は間違いを犯した。

だからリコールする」という意味だ。

 現在のトヨタは、ガキ大将に殴られまくっているような状況だ。そのまま殴らせて我慢しなけ

ればならない。反撃するとさらに悪化する。NHTSAもメディアからトヨタに甘すぎると非難さ

れ、「トヨタはこの件で逃げ切ることはできない。市民の安全のために監視している」と厳しい

警官のように行動し始めているのだから、今はとにかく我慢して謝罪するしかない。

プリウスは本来リコールする必要はなかったと思うか。

 ノーマルな状況ではしないが、今はノーマルな状況ではない。

―今の問題はトヨタの経営の方法論に起因するものだと思うか。

 ニューヨーク・タイムズは、トヨタの問題について「何らかの問題があることはわかっていた

が、それに注意を促したくない。なぜならそれは自分たちのイメージに悪いからという人がい

る」からだと大々的に報じていたが、トヨタでリコールの決定に責任がある人が本当に今回の

問題を隠そうとしていたかどうかは私にもわからない。そもそも、安全の問題なのかということ

もある。

 ちなみに、私が集中的に研究してきたのはトヨタのエンジニアリングと製造の部分で、PRや

リコール関連ではない。

 質問に戻れば、今後豊田氏がイニシアティブをとって内部調査をすれば、会社の慣習で気

に食わないことが出てくるかもしれない。それは直さなければならない。

 トヨタ報道もやがては鎮静化し米国政府からの攻撃も止むことだろう。そうなれば、

breathing room(一息つける時間)ができ、トヨタにも実際に問題を解決する余裕が出てくると

思う。必然的に品質も安全性もさらに向上することになるだろう。すでにトヨタは一部高級車

に限られていたブレーキ・オーバーライド・システム(アクセルとブレーキが両方踏まれた場

合、アクセルが緩むシステム)をすべての車に順次搭載していくことを発表している。こうした

動きは、他の自動車メーカーに対して、同レベルの安全対策を施すようプレッシャーをかける

ことになるだろう。

 確かに、トヨタは優柔不断だった。事態に対応するのに時間がかかった。秘密主義で対応

したという批判が出るのも無理はない。しかし、今回の一連の騒動が、トヨタの製造エンジニ

アリングの根本的な問題を示しているものだとは私は思わない。

<聞き手プロフィール>
おおの かずもと
1955年兵庫県西宮市生まれ。東京外語大英米学科卒業後、1979~1997年在米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学基礎医学を学んだ後、ジャーナリストの道に進む。著書『代理出産 生殖ビジネスと命の尊厳』(集英社)など。

http://diamond.jp/articles/-/2530

  

4月15日の当ブログNO.10でも、このことは説明している。この論文では、メディアの横暴と

言うか暴力をよく現している。そしてその背景には、自己防衛を謀るオバマ政権がいる。先の

ブログではメディアの力については、それほど言及されていなかった。そこでは次のように伝

えただけだったが、NHTSAなどの政府機関を動かすのには、メディアの力は侮れないので

ある。

「またケインから情報提供を受けたロスアンゼルス・タイムズの記者たちも、トヨタ車に限って急加速問題を報道し続けたのである。そのため殊更に問題は大きく広がっていったものと思われる。」
(続く)