大統領はN.Y.の金子元法相に秘密書簡を送っていた。午後11時、金子は
それを受け取った。
「日本は賠償金のために会議を打ち切って戦争を継続すれば、世界の各国から
の同情を失うであろう。多数の議員からも反発の意見を聞く。自分も同意見で
ある。」と言うものであった。
金子は当然びっくり仰天した。大統領は「金のための戦争はするな、賠償金
要求は放棄せよ」と言っている。そして「日本があくまでも賠償金に固執すれ
ば、米国と世界の世論は日本に反発する。多分外債募集も困難となろう。」と警
告しているようなものであった。皇帝宛の親電には、「報酬金を支払わざるべか
らず(ロシアは日本に、報酬金を支払うべきである)」とまで明記してくれたで
はないか。
金子の頭の中では、転地がひっくり返っていた。そのため、大統領の突然の変
心を告げる書簡を、即座に小村に通報しなかったのであった。大統領は、ウィッ
テにはその写しを届けていた。
8/23(水)、早朝大統領は駐米英国大使H・デュラントにも電報を送った、「日本
が賠償金のために継戦することには大反対である。英国も自分の意見に賛同し
て欲しい」と言ったものであった。そして駐露米国大使マイヤーにも、電報し
た。「(賠償金の放棄を)今日本を説得しようとしているので、ロシアは自分の勧
告に応ぜよ。」と皇帝に進言せよ、と言うものであった。
そして更に金子に、前日の趣旨をしたためた書簡を郵送した。内容は(意訳だ
が)次の2点であった。
(1)日本は既に韓国、満州の支配権、遼東半島および満州鉄道の租借権を得
て、樺太にも地歩を確立した。これ以上戦っても、費消する費用にふさわしい賠
償金を獲得するのは、不可能である。だから、勝っている内に戦争を終わら
せて、早く列国の一員になったほうが身のためである。
(2)世界の列国は日本が平和を確立することを信頼している。これほどまでに世
界が日本に期待しているので、日本はその期待にこたえる義務がある。世界
の日本に対するこの信頼を損なうことの無いよう切望する。
要するに、「12億円」のために戦争を継続させるな、賠償金は諦めよ、既得の
利益を拡大して「元」を取れ、と言うものである。
そしてウィッテにも以上の全て(金子への書簡、英国大使への電報、駐露大使
への訓電)を電報で伝えた、金子への書簡は全て郵送であったが。
8/23,午前9時50分、5日振りに談判が開始された。(8/18→8/23)
ウィッテは「本国から拒否訓令を受けた。ついては談判は不調に終わるが、
新奇なる事情が生じたので少し延期したい。」と続けた。新奇なる事情とは、皇
帝から大統領への回答が必要と言うことと、大統領の金子を通じた対日説得
工作、のことである。しかし小村は(大統領が皇帝に賠償金の支払いを勧告した
ことは知っているが)金子元法相に「賠償金の放棄」を説得した「変心」は伝え
られていない。
小村は、大統領の親電に対するロシア側の検討が長引いているものとだけ推
察し、延期に同意する。そして8/26(土)の午後3時までとし、本国からの訓電が
遅れれば更に延期することとした。そして本日の会議は午後2時まで休憩となる。
(続く)