世の中、何だこれ!(TPP,16)

雇用が落ち込んでいる

 こうしたグローバル化の成果が表れている一方、韓国国内では「雇用創出力の低下」「所

得格差の拡大」といった問題が顕在化してきた。


 まず、雇用創出力の低下である。2000年代に入って以降の雇用創出(就業者数の対前

年増加数)は2002年の59.7万人が最大で、2005年以降は40万人を下回っている。雇用

創出力が低下した要因には、(1)投資が伸び悩んでいること、(2)半導体や液晶パネルな

どの輸出産業は資本集約的であるため、投資拡大に伴う雇用創出効果が小さいこと、

(3)輸出産業は、製品の製造に必要な中間財の多くを輸入していること、(4)雇用創出効

果の高いサービス産業の発展が相対的に遅れていることなどが指摘できる。また、国内に

おける投資伸び悩みの一因に、企業による海外生産の拡大がある。


 韓国の統計上の失業率は低いが、必ずしも実態を反映するものではない。その理由と

して、景気が悪化すると「非労働力」が増加することがある。求職活動を断念する人が増え

るほか、若年層では就職予備校や公務員試験予備校、大学院などへ通う者が増える。

また韓国には個人企業が多く、景気が悪化して閉店しても失業率に反映されにくい。


 若年層の「事実上の失業率」は20%を超えるとされている。いわゆるSKY(ソウル、

高麗、延世)の一流大学を卒業しても大企業に就職できる者は限られている。大学進学率

が80%を超えたことも就職難の一因となっている。意欲あふれる若者が多数いる一方、高

学歴の「無業者」が相当数存在しているのが韓国の今である。


 李明博大統領は大統領就任時に、減税と規制緩和を通じて経済を活性化させて雇用機

会を創り出すと国民に約束した。グリーン・ニューディール事業の推進や知識基盤型の

サービス産業の育成を進めている。しかし、これまでのところ目立った成果を上げていない。


所得格差が拡大、相対的貧困率は11%台から12%台へ


 次に、所得格差の拡大である。農家・単身世帯を除く全国世帯の所得(可処分所得ベー

ス)格差を見ると、ジニ係数(1に近いほど不平等度が大きい)は2003年に0.277だったも

のが2010年には0.288へ上昇した。上位20%の下位20%に対する所得比率は4.43か

ら4.81へ拡大。相対的貧困率(所得の分布における中央値の50%に満たない国民の割

合)も11.4%から12.5%へ上昇した。


 輸出産業が集積している地域では経済が発展しているのに対して、それ以外の地域で

は経済が停滞し、人口のソウル首都圏への流出が続いているのも問題である。


 このことが李政権に対する支持率の低さや先日実施されたソウル市長補欠選挙におけ

る与党の敗北につながっているのは間違いない。大企業への経済力集中を批判してきた

市民運動家出身の弁護士である朴元淳氏が若者の支持に支えられて当選したのは、政

権与党に大きなショックを与えた。2012年に予定されていた法人税率の引き下げ(所得税

最高税率を35%から33%に、法人税最高税率を24%から22%)を撤回したのは、大

企業優遇に対する世論の反発を考慮してのことである。


 このように、グローバル化FTA推進は国民全体にあまねく利益をもたらしているわけで

はない。正規職でなおかつ知識や技術を生かせる「質の高い」雇用機会の創出と格差の

是正などが課題として残されている。


貿易自由化に臨み農業者の規模拡大輸出を振興


 FTAを推進していく上で課題となるのが、それによってマイナスの影響を受ける農業へ

の対策
である。韓国はどのような対策を講じてきたのであろうか。


 韓国の農業を見ると、日本と同じ特徴がある。2009年現在、農家1戸当たりの耕地面積

が1.45ヘクタールと小さく、耕地に占める水田の割合は49.3%と高い。若年層が都市に流

出したことにより、農村における1戸当たりの世帯人数2.61人と日本を下回る。その一

方で、60歳以上の人口が44.7%と日本を上回っている。また農業以外の所得機会が少な

いため、専業農家の比率が58.0%と高いことが特徴である。


 農業政策を見ると、韓国政府は80年代以降、譲渡所得税の減免を通じることで農地の

売買・賃貸借を促進し、経営規模の拡大を図ってきた。政策の効果が上がっているかどう

かはともかく、機械を多く所有する農家を中心に経営規模が拡大している(図表2)。高齢に

より農作業の継続が困難になった農業者が、その解決策として農作業の委託や農地の賃

貸を始めたことが背景にある。
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 高齢者の引退と経営規模の拡大を促すため、米作農業者を対象とした「経営委譲直払

い制
」(引退時から70歳まで一定額の補助金を支給)を1997年から実施した。その後、

政府はFTAを推進するなかで、対象者を米作以外の畑作や果樹農家を広げるとともに、

支給期間を75歳にまで延長した。


 さらに2011年1月に「農地担保」年金制度を導入した。これは65歳以上の農家に対し

て、所有する農地を担保に毎月年金を支払い、死亡後に土地が売却される制度である。

生活の安定とともに土地の流動化を図ることが目的だ。


 韓国政府は、規模の拡大を図る一方、90年代に入ると、農産物の高品質化と輸出の拡

大にも力を入れた。実際、施設栽培の野菜(キュウリ、ナス、パプリカなど)、梨、リンゴ、ス

イカなどの果物で輸出が拡大している。輸出拡大の役割を担っているのが韓国農水産物

流通公社
である。主な事業は、(1)生産から輸出まで主導する輸出組織の育成、(2)輸出

用共同ブランド(「フィモリ」)の育成・普及と品質管理、(3)人材の育成、(4)安全性の管

理、(5)有望品目の発掘、(6)海外事務所を通じた輸出ネットワークの構築などである。

最近の成功例にシンガポール向けのイチゴがある。収穫から売り場まで温度を維持できる

コールド・チェーン・システムを韓国農水産物物流公社が中心になって整備したことが輸出

拡大
に貢献した。

(続く)