世の中、何だこれ!(TPP,17)

可能であれば例外品目にする、できない場合は関税撤廃時期を遅らせる

 一連のFTA交渉において、韓国政府が農業分野でとった姿勢は、(1)可能であれば例外

品目にする、(2)それができない場合は関税撤廃時期を遅らせる、(3)影響を最小限に抑

えるために、経営規模の拡大や施設の近代化など農業の構造改善を図る一方、所得を補

償するなどである。


 これまでに締結したFTAを見ると、そのすべてにおいてコメを譲許対象から除外した。関

税を撤廃する時期については、チリとの間(2004年発効)でトマト、キュウリ、豚肉などを

10年以内、米国との間で牛肉を15年以内、EUとの間で豚肉を10年以内にすることで決着

した。


 チリとのFTAは、農民の強い反対を受けて国会での批准合意案への採決が進まなかっ

た。しかし、支援額を増額することで、批准にこぎつけた経緯がある。


 一方、野菜や果物など輸出拡大が見込めるのものとは異なり、畜産や穀物などでは輸

入増加が避けられない。豚肉は、米国との間で2016年に、チリとの間で2013年に関税を

撤廃する必要がある(EUとの間では今後10年以内)。残された時間は少ない。


 農業への支援策として韓国政府は、2007年11月、韓米FTAを推進する補完策とし

て、2008年からの10年間に総額20.4兆ウォンの投融資計画を発表した(現在、増額を検

討中)。


 主な内容は

(1)
被害品目の競争力向上(生産施設の近代化、ブランド経営組織の育成、牛肉のトレーサ

ビリティ制や原産地表示制度の拡大、野菜類の生産地から消費地までの低温流通システ

ムの構築など流通構造の改善)

(2)
専業農業者の所得補償及び経営規模の拡大

(3)
成長を牽引する食品産業の育成――高品質・エコ農産物の生産基盤拡大、研究機関や

大学と食品企業のクラスター形成など

(4)
農家登録制に基づき、専業農業者を支援する効率的な政策支援体系の構築

(5)
農業法人の農地所有要件の緩和や都市・農村間交流の促進など農業・農村活性化のため

制度改善などである


 韓国政府は「輸出依存度が高い韓国にとって、経済のグローバル化は持続的成長を図

る上で不可欠である」との認識に基づき、グローバル化によってマイナスの影響を受ける

農業の在り方を模索してきたと言える。関税引き下げに関しても、国内農業に最大限配慮

して対応した。韓国がTPPにこれまで関心を示してこなかったのは、2国間FTAよりも例外

扱いができる農産物が少なくなることを危惧したのであろう。


 上記の(1)~(5)農業の構造改革を進め、農産物の輸出が増加しているとはいえ、農

家の不安は決して払拭されたわけではない。このことは米韓FTAに反対する声が依然とし

て大きいことからうかがえる。このように「グローバル化で先行する韓国」は「雇用創出力

の低下
」「所得格差の拡大」といった問題に直面している。日本がTPPへ参加するにし

ろ、FTAを進めていくにしろ、韓国の経験を生かしていくことが重要である。


このコラムについて

農業でも、日米関係でもないTPPの見方
環太平洋経済連携協定(TPP)をめぐって賛成派と反対派が激論を戦わせている。

日本の農業が壊滅する!
参加しないと日本は孤立する!
米国の陰謀に乗ってはならない!
強い言葉が飛び交う。

だが、これらの議論は「日本の視点」に偏っていないか?
TPPは多国間の貿易協定だ。
日本と米国以外の国がTPPをどのように見ているのか知る必要がある。

交渉に参加していない他の環太平洋諸国の態度も参考になる。
自由貿易協定(FTA)の網を世界に張り巡らす韓国は、なぜTPP交渉に参加していないのか?
ASEAN諸国も一枚岩ではない。
ベトナムが交渉のテーブルに着く一方で、タイは参加していない。

環太平洋に位置する多くの国にとって、貿易相手の首位は中国だ。
TPPは対中貿易にどんな影響をもたらすのか?

この連載では、TPPを見る環太平洋諸国の視点・考えを各国の専門家に伝えてもらう。
⇒ 記事一覧

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20111109/223715/

向山 英彦(むこうやま・ひでひこ)
日本総合研究所 調査部上席主任研究員。
専門は韓国を含むアジア経済。
中央大学法学部博士後期過程中退、ニューヨーク大学修士
2006年より中央大学経済学部兼任講師。

特集記事(百家争鳴、TPPはどこへ行く)
http://business.nikkeibp.co.jp/special/tpp/?mlh2

            
これで見ると、韓国は80年代から農業の規模拡大をはかり、90年代には高品質化や輸出

拡大策を実施するなどの構造改革を地道に実施してきていることがわかる。菅直人のよう

に単なる思い付きでの開国策ではない。日本が今から農業の構造改革を始めるとなる

と、(必ずしもそうではないと思うが)韓国に対して30年も遅れてスタートすることになる。

そうなると民主党の進める農業の構造改革の内容と進め方が問題となる(農業だけではな

いが)。今もってその具体策が見えないのだ。


韓国での米韓FTAでの問題は、したがって、農業問題はすでに過去のものとなっている。

もちろん農業は問題となってはいるが、今問題となっているのは農業を通り越して医療・保

険などのサービスや投資分野に移っている。その元が、例のISDS(投資家・国家間訴訟

制度、Investor-State Dispute Settlement)条項である。

(続く)