世の中、何だこれ!(TPP,19)

野党は「韓米FTA憲法違反」とけん制

 韓国の憲法第6条1項は「憲法によって締結、公布された条約と一般的に承認された国

際法規は国内法と同じ効力を持つ」としている。つまり 韓米FTAは国会の批准後国内法と

同じ効力を持つ。さらに「新法優先の原則」によって、韓米FTAと衝突する既存の法律は

改定するか、廃止するかして、韓米FTAとの整合性を取る必要がある。


 韓国にとって韓米FTAの批准は、関税を撤廃することで自動車や部品の輸出が有利に

なる貿易条約というより、国内法までも変えてしまう新法を制定するのと同じ重みを持つ


 これに対して米国は、韓米FTAによって法律や制度を変える必要がない。州法や連邦

法が韓米FTA条約より優先する



 野党・民主党は「韓米FTA は韓国の憲法第119条が認める経済民主化を否定している」

として、「憲法第119条経済民主化特別委員会」を結成した。「韓米FTA条約が憲法に優

先する
ので、韓国の経済制度に国が関与することができなくなる」との理由で韓米FTA

反対している。


 憲法第119条1項は「大韓民国の経済秩序は個人と企業の経済上の自由と創意を尊重

することを基本とする」と定めている。2項「国家は均衡な国民経済の成長及び安定と適正

な所得の分配を維持し市場の支配と経済力の乱用を防止し、経済主体間の調和による経

済の民主化のために経済に関する規制と調整を行える」と続く。


 民主党の声明を読むと、地域経済を活性化させるべき政府の役割より、韓米FTAが優

されるようになれば、農業と中小企業の存立が危なくなるという。例えば韓国は2010年

末に流通産業発展法を制定した。大手ディスカウントストアが在来市場(商店街)に出店

できないように規制するものだ。この法律は「投資家の利益に損害を与える制度である」と

して米国の投資家から訴訟を起こされる可能性が高い。


 野党は、中小企業や中小商人を大手企業から守るため、特定の業種には大手企業が

参入できないように規制することを目論んだ。しかし、これに対して、外交通商部が「韓

FTA違反になる」と既に警告している。


一度市場を開放したら元には戻せない


 韓米FTAは韓国と米国の両方が均等にメリットを得るために結ぶ条約のはずだ。だが、

以下の疑問が国民の間で高まっている。本当に均等な利益が見込めるのか? サービス

市場が開放されれば、医療や保険はどうなるのか? 韓国が得られる利益より損の方が

多い
のではないか?


 これらの疑問に対して外交通商部はプレスリリースを通じて、以下のように説明し「安心し

てほしい」と訴えている。「ISDによって公共政策が毀損されることはない」「
国民健康保険

も現状のまま維持する」「公企業によって水道・電気を運営する権限も維持される」。


 韓米FTAは、一度市場を開放したら元には戻せないratchet条項と、開放しないサービ

ス市場を明記するnegative list方式を採用している。 外交通商部は「違う」と言うが、 野

党は韓米FTAによって「国民の生活が大きく変化する。医療制度と医薬品、保険制度、郵

便制度、金融制度、著作権制度が変わる」「1%のメリットのために99%が犠牲になるのが

韓米FTAだ」と言う。一般市民にとっては「何が変わるか分からない」「一度実行したら、

元に戻せない
」というのがいちばんの不安である。


煮つまらない議論は、「要は大統領選対策」との疑念を抱かせる


 批准を前に、韓米FTAの賛成派と反対派が討論するテレビ特番が増えている。番組では

毎回同じ言い合いの繰り返しである。


 賛成側は「韓国も香港やシンガポールのように外国人が投資しやすい国にして経済を成

長させるべき」「日本や中国よりも先に米とFTAを結ぶことで、市場を確保し有利になれ

る」「すべての業種が満足する制度はあり得ない」という論理を展開する。一方、反対側

は「韓米FTAによって大手企業だけが得をする。一般庶民と農民の生活は苦しくなるだけ

なので再交渉が必要」「米に従属させられないよう、少なくともISDは廃棄しないといけな

い」と主張する。


 賛成派が「韓国が米国に輸出する際に払う関税がなくなるから、輸出が増えて経済が活

性化する」という論理を展開すると、反対派は「韓国が得をすると言われる自動車や部品

は、韓国内生産より海外生産の割合が高い。関税で得をする分はそれほど大きくない」と

反論する。反論はまた別の反論を生むだけで、議論は平行線のままである。


 どうすれば、多くの韓国人が損をしない韓米FTAを締結できるかの議論には至らない。

与党も野党も、韓米FTAを利用して国民を刺激し、2012年の大統領選挙を有利に展開す

ることだけを目的にしているように見えてしまう。


 韓国の国会は 韓米FTA批准するか拒否するかを選択できるだけで、その条項を

することはできない。韓米FTAの内容が韓国にとって不利であることが予想できても、で

きるのは「拒否」だけだ。国会は、韓米FTA批准のための次の会議を11月10日と11月24

日に予定している。与党が批准に成功するのか? デモと野党の反対を受け入れ米国と

の再交渉が始まるのか? 韓米FTAが発効するまではまだまだ時間がかかりそうだ。


このコラムについて

日本と韓国の交差点
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20100818/215834/

 韓国人ジャーナリスト、研究者の趙章恩氏が、日本と韓国の文化・習慣の違い、日本人

と韓国人の考え方・モノの見方の違い、を紹介する。同氏は東京大学に留学中。博士課程

で「ITがビジネスや社会にどのような影響を及ぼすか」を研究している。

 趙氏は中学・高校時代を日本で過ごした後、韓国で大学を卒業。再び日本に留学して研

究を続けている。2つの国の共通性と差異を熟知する。このコラムでは、2つの国に住む

人々がより良い関係を築いていくためのヒントを提供する。

 中国に留学する韓国人学生の数が、日本に留学する学生の数を超えた。韓国の厳しい

教育競争が背景にあることを、あなたはご存知だろうか?

⇒ 記事一覧

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20100818/215834/

著者プロフィール

趙 章恩(チョウ・チャンウン)

 研究者、ジャーナリスト。ソウルで生まれ小学校から高校卒業まで東京で育つ。韓国ソウ

ルの梨花女子大学卒業。現在は東京大学社会情報学修士。ソウル在住。日本経済新聞

「ネット時評」、西日本新聞、BCN、夕刊フジなどにコラムを連載。著書に「韓国インターネッ

トの技を盗め」(アスキー)、「日本インターネットの収益モデルを脱がせ」(韓国ドナン出版)

がある。

 「講演などで日韓を行き交う楽しい日々を送っています。日韓両国で生活した経験を生

かし、日韓の社会事情を比較解説する講師として、また韓国のさまざまな情報を分りやすく

伝えるジャーナリストとしてもっともっと活躍したいです」。

 「韓国はいつも活気に溢れ、競争が激しい社会。なので変化も速く、2~3カ月もすると街

の表情ががらっと変わってしまいます。こんな話をすると『なんだかきつそうな国~』と思わ

れがちですが、世話好きな人が多い。電車やバスでは席を譲り合い、かばんを持ってくれ

る人も多いのです。マンションに住んでいても、おいしいものが手に入れば『おすそ分けす

るのが当たり前』の人情の国です。みなさん、遊びに来てください!」。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20111107/223666/?mlh2

     
やはり米韓FTAでは、ISDS,Investor-State Dispute Settlement、投資家・国家間訴訟制度

が問題となっている。


「韓米FTAが批准されれば、米国の投資家が、国民健康保険が適用されない医療サービ

スを提供する営利病院を設立できるようになる。さらに、その投資家は、同社が利益を上

げることを妨げる韓国の健康保険制度を廃止するよう訴訟を起こせるからだ。


 健康保険制度がなくなると、医療費がどんどん値上がりし、お金持ちしか病院に行けなく

なるのではないか? 庶民は重病になっても病院に行けなくなる? 病院は患者の病気を

治すところではなく、利益を上げるための場所になる? そういう心配がある。 」


これは尤もな心配事である。国民を守るべき「健康保険制度」を槍玉に挙げて、廃止せよ

とか改定せよとか、訴訟を起こされては韓国社会もたまったものではない。


日本の野田首相も「世界に誇る日本の医療制度、日本の伝統文化、美しい農村、そう

したものは断固として守り抜き、分厚い中間層によって支えられる安定した社会の再構築

を実現する決意だ」と豪語しているが、この問題は日韓共通だ。


韓国のほうが切迫している。すでに米国では議会が、米韓FTAは批准しオバマ大統領も署

名が済んでいる。韓国国会が批准手続きをする番だ。それが野党の反対で滞っていた

のだ。一旦批准してしまえば後戻りはできない。このISDS条項により頻繁に訴訟が起こさ

れることになろう。また反対に韓国側からもこのISDS条項により相手国政府を相手取って

訴訟を起こすことができるのではあるが、社会的通念で「よかれ」となる社会福祉政策が

崩壊してしまっては、元も子もない。韓国社会が混乱している状況は理解できる。

(続く)