番外編・プリウス急加速問題(93)

SAEコンボコネクターとは何か?
日本が推すチャデモ方式との違いは


 そもそも、SAEコンボコネクタとは何か。これは、家庭やオフィスでの充電を重視した普通充電と称されるAC(交流)コネクターと、商業施設・高速道路・カーディーラーなどでの急速充電用のDC(直流)コネクターを一体化させたものだ。

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トヨタプリウスPHV」(プラグインハイブリッド車)の充電ポート。AC(交流)充電用の、SAE J1772規格を採用。 Photo by Kenji Momota

 AC充電については、日米では5ピンタイプの規格名“SAE J1772”がすでに標準化されており、トヨタプリウスPHV」、日産「リーフ」など量産車に使われている。同コネクターの主力製造メーカーは日本の矢崎総業だ。日米が単相交流であるのに対して、欧州の一般家庭やオフィスでは三相交流が使われているため、欧州でのAC充電には7ピンタイプの“IEC 62169-2 タイプ2”で事実上、標準化されている。同コネクターは独メネケス社(MENNEKES)が開発した。

 こうしたAC充電に対して、より大きな電流で短時間の充電を可能とするDCの急速充電には、世界で3つの流れがある。それらは、チャデモ方式コンボコネクター方式、そして中国方式だ。

 チャデモは、トヨタ、日産、三菱自動車富士重工業東京電力チャデモ協議会として2010年3月15日に設立。東京電力が企画開発した仕様に基づき、現在、日米欧32の電気機器メーカーが製品化。2012年2月10日時点で、設置場所は日本国内に835ヵ所、日本国外は176ヵ所、合計1011ヵ所に達した。

 ちなみにチャデモとは、ラテン語っぽくCharge(充電)de(~の)Mobile(自動車)とした造語だ。日本語として「急速充電時間に『お茶でも、どうぞ』」という語呂合わせも狙っている。チャデモ方式の特徴は、クルマ側と急速充電器側のデータ通信として、自動車開発で現在、最も普及しているCAN(コントローラー・エリア・ネットワーク)を使うことだ。また、コネクターのピンの構成についても送電の開始と停止について安全性を十分に考慮したシステムを構築している。

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SAEが推奨する、コンボコネクター。こちらは、独REMA社が製作した、米国向けの「コンボ1」の試作品。 Photo by Kenji Momota

 対するコンボコネクターには、米国向けの普通充電コネクター“SAE J1772”とDC充電用の2ピンを組み合わせた“コンボ1”と、欧州向けの普通充電コネクター“IEC 62169-2 Type 2”とDC充電用の2ピンを組み合わせた“コンボ2” がある。そして、“コンボ1”と“コンボ2”の関連性についてSAEでは、「ハーモナイズド・アプローチ(協調性を重視した設計思想)」と説明している。

 またコンボコネクターでのクルマ側と充電器側の通信方式はチャデモのCANとは違い、電力線でデータ通信を行うPLC(パワー・ライン・コミュニケーションズ)を採用する。

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2012年1月デトロイトショーで世界初披露された、独VW「eバグスター」。コンボコネクターのポートを装備する。コンセプトモデルを含めて、コンボコネクター対応車が登場したのは世界初。 Photo by Kenji Momota

 コンボコネクター方式に参加を表明している自動車メーカーは、アメリカGM、フォード、クライスラードイツダイムラーBMWフォルクスワーゲンアウディ含む同グループ)、ポルシェ。充電機器サプライヤーは、アメリカのAero Vironment(AV)、AKER Wade、EATON、フランスのABBなど、すでにチャデモ方式の製品を開発しているメーカーも名を連ねている。またコネクターメーカーとしては、ドイツのREMAとフェニックスコンタクト、さらに韓国のKET(コリア・エレクトリック・ターミナル)が参加している。

米国で、欧州で、中国で
張り巡らされる“チャデモ包囲網”


 こうしたコンボコネクター方式について、米国向けはSAEが規格を取りまとめ、欧州向けはドイツ国内規格DINを事実上、IEC規格へと引き上げるカタチで進められており、SAE、IECともに審議の最終段階に入っている。それについて、今回のシンポジウムでコンボコネクター方式推進派の代表として、BMW関係者が詳細を説明した。

 具体的には、米国の認証機関UL(アンダーライターズ・ラボラトリーズ)による試験が2012年3月初めから4月中旬まで。その後、SAEでの各種部会での承認作業を行い、7月中旬の規格発効を目指すとした。それに伴い、REMAが2月6日の週に量産型コンボコネクターを完成させるとしたが、実際には同製品は、2月末の完成となる見込みだ。

 また韓国のKETも2011年12月にコンボコネクターを製造開始したが、製品の一部箇所の耐久性の問題で生産を休止しており、2012年4月中旬に供給を再開する予定。通信方式のPLCについては、3月末にSAEによる試験が終了する予定だ。

 そして、3つめの急速充電方式は中国だ。だが中国国内には、国家電網式、広州など中国南東部の南方電網方式など、数種類の直流方式が並存している。中国での国家規格に相当するGB規格で今後、急速充電方式を統一するかどうかは不明だ。

 また、世界標準化に対しては、過去2年ほど間に筆者が取材した中国で開催されたEV等の次世代車関連学会やシンポジウムで、中国政府高官は「中国内での最良方式の研究を進めることが優先。それを世界標準化に無理に結びつけるつもりはない」というスタンスだった。

 だが、中国の自動車部品産業では長年に渡り、欧州志向が強い。そうしたなか、今回のSAEシンポジウムに参加した中国BYD関係者は講演で「今年4月の北京モーターショーで、ダイムラー向けに弊社が開発した小型EVの世界初公開に向けて準備中だ」と語った。BYDは2010年3月にダイムラーとEV分野で、2009年5月にフォルクスワーゲンとEVとハイブリッド車技術での技術提携を発表している。米SAEと欧州IECが急速充電器規格でコンボコネクター方式の世界標準化を強引に進めているなか、欧米勢力が中国でもコンボコネクター方式採用を働きかける可能性もあると思う。

 このように世界市場では、欧米勢力によってチャデモ包囲網が張り巡らせようとしているのだ。

もう日本勢が
仲間割れしている時期ではない


本連載でもこれまで度々、チャデモ普及の実態を紹介してきた(「菅首相へ!日の丸充電規格「チャデモ」トップセールスの時です~反撃に出る米韓、不気味な中国の沈黙。電気自動車コア技術のガラパゴス化を防げ」など)。

 2009年ごろ、日系メーカーの急速充電器が市場に出始めた際、その価格は350万円前後だった。急速充電器の初期普及期での価格崩壊など、早期参入メーカー関係者は考えてもいなかった。ところが、欧米の電気機器メーカーがチャデモ方式を採用するなかで、200万円級の製品が登場。それらは日本国内で販売されていないが、日系電気機器メーカーにとって輸出の道が閉ざされてしまった。

 さらに、日産ゴーンCEOの大号令の下、急速充電器の自社ブランド販売を本格化。いきなり150万円を切り、ついには60万円を切る価格破壊を行なった。こうしたなかで、日系の電気機器メーカーのいくつかは、急速充電ビジネスから事実上の撤退を余儀なくされた。

 急速充電器に参入したメーカー関係者らに各種展示会等で直接話を聞くと「200万円では原価割れだ」、「東京電力に騙された」、「日産のやり方はビジネスとしては正当だが、日本の充電インフラビジネスを(製造業の立場として)日本社会全体で盛り上げていこうとする流れに水を指すだけだ」など、悲鳴に近い声、また諦めの声を挙げていた。

 だが、もう日本は、東京電力が悪いの、日産が悪いのと、仲間割れしている余裕などない。欧米勢力がコンボコネクターを使って、チャデモ潰し、日本潰しの動きを本格化させているのだ。

見えない落としどころ
――2方式共用か、日本ガラパゴス化

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ITRI(台湾工業技術院)が2011月の「EV台湾」で展示した、チャデモと中国向け急速充電器の併用型。コンボコネクター併用型も、このようなカタチになるのか?
Photo by Kenji Momota
 
稿冒頭で紹介した日産のアドジャミエン氏は、SAEが「2つの規格の併用型」について検討していることを語った。これについて、今回のシンポジウム3日目のEVセッションでチャデモの実情について講演した、日産ノースアメリカのテクノロジィ・プラニング部プリンシパルエンジニアのジョセフ・トンプソン氏は、筆者が「きのう、(SAEと)かなり揉めていたようだが…」と聞くとこう答えた。

「最も重要なことは、カスタマー(顧客)に迷惑をかけないことだ。つまり、1つのボックスに、チャデモとコンボを共用する。その方向でいま、SAEと協議を進めている。現時点で、双方が全く譲らず、どちらか一方しか生き残らないという選択は、カスタマーに対して許されるものではない」(トンプソン氏)。

 なお、今回の講演で日産はアメリカで、2015年までに4車種のEVを発売すると説明した。それらは「リーフ」(現在米8州のみ販売、2013年に全米発売予定)、商業用EV(2012年1月デトロイトショー公開の『e-NV200』、2014年までに量産)、スポーティタイプのEV、さらに日産の高級ブランド・インフィニティ向け のEVだ。

 また、同シンポジウムに参加した、北米トヨタのエンジニアリング幹部にも、コンボコネクターに関して聞いた。「トヨタもチャデモの一員として、SAEに対しては強い姿勢で交渉にあたるべきだと思う。そのタイミングが大事だ。ただし、(技術的には)ふたつの方式を一体化させることは可能だが、それが本当にカスタマーにとって有益かどうかは疑問だ。また(製造面では充電コネクターの位置がある)ボディのフェンダー部分のデザインに強く影響する。仕向け(販売先)によって、フェンダーのデザインを変えることは、事実上無理だ。(最悪のシナリオとして)日本だけがチャデモ方式になることも考えられる」(同エンジニアリング幹部)と語った。

 以上をまとめると、今後の可能性は次のようになると思う。

①日米欧で、チャデモ方式とコンボコネクター方式を
併用した急速充電器が登場。

日系自動車メーカーは、仕向地(しむけち/自動車産業界用語で、日本国外の販売地の意味)によって、チャデモ方式仕様とコンボコネクター仕様を作り分ける。

②欧米ではコンボコネクター方式の充電器が主力となり、
チャデモ併用型も一部設置される。日本ではその逆となる。

顧客は製品の優位性を自ら判断して、どちらの方式を採用したEVを購入するか決める。

 もし①になった場合、日系メーカーにとっては多大なる製造コスト高となり、利益を圧迫する。

 もし②になった場合、各市場でのデファクトスタンダード化が加速。結果として、日本がチャデモでガラパゴス化する。

 つまり、①、②どちらにしても、日系メーカーにとっては不利だ。

 すでにEVを本格量産化している日産と三菱自動車にとっては、まさに大問題だ。

 そして、こうした流れのなかで、最大の注目ポイントは、トヨタの今後の動きだ。

敵か味方か
鍵を握るトヨタの動向


 前出の北米トヨタのエンジニアリング幹部が個人的な意見として述べていたように、トヨタ本部がチャデモ協議会の幹事として、そしてオールジャパン体制の中心的存在として、SAEに真っ向から抗議するのか? または、寝技に持ち込めるのか? 結局これは、EV事業で先行する日産をトヨタが援護射撃することになる。

 だが、もしその逆で、トヨタがEV投資で先行する日産を叩くとするならば、今回の事態はトヨタにとって都合が良いとも言える。つまり、トヨタは今回の事態を静観し、既に発表しているフォードとのプラグインハイブリッド車の共同技術開発の流れのなかで、結果的にコンボコネクター方式を採用し、チャデモvsコンボコネクター戦争でのソフトランディングを狙うだろう。

 また、トヨタが出資し、技術提携をしているベンチャーテスラは今回のシンポジウムの講演で、CTO(チーフ・テクニカル・オフィサー)のJ.B.ストラウベル氏が充電方式についてこう語っている。「弊社は、J1772でもコンボコネクターでもない、これまで通りの独自コネクター形状の採用を継続する。コンボコネクター等への対応は、アダプターを採用して対応するべく研究中だ」(ストラウベル氏)。

 だが、シンポジウム参加者から「欧州ではアダプター採用は許可されていないが」と指摘されると、「その対応策はこれから考慮する」(ストラウベル氏)と苦しい返答をした。

(続く)