番外編・プリウス急加速問題(97)

テスラは扇風機と氷で冷却
i-MiEVは充電に苦労


 だが、そうしたメランコリックな感情とは別に、レース関係者の多くから「テスラの性能に

対する疑問の声
」も上がった。アメリカ在住で、過去に数回テスラ取材をし、本連載を含め

て同社関連の様々な記事を提供してきた筆者に、旧知のレース関係者たちから質問が浴

びせかけられた。

 「むこう(=アメリカ)では、こうしたレースはやっていないのか?」、「テスラでサーキット走

行するユーザーもいるはずだが、今日のようなトラブルは発生していないのか?」、「テスラ

は量産車なのだから、大手自動車メーカーが耐熱試験を行っているデスバレー(ラスベガ

スに近い高温地帯)に行ってテストしているのではないのか?」、「所詮ベンチャーというこ

とで、このレベルで許されるのか?」、「リコール問題は発生していないのか?」などなど。

 こうした各種の課題は、テスラと技術提携を結んだトヨタにとっても、テスラの技術詳細を

解析している現時点で、浮上してきている「悩みの種」に違いない。

 テスラ陣営は走行後、過熱したモーターとリチウムイオン2次電池が収納された車両後

部に、氷の入った袋をいくつも乗せた。そこに向かって大型扇風機で送風した。リチウムイ

オン2次電池の電池パックは、周囲を冷却水が流れる仕組みだが、今日のような状況では

その効果が低い。(BMW Mini Eは、水冷装置はなく空冷式)。

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全日本EV選手権で件でモーター電池を冷やすテスラ


 対する三菱陣営は、さすが大手メーカーの量産車だけあって、特別な冷却対策は施さな

かった。それよりも課題は航続距離。急速充電器が設置されていないこのレース場では、

決勝に向けて一般電源からの数時間の充電が必要。練習走行で思いのほか電池を消耗

した1台のi-MiEVは決勝開始までに満充電になるかどうか分からない状態だった。

 午後3時過ぎからの決勝(50km)。テスラ2台が「熱への懸念」からレース序盤/中盤で

様子見走行するも、レース後半には「航続距離への懸念」でペースダウンする「i-MiEV」た

ちを一気に引き離した。「i-MiEV」の電池消耗量は、ハイペースで走行すると電池残量表

示の1目盛(全部で16目盛)でコース1周(2.4km)だった。つまり、満充電状態での航続

距離
は、16×2.4=38.4kmとなった。これは、同車のカタログ値(10・15モード)の160kmの

4分の1以下
だ。

 だが、同カタログには注意書きとして「10・15モードは定められた試験条件での値です。

お客様の使用環境(気象、渋滞等)や運転方法(急発進、エアコン使用等)に応じて値は異

なります」と、赤字で記載されている。決勝前に満充電に達しなかった1台の「i-MiEV」は、

レース終了直前にコース上で、ガス欠ならぬ「電欠」して停止した。

 また、テスラロードスターの航続距離は、390km(米国LA4モード)。だが、今回のよ

うなサーキット走行では極端に航続距離は落ちるため、チーム側は商用の大型発電機を

ピットに持ち込み充電作業にあたっていた。

 また、テスラロードスター」と同様、18650(直径18mm×長さ65mmの円筒型/いわゆる

パソコン用電池)のリチウムイオン2次電池を大量搭載するBMW「Mini E」の航続距

離は、240km(米国LA4モード)だ。両社の基本技術が米ベンチャーのACプロパルジョン

社によるという事実は、本連載第45回「世界の自動車業界関係者もびっくり仰天! トヨタ

と米電気自動車ベンチャーテスラ提携の真実」他に詳しい。
(この件は、'10.5.31,NO.42

に概略しているので参照願う。)


 なお今回出場の改造車クラスの3台は鉛蓄電池搭載で、50kmを完走するためにかなり

ペースダウン。量産型電気自動車に何度となく周回遅れにされた。

マスコミも明確に伝えない
日産リーフの条件別航続距離


 量産型電気自動車の航続距離については、日産が今年
(2010年)6月11日~19日、同

追浜工場(神奈川県横須賀市)敷地内でマスコミ、アナリスト、株主等向けに開催した

リーフ試乗会」でも波紋を呼んだ。日産側は同車の航続距離の詳細を初めて公開したか

らだ。これまでの同車資料では、航続距離は米LA4モード100マイル(160km)とされて

きた。だが使用条件で航続距離は大幅に変化するという。

 例えば、北海道の草原地帯を時速60kmで定速走行すると、航続距離は220km。対し

て、夏場で都心などで渋滞になりエアコンをつけて時速10km程度でノロノロ走行すると、航

続距離は75km。また欧州走行モードとして、平均時速81kmで走行すると、航続距離

は76km。こうした「走行条件別の航続距離」について、同試乗会に参加したマスコミ多くが

明確に伝えなかった

 ほとんどの場合、これまで公開されてきた「航続距離160km」を強調し、上記にあるよう

な「走行条件別の航続距離」を主体とした「電気自動車の本質」を考える報道が極めて

少なかった
。本稿執筆時、ウエブ上で「リーフ、航続距離」で検索してみても、上記の「走

行条件別の航続距離」について、トヨタ系のgazoo.comで日刊自動車新聞の記事を掲載し

ているのが目立つ程度だ。

 こうした状況について、日産自動車執行役員・グローバルゼロエミッションビークルビジ

ネスユニット・渡部英朗氏に7月31日、同社本社内でのイベント直後に聞いた。同氏は、神

奈川県松沢成文県知事の「同県の電気自動車への取り組み」の講演の後、一般ユーザー

向けの「リーフ及び、日産の電気自動車ビジネス」関連の講演を行った。しかし、そのな

かで、「走行条件別の航続距離」については触れなかった。

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講演する日産の渡辺英明執行役員

「本日の講演は電気自動車事業の全般的な内容のため、航続距離の詳細には触れな

かった。(リーフの走行条件で航続距離で大幅に変わることは)先日の試乗会でマスコミ対

象に公表しており、それが一般ユーザーへの公開とイコールだと思っている。今後はユー

ザーに対して、航続距離に対してより詳しい説明が必要だと考えている」(渡部氏)

 本稿ここまでで、読者の多くは、各社が航続距離に関して提示する「走行モード」という

ものが理解できないはずだ。そこで日本における「走行モード」に関して、中心的役割を果

たす機構の方に説明をお願いした。

走行モードについて
交通研の専門家に聞く


 この機構とは、国土交通省所管の「独立行政法人 交通安全環境研究所」(東京都府

中市)だ。通称、交通研と呼ばれている。ここでは鉄道、自動車に関する各種の試験検査

を行っている。自動車については、国の安全・環境基準への適合性の審査を、公正・中立

な立場で行う日本で唯一の自動車審査機関だ。

 自動車の燃費基準については、国土交通省経済産業省の双方が協力し、省エネルギ

ー法に基づいて決定。同研究所は、燃費測定方法、試験方法の策定について技術的なサ

ポートを行っている。つまり、自動車のカタログ等で記載されている「10・15モード(一般的

に『じゅう・じゅうごモード』と読まれる」など日本国内での燃費モードは事実上、同研究所が

策定している。

 この「10・15モード」は、10種類の市街地走行パターン、15種類の郊外走行パターンを

持つ。試験計測については、交通研内の試験設備(シャーシダイナモと呼ばれる機器、固

定されたローラーの上で自動車が駆動輪を回して計測)で行うことが多い。だが自動車メー

カーなどの所有する試験設備で、公式認証試験に使用可能と確認できた場合、交通研の

審査部審査官が立ち会い試験を行う。

 また最近、自動車のカタログ等で「JC08モード」という表記を見かける。これは「10・15モ

ード」をさらに実走行状態に近付けるもの。ここ数年、これら2モードは併用されてきた

が、2010年8月2日、当初は今年秋口といわれて来た「JC08への完全移行」が決定した。

 以下、交通研・環境研究領域・領域長補佐・河合英直氏の回答だ。同氏には筆者著書

エコカー世界大戦争の勝者は誰だ」の取材にて、同領域所属の新国哲也氏と共に、プラ

グインハイブリッドの燃費(交通研の表現では、電費)効率測定方法の説明、及び電気自

動車の法規の問題点について指摘を頂いた経緯がある。


  電気自動車航続距離について、カタログなどに表記しなければならない法規があ

るのか?

 A (量産車としての)許可時に提出する諸元表への記載項目となる。また、公正取引委

員会の指導の下、原則として、国土交通省での審査値でなければ、自動車のカタログ等に

表記できない。本研究所としては、ユーザーの方々により正確で、より分かりやすい車両

性能を伝えることのできる各種性能値の試験方法を日夜研究している。


  現状で、電気自動車の航続距離の
試験方法はどうなっているのか?

 A 試験方法は定まっている。現状では10・15モードでの繰り返しで行っている。だが、ガ

ソリン車では、現実的な走行状況に反映できるJC08モードに移行しており、電気自動車

航続距離試験法についてもJC08モードへ移行するべく改定作業を行っている。(筆者注:

同質問は8月2日のJC08モード完全移行決定の前。つまり、既に販売されている

i-MiEV」は10・15モードのまま、今年(2010年)12月発売の「リーフ」はJC08モードが義務

付けられる)

(続く)