尖閣諸島問題その2(9)

さらに、南シナ海では、中国が実効支配したミスチーフ礁の西側海域をマラッカ海峡から

日本へ至るシーレーンが通っている。まさに中国のいう海洋交通利益の要である。この

シーレーンの北側には中国が1970年代から実効支配を固めている西沙諸島があり、西

沙諸島の主島たる永興島には2600メートルの滑走路を要する本格的な空港基地が建

設されている(平松2002:147)。


先に指摘したとおり、ミスチーフ礁にも1990年代末には恒久的な軍事施設が設置される

ようになっているため、中国はシーレーンを挟んで北側西沙諸島に本格的空軍基地、

南側に海軍基地を擁して、この海域の制海権を握らんとしている状態にあるのだ。


このように南シナ海実効支配を固めた中国にとって、2002年の「南シナ海行動宣言

による現状維持と共同開発の路線は、ASEAN諸国に対する歩み寄りというより、むしろ

自国の海洋権益を実効たらしめる路線であると言えよう。


特に中国のいう共同開発は、注意が必要な概念である。中国は、南シナ海において「擱置

争議、共同開発
」(争議を棚上げし、共同開発する)という方針を採っているが、中国外

交部は、この「擱置争議、共同開発」を以下の4点の原則から成るものだと説明しているⅱ。


すなわち、(1)関係する領域の領有権は中国に属する。(2)領有権争議解決の条件が熟し

ていない場合には争議を棚上げしうる。なお、争議の棚上げは主権の放棄を意味しない。

(3)係争領域は共同開発することができる。(4)共同開発の目的は、協力を通じた相互理解

の増進と領有権問題解決の条件整備にある。


つまり中国のいう共同開発とは、あくまで南シナ海中国の海であるとの原則に立ち、関

係諸国との共同開発によって海洋経済利益の実利を上げながら、長期的には地理的境

戦略的辺境へと拡大させて海洋政治利益を実現していく作戦だと言えよう。

こうした観点から見てみると、2009年頃から中国が南シナ海での活動を活発化させてきて

いる背景にも、やはり海洋権益の存在が指摘できる。特に近年の中国では経済発展のボ

トルネックとして資源不足が深刻に認識されてきており、その開拓先として改めて海洋資源

が注目されてきているⅲ。


3.ガイドラインの評価と今後の展望

今般、中国とASEANの間で合意されたのは、2002年の「南シナ海行動宣言」に関する

イドライン
である。先に指摘したとおり、この「南シナ海行動宣言」はあくまで宣言に過ぎ

ず、法的拘束力を持つ行動規範の合意こそ南シナ海問題を巡る最大の焦点なのである

が、今般合意されたガイドラインも問題の平和的解決について関係国を法的に拘束するも

のでないⅳ。

中国は、2002年南シナ海行動計画の採択以来、表面的にはASEAN諸国との協調姿

勢を採りつつ、その実態は自国による実効支配既成事実化海洋権益の保全を進め

てきた。


2009年来
再び南シナ海での活動を活発化させてきた中国は、2010年10月29日

ASEAN関連首脳会議の場で温家宝首相南シナ海を「友好と協力の海」と呼び、対話

による問題解決を定めた南シナ海行動宣言の「履行に真剣に取り組む」と表明したⅤ

が、実際には今年に入ってからも、中国の艦船がベトナム探査船のケーブルを切断する

など、ベトナムやフィリピンの船舶活動を妨害する事件が続発している。

そもそも中国の南シナ海に対する立場と政策は、この海域の実効支配を固めた1990年代

中頃以来それほど大きく変わっていない。その立場は、1995年に当時の
銭其琛外交部

ASEAN外相に語った以下の諸点に表れている(平松2002:155-156)。


(1)
 中国は南沙諸島とその周辺海域で争われるべき主権問題を有していない

(2)
 中国は、平和的な話し合いを通じて、関連する係争点を解決する。

(3)
 「擱置争議、共同開発」の方針は、南沙諸島で係争を処理する現実的な方法である。

(4)
 中国は係争を有する国家との二国間協議を望んでおり、多国間協議は不適切である。

(5)
 中国は南シナ海の航行の安全と自由通航を重視しており、何らの問題も生じないと

信じている。


(6)
 米国南沙諸島との根本的に関係がなく、介入する何らの理由もない。

すなわち、南シナ海実効支配を確立している中国にとしては、関係各国に軍事行動を慎

むよう促しつつ、共同開発によって実利を上げて、自国の実効支配を既成事実化していこ

うというのである。また、周辺国や第三国に対しては、南シナ海の航行の安全と自由通航

を認める以上不都合はないはずであり、アメリカには介入の口実を与えないという考えで

ある。

実際、「南シナ海行動宣言」は、こうした中国の立場に沿った内容である。今般合意され

ガイドラインも、結局は上述の構図に何らの変更も迫るものではなく、中国の権益確保

に向けた現状維持を追認したに過ぎないと評価しえよう。

実に身勝手な考え方に聞こえるが、これが現実に過去15年にわたって南シナ海ではまか

り通ってきたのであり、今後も基本的な構図に変わりはないと思われる。

そして、本稿で考察してきた南シナ海での出来事は、半周遅れで東シナ海でも再現されよ

うとしているように見える。中国にとっての各種の海洋権益確保という点から見れば南シナ

海と東シナ海の問題は類似点が極めて多く、したがって南シナ海の過去を知ることは東シ

ナ海における日本にとっては望ましくない未来を見ることだと言えよう。


尖閣諸島
周辺海域実効支配を守り、日本にとっての海洋権益を確保するため、

我々が南シナ海から学ぶことは多い。

【参考文献】
飯田将史(2002)「南シナ海問題における中国の新動向」、『防衛研究所紀要』第10巻第1号pp.143-159。
国家海洋局海洋発展戦略研究所(2009)『中国海洋発展報告(2009)』海軍出版社。
平松茂雄(2002)『中国の戦略的海洋進出』勁草書房

ⅰ 「南シナ海緊張 ベトナム漁船拿捕、中国の船員拘束続く」朝日新聞2010年10月9日朝刊。
ⅱ 中国外交部HP、"Set aside dispute and pursue joint development"、http://www.fmprc.gov.cn/eng/ziliao/3602/3604/t18023.htm、2010年12月3日閲覧。
ⅲ 「宇宙・海洋・地底に新たな資源を求める」人民網2010年1月4日。
ⅳ 「緊張緩和は不透明 ASEAN・中国 南シナ海指針に合意」東京新聞2011年7月21日朝刊。
Ⅴ 「中国、ASEANには配慮 対話で解決、強調 南シナ問題」朝日新聞2010年10月30日朝刊。
http://www.tkfd.or.jp/eurasia/china/report.php?id=281
(続く)