尖閣諸島問題その2(10)

この論考に表されている中国の海洋進出の実績を、以下、時系列に並べてみよう。その

時系列に当ブログの7月10日に示したベトナムと中国との紛争の実績も追加すると、中国

がどのようにして西沙・南沙諸島を攻略して言ったかが、わかると言うものである。

 
 

年 月 日    中国の行動実績                                     
1956.00.00西沙諸島の西半分は南ベトナム、東半分は中国が占領しており、両国の対峙が続く。(Wikipedia)

1958.09.00中華人民共和国政府の領海に関する声明」を発布、東沙・西沙・中沙・南沙諸島領有を宣言
        
1960.12.00ベトコン(南ベトナム開放民族戦線)が南ベトナムへの攻撃を開始。ベトナム戦争始まる。

1965.02.07米国の北爆が始まる。ベトナム戦争始まる。(Wikipedia)

1967~68年ECAFEによる調査でメコンデルタ沖の海底(南沙諸島近辺)に石油があることがわかる。これ以降中国は南シナ海島嶼などは、中国領だと強く主張しだす。(Wikipedia)

1970.12.00中国改革開放路線に舵を切る。経済建設の資源開発が重視される。

1971.00.00中国軍は西沙(パラセル)諸島に艦隊を派遣し多数の軍事施設を建設(Wikipediaより)

1971.12.30中国は外交部声明という形で、日本領土の尖閣諸島領有を宣言した。(7/6の同ブログより)

1973.01.27パリ協定(ベトナム和平協定)調印。この時すでに米軍は2万4千人に減っていた。(Wikipedia)

1974.01.11中国政府は西沙諸島全域が自国領であるとの声明を発表。(Wikipedia)

1974.01.15敗色濃厚な南ベトナム領有の西沙諸島を攻略する。南ベトナムが領有する島嶼を、武力で奪い取り中国が西沙諸島実効支配を始める。(西沙諸島の戦い1/15~1/20ベトナム戦争末期となり、アメリカ軍も関心がなく、空白(脆弱)地帯となっていた。

1975.04.30サイゴン陥落する。ベトナム戦争終結。(Wikipedia)

1980.00.00中国の海洋進出が積極化する。南シナ海は多金属団塊レアアースが採取される地区である。

1980.00.00中国が南沙(スプラトリ)諸島に進出。中国海洋調査船による調査及び軍事演習が実施される。

1985.00.00「戦略的国境」概念の導入。地理的国境は静的に固定だが、戦略的国境は軍事力や 政府の意思で拡大させることが出来るとした。(2009.9.10の同ブログより)

1986.00.00中国、「海軍発展戦略」を作成空母の保有を計画。(2009.9.9~10の同ブログより)

1986.12.00中国、原子力潜水艦の外洋航海訓練に成功する。(2009.9.9~10の同ブログより)

1988.00.00西沙諸島永興島2,600mの滑走路と本格的な軍港を建設する。

1988.03.14中国軍艦の護衛の下陸戦隊がベトナム支配の南沙諸島の6つの珊瑚礁に上陸し、主権標識を立てる。 ベトナム軍は敗退し中国支配が拡大する。中国の甚江からは約1万3千kmの距離。(南沙諸島海戦)(甚にはサンズイが付く。中国の主要軍港の一つ。)明らかに侵略であった。米ソ冷戦も緩和され、ソ連の支援も低下しており、空白(脆弱)地帯化していた。ベトナムの石油開発鉱区と隣接している。

1990.00.00中国は同南沙諸島のさんご礁に鉄筋コンクリート製の恒久的軍事施設を構築する。

1990.00.00中国、ロシアから「ミンスク」「キエフ」の軽空母、建造中の「ワリヤーグ」を購入する。  (2009.9.10の同ブログより)

1990.00.00中国は90年代初頭、フィリピン西方の南沙諸島の海洋調査に着手し、主権標識を建てる。

1992.02.00中国「領海法」を制定西沙・南沙・尖閣諸島の領有を明記する。

1992.00.00中国が占拠した南沙諸島の石油探査権をアメリカの石油会社に与える。アメリカ懐柔策か。

1992.11.00米軍、フィリピンから撤退する。('12/07/09の同ブログ参照)1995年で米比共同軍事演習も終了する。そのため「脆弱」地帯となっていた。  

1994.12.00中国は比が領有するミスチーフ礁漁民の避難施設を構築すると言って占拠する。比政府抗議する。フィリピンの石油鉱区に近接している。

1995.02.00中国はミスチーフ礁に恒久的な建造物の建設を始める
    http://debuo02.seesaa.net/article/164002997.html などを参照のこと。

1995.00.00銭其深外交部長が、南沙諸島は中国領で争いを棚上げして共同開発に取組むと語る。米国の介入を嫌うための、詭弁であった

1997.04.30フィリピンの2人の国会議員が軍艦でスカボロー礁に上陸、旗と碑を立てる。

1998.01~02中国海南省の漁船4隻がスカボロー礁領海侵犯したため、フィリピン海軍に拿捕され、51名の漁民が半年間拘禁される。

1998.00.00
中国、中間線より70kmの「平胡ガス田」の開発に成功する。


1998~99年
ミスチーフ環礁の避難施設を鉄筋コンクリート製の恒久的軍事施設へ改修する。

1999.12.00ASEAN諸国の懸念深まる。中国歩み寄りか。

2002.11.00中国・ASEAN外相会議にて、「南シナ海行動宣言」を採択する。中国の実効支配を容認するものであった。あくまでも領有権は中国にあり、紛争は棚上げするから共同開発はして行こう、と言うもの。

2004.04.11中国は沖ノ鳥島を単なる岩礁だと主張して、無断でEEZの海洋調査を行う。('12.7.9の当ブログなど)

2004.09.00中国海洋石油とフィリピン国家石油との共同調査

2005.03.00中国海洋石油とフィリピン国家石油にベトナム石油ガス公社も加わり資源探査が行われる。

2007.11.00中国軍西沙諸島海域で軍事演習を行い、西沙・南沙諸島中沙諸島だけだった三沙市に編入する。(Wikipediaより)

2007.12.00ベトナムで中国の覇権主義に反対する反中デモが起こる。(Wikipediaより)

2008.01.25台湾が実効支配する南沙の太平島に軍用空港が完成、1,150×30mの滑走路。(Wikipediaより)

2009.00.00中国南シナ海で強硬姿勢を示す。海洋権益のため。

2010.09.07尖閣諸島中国漁船衝突事件発生。(既成事実)

2010.09.11西沙諸島の西端のベトナム沖で中国がベトナム漁船を拿捕し9人を拘束する。

2010.10.29ASEAN関連首脳会議で温家宝南シナ海友好と協力の海」と呼び、「南シナ海行動宣言」の履行に真剣に取り組むと表明する。目くらましに過ぎず
(続く)