尖閣諸島問題その2(99)

「9を7に戻す」ことこそ胡錦濤の勝利条件だった

 すこし話が先走ったので、現状に戻ろう。

 冒頭でもすこし説明したが、そもそも「チャイナ・ナイン」を「チャイナ・セブン」にした最大の理由は、2002年に

沢民
が強引に入れ込んだ「中共中央政法委員会書記」の椅子と「中共中央精神文明建設指導委員会主

」の椅子を、外すことである。少なくとも「中共中央政法委員会書記」の椅子は確実に外すことを目標にして

きた。

 これを江沢民側に呑ませるために、胡錦濤としては他を譲った形になっているとも言える。

 その証拠に、2012年11月20日、新華網は政治局委員の孟建柱中共中央政法委員会の書記に任じたことを

公表した。この職務の権限を落とし、チャイナ・セブン全体で管轄することになる。

 これはその任に当たっていた周永康が治安維持費の名の下に軍事費を上回るほどの国家予算を動かし、か

つ権限を増大させて、本来なら指揮下にないはずの武装警察までをも思うままにしていたことに最大の原因が

ある。

 周の大胆な行動の背後には江沢民がいた。拙著『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』で詳述した

通り、江沢民は1999年6月10日に、その日に因んだ「610弁公室」を設置。法輪功の弾圧に着手した。それに呼

応したのが薄熙来。命令指揮系統に関係なく動いたのは薄熙来だけだ。

 予想通り、胡錦濤はこの役職を「チャイナ・ナイン」から外し、権限格下げに成功している。多数決議決の際に

偶数では困るので、中共中央精神文明建設指導委員会主任の椅子も道連れにする。

 …はずだったが、となると「チャイナ・セブン」の誰かが国家副主席を担うことになる。そこで異例の措置として劉

雲山の役割をこれまでの「中国共産党の精神を宣伝する」任務に残し、「国家副主席」の分業と交換するつもりと

思われる。胡錦濤の計画はほぼ実行されたと言っていい。

 それでも「胡錦濤は影響力を残せる地位をすべて手放し、完全引退したではないか」という反論がありそうだ。

だが、『徹底予測 中国ビジネス2013』にも書いたとおり「胡錦濤は負けていない」。

 なぜなら胡錦濤は、江沢民とはまさしく対照的にすべての役職を潔く引退したからだ。権勢欲の塊のような江

沢民に対して、「国家のトップたる者、こうやって退くべきだ」という模範を示した。

 江沢民は2002年の第16回党大会で中共中央総書記を引退しながら、中共中央軍事委員会主席を退かず、

2年間主席の座に居座った。それがいかに不人気であったかは、その翌年の2003年3月における全人代の投票

結果に如実に表れている。

 胡錦濤総書記が「国家主席」になることは支持率99.76%(賛成票2937票、反対票4、棄権3)であったのに対

し、江沢民が「国家軍事委員会主席」になることに賛成したのは、中国の投票の仕組みの下では信じられない

数字、“わずか”92.53%という、前代未聞の低支持率だった。反対票が98票、棄権が122票“も”あったのである。

 江沢民
2004年にようやく軍事委員会の主席退いたが、しかしいつまで経っても党の運営や人事に口を

挟み続け、「政治体制改革」を阻止し、「腐敗の撲滅」を阻んできた。既得権益者の利益を守るために裏からさ

まざまな汚い手を使ってきた、と、評判はさんざんだ。


自らの完全引退で長老たちを排除した胡錦濤


 これまでの連載で何度も述べたように、「チャイナ・ナイン」は薄熙来事件により一致団結した。軍もまた胡錦濤

に一斉に忠誠を誓った。胡錦濤の力は、この時、絶頂であった。

 しかし、そこに「チョッカイ」を入れてきたのは江沢民ら、利益集団を代表する長老の一派である。動いたのは実

江沢民だけではない。自らの利権と「立場」を守ろうとした者がいる。それが江沢民と結託した。

 その意味で、これまで何度も書いてきたように元「チャイナ・ナイン」の間における派閥闘争は存在していない。

 自らの利権と「立場」を守ろうとした長老が結託し、「チャイナ・ナイン」時代の「政治局委員」から、表に名前を連

ねている「政治体制改革」と「腐敗撲滅」に消極的な面々を選んだのである。

 人心を得ても、権力から去ってしまっては影響力が発揮できない、という指摘もあるかもしれない。胡錦濤が完

全引退できたことにはもちろん理由がある。

 10月25日に、中国人民解放軍の4大巨頭総参謀長、総政治部主任、総後勤部部長および総装備部

)がすべて胡錦濤の腹心(3人)習近平の腹心(1人)によって占められることとなった。これは選挙ではなく

任命制なので、軍事委員会の主席・胡錦濤と副主席・習近平が協力し合って出した結果だ。11月4日には七中

全会(第17回党大会第七次中央委員会全体会議)閉幕に当たって次期軍事委員会副主席を2名ノミネート。二

人とも胡錦濤の腹心。中国人民解放軍の7大軍区の司令官にも胡錦濤習近平の腹心を配備した。江沢民派を

習近平胡錦濤が連携して完全に追い出した形だ。

 だから、胡錦濤としては軍事委員会主席を退いても怖いものはない。

 それでいて中国の一般人民の人気は、この潔い「全退(すべてを退く)」を決断した胡錦濤に集中し、その分

だけいつまでも権力にかじりつく江沢民の人気は今まで以上に悪くなっている。人民のため、あるいは貧富の格

差の「貧」の側にある者に利する「政治体制改革」を阻むのだから、人民にいっそう嫌われるのは当然だろう。人

気を気にする江沢民には最悪の結果を招いている。

 「長老は現役に口出しするな」、というメッセージを江沢民に強く示したという意味では、外から見るのとは裏

腹に、胡錦濤の勝ちだ。第18回大会が始まる前に、胡錦濤は「中共中央総書記」、「国家主席」および「(中共

中央&国家)軍事委員会主席」をすべて降りる代わりに、以下の提案をし、了承されたという。


・かつてどんなに重要な地位に就いていた者といえども、退任後は如何なる者も現政権の政治に干渉してはなら

ない。

・軍事委員会であろうとも、今後はいかなる引退時期延期の人事も行ってはならない。


 というのは、軍事委員会委員に関しては政治局およびその常務委員のように70歳定年および最長2期以上は

就任してはならないという厳格な規定がなかった。その規定を作ったということになる。

 これは胡錦濤がこの10年間、どれほど江沢民の陰湿で執拗な院政に悩まされてきたかを物語っている。これ

により今後、江沢民は二度とこれまでのような口出しができなくなるだろう。完全に江沢民時代は終わったとい

うことができる。

 事実、11月15日の一中全会の後に開かれた長老と中央委員会との懇親会において、かつて江沢民時代に江

沢民と闘った元国務院総理・朱鎔基らの長老は出席していたが、一人、江沢民だけはその席にいなかった。


この5年間が中国政治の山場になる


 そして17日、江沢民中南海を去ったのだが、そのとき現「チャイナ・セブン」は誰ひとり見送りに行っていな

い。また今後は江沢民に関する報道も控えよという暗黙の指示も出ている。

 もちろんこれらすべてに関して、習近平も了承したということになる。

 江沢民はこれからほぼ完全に手を引くと筆者も見ている。

 したがって、表に書いた「江沢民派」という意義は今後消えていく可能性もある。

 とはいえ、その代償も小さくはないかもしれない。

 旧来の利権派が多くを占める「チャイナ・セブン」の顔ぶれで5年間を過ごす中国に対して、中国人民自身がど

こまで我慢できるのか
、そのリスクは私も非常に案じている。

 5年間の間に人民が「爆発」しなければ、胡錦濤のグランドデザインは5年後に、そして10年後に実現することだ

ろう。


 本当は親日だった胡錦濤――。

 2002年に総書記になった直後、中国共産党の機関紙である『人民日報』論説主幹であった馬立誠に「対日新

思考」という論文を書かせた。「日本はもう十分に謝罪したので、これ以上の反日はやめよう。狭隘(きょう

あい)なナショナリズムは日中双方にとって良くない
」という内容だった。それは胡錦濤が上げたアドバルー

ンだったのだが、92年から始まった愛国主義教育によって形成された若者の意識がそれを許さなかった。馬立

誠は「売国奴」と激しく罵倒されて左遷され、胡錦濤親日路線を表面上、捨てざるを得なかった。

 その胡錦濤が最後に採った対日強硬路線は、新政権で受け継がれ、かつ拡大していくのではないかと推測

される。なぜなら習近平総書記は一中全会の演説で「中華民族の復興」をさらに強調しているからだ。それは

愛国主義教育の強化を意味し、
反日感情の膨張を意味する。

 ただ、習近平のそのスピーチの中で胡錦濤の人格の高潔さを絶賛し、胡錦濤の「科学的発展観」のみを強調

して高く評価したことは、胡錦濤習近平の連携だけはうまくいっていることを物語っている。

 そのような中で新政権のスタートが切られた。これからの5年間、日本は中国の実態をこれまで以上に深くそし

て客観的に掌握し、日本国民に不利をもたらさないよう考察していくべきではないだろうか。


著者プロフィール


遠藤 誉(えんどう・ほまれ)

 1941年、中国長春市生まれ、1953年帰国。理学博士、筑波大学名誉教授、東京福祉大学・国際交流センタ

ー センター長。(中国)国務院西部開発弁工室人材開発法規組人材開発顧問、(日本国)内閣府総合科学技術

会議専門委員、中国社会科学院社会学研究所客員教授などを歴任。


 著書に『ネット大国中国――言論をめぐる攻防』(岩波新書)、『チャーズ』(読売新聞社、文春文庫)、『中国大

学全覧2007』(厚有出版)、『茉莉花』(読売新聞社)、『中国がシリコンバレーとつながるとき』『中国動漫新人類

~日本のアニメと漫画が中国を動かす』(日経BP社)『拝金社会主義 中国』(ちくま新書) ほか多数。2児の

母、孫2人。

このコラムについて

中国国盗り物語

中国の北京市で3月5日、日本の国会に相当する全国人民代表大会全人代)が始まった。胡錦濤政権が取り

仕切る最後の会議だ。1年後のこの場で、次期政権の国家主席が選出される。そのポストに就くのは現政権で

国家副主席を務める習近平氏と目されている。


世界は今、誰が中国の次期国家主席になり、誰が次期首相になるかに強い関心を寄せている。だが、事は予

想通り進むのか?


さらに、当の中国国民の関心は、誰が「中国共産党中央政治局常務委員」になるか、そして、その序列がどうな

るかに集中している。集団指導体制に移った中国では、9人の常務委員による多数決が基本だ。習近平氏が国

家主席になっても、すべてを思い通りにできるわけではない。


いま、この9つの椅子をめぐって中国の中枢では何が起きているのか?


この連載では、中国で生まれ育ち、中国政府のシンクタンク客員教授として政権中枢に近くで仕事をしてきた

遠藤誉氏が、中南海の内幕に迫り、次期政権成立までの軌跡を追う。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121126/240074/?mlp

 
習近平も(本心はわからないが)江沢民のとった愛国主義教育と反日政策を踏襲すると言っている。尖閣諸島

国有化(野田佳彦胡錦濤のお願いに逆らって実施した)を機に、一気に反日となった(と言うよりももともと反日

であったが現していなかった)胡錦濤の対日強硬路線を引き継いでしまったものだ。


こうなってはいくら尖閣諸島が日本固有の領土であるからと言って、安穏としてはおられないのだ。中国がその

日本領土に軍事侵略を企てている以上は、対抗措置が必要だ。

(続く)