世の中、なんだこれ!(WBC敗退、54)

日本が熱狂すればするほどアメリカが儲かる~『メジャーリーグWBC世界戦略』
古内 義明著(評者:大塚 常好)
PHP新書、720円(税別)
2009年6月16日(火)  大塚 常好
評者の読了時間 3時間50分
Wbcbook

メジャーリーグWBC世界戦略──六〇〇〇億円ビジネスのからくり』 古内 義明著、PHP新書・720円(税別)  

 “史上最低レベル”のボーナスシーズン、皆様、いかがお過ごしでしょうか。そんな折も折、

金の話をするのは気がひけるのだが、お許しをいただきたい。

 NYヤンキース松井秀喜選手の年俸は約13億円で、その“給料”は、ドル建てで月2回

(年24回)、銀行口座に振り込まれるそうだ。毎月10日と、25日が給料日。1回当たりの振

込額は約5400万円ということになる。ちょっとした「宝くじ当選気分」。羨ましい限りである。 

 ただし、松井は今年、4年契約(総額約52億円)の契約最終年。故障の影響か、調子は今

ひとつ。崖っぷちに立たされているが、たとえトレードに出されても「入金額」のケタが変わる

ことはないだろう。だって、MLBメジャーリーグべースボール)の選手の平均年俸は

約3億1500万円だというのだから。ちなみに、NPB(日本プロ野球機構)所属の選手の平均

は4000万円にも満たない。


 ──といったベースボールの国の巨額マネーの話題が満載なのが、この『メジャーリーグ

WBC世界戦略』である。

 選手だけでなく、日本ではほぼお飾りの名誉職である「コミッショナー」も、MLBでは年俸

15億円以上という事実など、本書を読むと、米金融業界に似た「桁違い」のスケール感に

唖然とすると同時に、あの手この手で金を稼ぎ出すしたたかささに舌を巻く。

 例えば、今春に侍ジャパンが二連覇を果たしたWBCである。日本は決勝で韓国を下し、

優勝賞金を得た。しかし、準優勝さえできなかったアメリカはその何倍も儲けたのだ。

 カラクリは単純明快。MLBMLB選手会WBCの運営会社として「WBC INC」という法

人組織を設立していた。そこで、チケット販売、放映権、記念グッズなどWBCに関連する全

ての権利を管理・運営していたというのである。

〈アジア一次ラウンドの主催者はNPBではなく、WBC社から興行権を推定12億円で買っ

たと言われる読売新聞社ということだ〉


 WBCの収入の柱は、公式スポンサー料、入場料、放映権料。収益のうち、約53%が各国

の組織委員会に分配された。その内訳はMLB約17.5%、MLB選手会約17.5%、そして

NPB約7%、韓国野球委員会約5%などとなっている。

〈現役メジャーリーガーの参加なくして、WBC開催は不可能だ。彼らが利益を享受する仕

組みがあるからこそ、WBCは開催できるのである〉



MLBの売上は6000億円を超える


 オイシイところはきっちりいただく。そんな強欲さは、超資本主義社会のアメリカらしいが、

それは21世紀に入ってから、旧態依然とした殿様商売を、次の100年を念頭に置いたビジ

ネスモデルに再構築してからだという。

 具体的には、「MLB.com」を立ち上げ、インターネットで各球団のHPや選手成績などの

閲覧、チケット購入を手軽にできるようにしたり、ネットを通じたラジオ中継やストリーミング

放送も全世界から視聴可能にしたり。あるいは、「MLBインターナショナル」としてロンドン、

東京、シドニーなどに支社を設け、市場開拓、イベント、ライセンシーなどの業務を活発化さ

せるなど。

 結果、1995年のMLB売上は1000億円ほどであったが、2008年時点でのそれは実に

6100億円に達している。さらに、本書で驚かされるのが、このMLBに負けないぐらいたくまし

く急成長している各球団の姿である。

 1996年から2009年までの間に、メジャーでは実に21球団で買収が行われたのだが、そ

れは「球団買収が儲かるビジネス」という証左でもある。

 メジャー30球団中、「市場価値」1位はNYヤンキース。1973年、当時のオーナーがチーム

を購入した時は870万ドルだったが、それが現在では約13億ドル(約1300億円)に化けた。

イチローが所属するシアトル・マリナーズは11位。1992年に任天堂が1億600万ドルで買っ

たものが、今では4億6600万ドル(約466億円)となった。

 松坂大輔ボストン・レッドソックスは2002年に新オーナーによって買収されたが、当時、

チームには約14億円近くの赤字があったらしい。それでも、2008年には前年比13%増、

メジャー3位となる約816億円の市場価値を記録している。

 各球団はいかにしてその価値を高めたのか。著者の分析は明解である。すなわち

ボールパーク(球場)のディズニーランド化」
「球団が傘下に放送局を持つビジネスモデ

ルの確立」
「選手構成のグローバル化戦略」
の三つだ。

 各球団はボールパークへのリピーター客を増やそうと、「食べ放題飲み放題」付きのチケッ

トや「ベジタリアン」メニューなどを積極的に導入し、なかには1席5ドルという激安のチケット

を売り出す球団もあるという。球場に足を運んでさえもらえれば、観客は飲食やグッズ購入

などで金を落とす。そんな消費行動を見抜いているのだろう。映画産業など強力なライバ

ルのコンテンツ以上の楽しみを提供できなければ生き残れない。ぬるま湯でない環境が逆

に功を奏した形だ。

 また、ヤンキースなら「YES」、レッドソックスなら「NESN」というように球団が自前の放送局

を設立する狙いは、より安定した収入の確保と、ファンにダイレクトに情報を発信することに

ある。それにより顧客満足度が上がり、球団のブランド価値が高まるというわけだ。

 球団が放映権を放送局に売却する従来のビジネスモデルでは5億円から50億円の収入

しか見込めなかったのに対し、YESやNESNの場合、100億円から2000億円規模にまでふ

くれあがるという。加えて、放映権売却モデルでは、契約段階でチームの成績などは放映

権料に反映されない。一方、自前の放送局があれば、シーズン中のチームの調子がよけ

れば視聴率も上がり、番組スポンサー料などもそれに比例する。

 三つ目の、選手構成のグローバル化戦略とは、いうなれば“売上を確実に伸ばす”助っ人

外国人選手の獲得
である。例えば、レッドソックスは松坂に対し、ポスティングの入札料金

を含む契約金に120億円(6年契約)を投じている。球団が期待するのは、日本のテレビ局

からの放映権料収入や、日本企業の公式スポンサーの出現である。

 実はレッドソックスの三人のオーナーのうち一人は先物取引の専門家なのだ。巨額の投

資に見合うだけのリターンがなければ、彼らは買い物などしない。

 そして、著者はMLBが今後さらに日本を含むアジア市場にその目を向け、もっと儲けよう

としていると予測する。その世界戦略のモデルは、バスケのNBAだ。



そうだ、中国人に野球を教えよう


 NBAで活躍している中国人選手、ヤオ・ミン。この一人のスターの存在によって、NBA

は2007年に中国から50億円もの収益を得たという。彼が所属するヒューストン・ロケッツ

テレビ放映権やグッズなどが飛ぶように売れたのである。さらにこんな副次的な経済効果

も生まれた。

 ロケッツの本拠地名は、「トヨタ・アリーナ」。トヨタが当地で新工場を稼働したことに合わ

せ、命名権を結んだ。著者によれば、トヨタは「ヤオ・ミンを通して、アメリカに住む中国系

アメリカ人と中国市場をターゲットに絞り、取り込もうと考えた」というのである。

 MLBは、野球界のヤオ・ミンの出現を待っている。と同時に、自ら養成に動いている。中

国人に野球道具を寄贈し、コーチを育成し、代表チームの監督として、日本でもプレー経験

のあるジム・ラフィーバーを送り込んでいる。そうやって、将来スターになる原石を発掘しな

がら、マーケットの拡大にも努めているのである。

 あるメジャーのスカウトマンは著者にこう言ったそうだ。

〈中国の最大の魅力は、世界一を誇る巨大な人口だ。まだまだ野球後進国とはいえ、

そのポテンシャルは計り知れない〉


 一方、NPBはどうだろうか。

〈将来的には、NPBも、コンテンツを海外に売るような体制を整えなければいけない。いく

ら選手のレベルが上がり、日本人選手の活躍が叫ばれても、日本のプロ野球のブランド

を高める努力を怠っていては、先細り感は否めない〉


 オーナーやコミッショナーは未来志向で新しいビジネスモデルを構築するため、海外から

球団マネジメントのプロや、チケット販売のプロなどをヘッドハンティングするべきだと著者

は強調する。いわば、外国人助っ人“スタッフ”だ。

 球界の盟主たる読売ジャイアンツにしても、長嶋と王が球界を去り、かつての「巨人ブラ

ンド」の輝きが色褪せたにもかかわらず、いまだ「親会社の宣伝」的な性格が抜けきらない。

こんなことでは1995年の野茂英雄以来、続いている人材のさらなる流出は不可避。なら

ば、いっそ数千億円を稼ぎ出すMLB傘下の「極東リーグ」にでもなったほうが、球団もよほ

ど儲かるかもしれない。

 日本の選手の実力は確実にワールドクラスになってきた。しかし、球団経営陣はいまだ

イナーリーグのレベル
なのである。

(文/大塚 常好、企画・編集/須藤 輝&連結社)

大塚常好(おおつか・ときよし)

フリーライター。ビジネス誌を中心に、人物取材、実況ルポ、現象レポートなどの記事を手

がけている。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090615/197632/?leaf_ra

 

だからWBCMLBの賭場だと言っているのである。しかも胴元のWBCIは、ティラノザウ

ルス・レックスのように強暴だ。NPB何ぞは足下にも及ばない。及ばないなりに、しっかりと

その差を認識しておく必要がある。さもなくばNPB(の独自性)何ぞは潰されてしまうよ。

(続く)