尖閣諸島問題その3(38)

    遲浩田「戦争が正に我々に向ってやって来る」

  同志諸君

  この題目を掲げるのは氣分が重い。中国の近代化はその過程で屡々外部勢力の打撃と

直接侵略を受けて中断して来たからだ。典型的なものとして 1927~37年の「黄金の十年」

がある。この十年は、今から見れば全然黄金ではない。その間に31年の九一八東北陥落

柳条湖事件)と冀東傀儡政権の成立があった。それでも他の時期と較べるとこの時期の

中国経済の発展速度は速く、インフラ整備にかなりの進展があり、軍隊建設にも勢いがあっ

て、中国に希望が見えた。しかし日本はこれを容認しなかった。東三省を併呑しただけで満

足せず、待ち切れずに全面的侵華戦争を発動した。中国はやむなく焦土抗戦し、苦戦する

こと 8年。中国は惨勝したものの外蒙を失い、満身創痍、財産の損失は6000億ドル以上に

達し、 8年の戦火によって元々貧弱な中国は更に一窮二白となった。日本の侵略、特に全

面侵華戦争は大きく中国の近代化を遅らせた。

 


(筆者注)全面侵華戦争にあらず。ソ連コミンテルン指令により、国民党軍と日本軍をわざと戦争させて、その

間隙を縫って紅軍(中国共産党軍)をして中国全土を赤化させ、あわよくば日本まで赤化させようとした。その

ため紅軍と国民党軍とは、協力して日本軍を全面戦争へと導いた。盧溝橋事件、第2次上海事変などは中国

共産党軍が引き起こしたものである。現在は、この上海事変中国共産党と結託したドイツ軍事顧問団によ

る援助なしには起こりえなかったと言う事実が明らかになっている。

筆者の下記ブログ、

「'07.07.04~日中戦争中国共産党が引き起こしたものだ」

「'08.12.19~日本は侵略国家ではありません。」   などを、参照のこと。

 


  中国の発展を許さず、近代化の進行を阻害することが列強、特に日本の不変の国策だ

った。我々はこれを最も痛切な歴史の教訓とせねばならない。国家間には協力もあるが、

本質は競争・衝突、そして衝突の極致としての戦争だ。協力は一時的で条件付。競争と衝

突は絶対的で歴史の主軸なのだ。従って所謂平和と発展が現代の主題とする論は全くの

間違いだ(精々便宜的なものでしかない)。この種の論法は、検討に耐え得る理論的根拠

を欠くばかりか、事実とも歴史経験とも合わない。


  中日両国が地理上も歴史上も両立が叶わぬ死敵の関係であることは言う迄もないが、

60年代の中ソ分裂もまた、どの国も国益追求を唯一の行動基準とし、道徳が介在する余地

など寸毫もないことをたっぷり説明するものだった。當時、中ソ間には共通の イデオロギー が

あり、共通の敵と対峙し、しかも科学技術のレベルが低い中国はソ連にとって脅威から程遠

かったが、それでも中ソは分裂したばかりか、鋭く対立するに至った。そこに至るまでの原

因や端緒は数々あったが、根本原因はソ連が、日増しに発展・強大化する中国が自国と肩

を並べる状況など見たくもない点に在った。中国が肩を並べる事態などなお遠い将来のこ

とであっても、それを許さなかったのだ。イデオロギーも敵も共通し、強弱の差が著しい中ソ間

でも分裂したのだから、所謂「平和と発展」を現代の課題とする呪文を掲げた中国の政略・

戦略・外交の虚妄性・脆弱性・危険性は明らかだろう。「平和と発展」を現代の主題とする主

張は全くの誤り、独善の塊、心身を麻痺させる有害な学説だ。そう断ずる理由は下記の通り。

090513(36)

一、列強の一貫する国策は「中国近代化の進行過程を叩き潰すこと」だった

  中国近代の歴史経験と教訓、更に中華人民共和国50年来の歴史経験と教訓に照して、

次のような歴史規律──列強の中国近代化の進展過程に対するる打撃 (全面戦争を含む)

がその一貫した国策──があることが判る。過去 160年間そうだった。今後 の 160年間もそ

うに違いない。


二、発展は危険と脅威を意味しており、「戦争権」抜きの発展権はない

  発展が危険と脅威を意味するとは、世界史の通則だ。但し中国史に特例がある。大漢王

朝だ。当時の地理の極限内にある敵を全部打破った後に「門戸を閉ざして」発展し、更に

「天下主義」まで生み出した。そんなことが出来たのは、人口・軍事・経済・文化のどれを取

っても、いかなる種族も大漢民族には匹敵できず、匹敵するだけの潜在能力さえ無かった

からだ。


(筆者注)この大漢王朝は列強として、他国の発展過程を叩き潰して、他国を隷属させただけのことである。

遅浩田は、中国を列強にしようとしている。まことに野蛮極まりない。こんな蛮族の住む国がすぐ近くにあるの

である。さあ、日本はどうする!


  戦国時代には、一国の発展は他国の脅威だというのが世界史の通則であり、西側外交

の核心・基盤である。西側外交の開祖は フランスの赤い法衣の主教リシュリューだが、正に彼こ

そ外交領域に於て中世の「蒙昧」から抜け出し、近代外交の道を開いて道徳・宗教の束縛

を一切捨て去り、国益を軸にした最初の人物だ。彼が制定した外交政策は フランス に 200年

以上に亙る恩恵を齎し、欧州の主宰者たらしめた。彼が画策した三十年戦争はドイツ人民を

塗炭の苦しみに追込み小国分裂状態を現出して、ビスマルクが統一するまで動揺常ならずと

いう状態に置いた。ドイツ統一の進展過程を見れば ビスマルクの「戦争権」がなければ国家統

一はなく、発展権など更になかったことが判る。


三、中国には「軍刀下の近代化」しかない

  中国脅威論は全く正しいというのが、典型的な西側の考え方だ。「我々は門戸を閉して

自分の経済を発展させる。誰にも迷惑をかけない」という中国の考え方は愚劣なばかりか、

国際基準に合わない。戦国時代、国益という殘忍な領域は情け容赦がない。僅かでも幻想

を抱いた者は、忽ち大歴史の残酷な懲罰を受けた。中国の発展を日本は当然脅威と感ず

る。中国自身がそう思わずに居られても、中国には、日本など列強の国際標準に基づく根

深い発想を変えるる力など殆どない。そこで我々の思考の出発点は「中国の発展は日本な

ど他国への脅威」でなければならぬ。


  「理」論上はどの国どの民族にも生存権・発展権がある。例えば、中国経済が発展すれ

ば石油の輸入が必要になる。生態保護のため中国が山を囲って森林を育てれば、木材資

源を輸入せねばならなくなる。「理」の当然極る事態だが、列強には列強の「理」がある。

中国ほど図体のでかい国が石油を買入れ、購入量が 2010年に 1億トン、2020年に 2億ト

ンに達するとなれば、列強はこれを容認できようか?


  基礎的な生存資源 (土地・海洋を含む) の争奪は史上、絶対多数の戦争の根源だった。

情報化時代には多少変るにしても、本質的変化はない。発展した先進文明国 イスラエルも、

水源を含む「より大きな土地」を巡って50年間 アラブ, パレスチナと一日も休まず戦っているで

はないか。中国人が永遠に貧困に安んじて発展を放棄するのでない限り、正当極る発展権

を獲得するため、中国は戦争準備を整えねばならぬ。これは我々が決めたものではな

い。我々の中の一部の善良なる人々の善良なる願いにより決めたものでは更にない。

「国際慣例」と列強が決めた事態なのだ。


  中国の20年來の「平和と発展」政策は、既に終着点に達した。国際環境にも既に質の変

化が生じ、列強は既に中国の近代化進行過程を再び断切る準備を整えている。だから中

国が発展を求めるのなら、自らの発展権を守るため、戦争準備を整えねばならぬ。戦争準

備をして初めて、発展の時間と空間が得られるのである。ここ20年来の牧歌的な平和発展

の時代は既に終を告げている。次の場面は「軍刀の下での近代化」しかない。

090514(37)

四、 (大) 外交が内政を決める

  中国で現在最も好戦的な鷹派でも、必ずしも今すぐ戦争せよと主張している訳ではな

い。我々には、例えば国家統一の戦いや南シナ海の権益を守るためなど、戦争するに足る

充分な理由がある。つまり発展権のためなのだ。 160年来、殆ど認められずに来たからこ

そ、頗る貴重となった発展権を守るためなのだ。その発展権が日に日に高まる脅威を受け

れば、我々は武器を採って中国人の発展権を守らねばならない。


  内政が外交を決めるというのはその通りだが、この戦国時代に於て銘記すべきは、 (大)

外交も内政を決めていることである。これは理論上そう言えるばかりか、中華人民共和国

の歴史的経験からも言えることだ。70年代の中国の国防支出は、科学・教育・文化・衛生

支出の合計を上回っていた(人民の生活が甚だ貧しかった)。私は勿論、今の中国の軍事

支出が、今の科学・教育・文化・衛生支出の合計を上回ることは望まない。実際に中国で最

も投資を必要としているのは教育である。しかし列強はそれを許すだろうか? なぜ毛澤東

は、科学・教育・文化・衛生に回す資金をけちったのか?


  ソ連で公開された機密文書を見て60~70年代のソ連には中国への全面的侵略計画が

なかったという者が居る。仮令その通りだとしても、やはり「歴史の真実」は説明できない。

対局は全て相互作用である。毛澤東指導下の中国が充分な精神的・物質的準備をしてい

たればこそ、ソ連の全面的な中国侵略のリスクもコストも極めて大きくなり、歴史の方向を変え

たのだ。これを見れば、力と意志こそ本当の平和防衛者であることが判るだろう。軟弱な者

は侵略を招くだけなのだ。この点から言って、毛澤東こそ真に平和を護った者である。


筆者注)日本もこのようにして、中国から自国を護らねばならぬ。日本を攻めれば、それ相応のリスクとコスト

が掛かり莫大な損害を蒙るように、日本の国防政策を準備しなければならない。

(続く)