次の論考を読めば、そのことがよくわかる。
「日本は米国の属国であり続けるのか―」
現代日本史の専門家、オーストラリア国立大学のガバン・マコーマック名誉教授に聞く
2014年5月30日(金) 石黒 千賀子
「日本は米国の属国だ――。米国に従属するのではなく、なぜアジアの一国として独立
した道を歩まないのか」とかねて問題提起してきたオーストラリア国立大学名誉教授の
ガバン・マコーマック氏。
安倍晋三政権は今、集団的自衛権行使を容認する方向に動きだそうとしている。このこと
は日本が戦後69年を経て、1つの転換点を迎えつつあることを意味するが、「安倍首相の
政策はもとより大きな自己矛盾を抱えているだけに、今回の集団的自衛権の行使容認は
その自己矛盾を一層深刻なものにするだろう」とも指摘する。
「安倍首相の抱える自己矛盾」とは何か、そして緊張が続く日中関係、日韓関係に日本は
どう向き合えばよいのか。日本の近代史、現代史の研究を長年続けてきた視点から聞いた。
(聞き手は石黒 千賀子)
安全保障法制の見直しに関する政府の有識者会議が5月15日、従来の憲法解釈を変更
し、集団的自衛権の行使を容認するよう求める報告書を安倍晋三首相に提出しました。
これを受けて、安倍首相は従来の憲法解釈を変更することに意欲を示しており、集団的自
衛権行使の容認に限定的とはいえ大きく舵を切ろうとしています。
マコーマック氏:これはかねて米国が日本に求めてきたことで、安倍氏自身、首相に就任し
た直後の昨年2月にワシントンを訪問した際、米シンクタンクの戦略問題研究所(CSIS)で
米政府要人らを前に、「私は実行しますよ」と約束したことの1つです。
「ジャパン・イズ・バック」で安倍首相が約束
安倍首相が「ジャパン・イズ・バック」と語って、話題となったあのスピーチ(画面にある
「DOWNLOAD VIDEO」をクリックするとビデオを見ることができる)ですね。
ガバン・マコーマック(Gavan McCormack)氏
1937年オーストラリア生まれ。歴史学者。豪メルボルン大学を卒業後、英ロンドン大学で博士号を取得。英リーズ大学、豪アデレード大学などで教えた後、90年からオーストラリア国立大学太平洋アジア研究学院歴史学科教授。現在は同大学名誉教授。
東アジア現代史が専門で、日本に1962年に学生として初めて来日、69~70年に東京大学に研究生として来て以来、何度も来日を重ね、日本研究を深めてきた。日本では神戸大学、京都大学、立命館大学、筑波大学、国際基督教大学(2003~2005年)の客員教授も務めた。近年は頻繁に沖縄を訪れ、沖縄を起点とした東アジア研究に力を入れている。
著書は、『属国―米国の抱擁とアジアでの孤立』、「空虚な楽園―戦後日本の再検討』、『沖縄の<怒>―日米の抵抗』、『転換期の日本へ 「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か』などがある。(写真:村田和聡、以下同じ)
マコーマック氏:そうです。あの場には、安倍首相が師と仰ぎ、尊敬するCSIS所長である
ジョン・ハムレ氏*1をはじめ、リチャード・アーミテージ氏*2、マイケル・グリーン氏*3や
ジョセフ・ナイ氏など日米関係の重鎮が顔を並べていました。その彼らを安倍首相は、
「リッチ、ジョン、マイケル」とファーストネームで呼びかけて、こう語った。
*1=1993~97年までビル・クリントン政権下で国防次官、97~99年まで国防副長官を務め、2000年からCSISの所長兼CEO(最高経営責任者)を務めている国際問題研究のエキスパート。
*2=ジョージ・ブッシュ政権で2001~2005年に国務副長官。知日派で、日米関係の重鎮として知られる
*3=政治学者で、CSISの上級顧問・日本部長。専門は東アジアの政治外交、特に日本の安全保障政策に精通している。
「みなさんは昨年(=2012年)、日本についての論文を発表し、『日本は二級国家に転落
してしまうのではないか』と指摘されましたが、私が答えましょう。日本は今も、これからも二
級国家にはなりません。それが、私が一番言いたかったことです。繰り返します。私はカム
バックしました。日本もそうでなくてはなりません」と。
アーミテージ氏とナイ氏が2012年に書いた『日米同盟 アジアにおける安定を目指して』
と題したそのCSISのペーパーは、「中国の台頭や北朝鮮の核開発問題など、アジアにはこ
れまでにない大きな変化が起きており、こうした事態にしっかり対応するには、日米同盟に
おいて日本がもっと強固かつ応分の負担をすることが必要だ。しかし、日本にその責務を
負う覚悟はあるのか」と問うています。「どうも今の日本を見ていると、一級国家であり続け
たいのか、二級国家に転落してもいいと思っているのか分からない」と疑問を呈し、「日本
が日米同盟において必要な役割と応分の負担を担うのであれば、一級国家であり続けられ
るであろう」と指摘していました。
安倍首相に懸念を深める米政府
日米同盟における日本の姿勢と覚悟を問うペーパーだったわけですね。
マコーマック氏:そうです。米国は1995年以降、日本により負担を求めるペーパーを数回に
わたり出してきています。つまり、安倍首相はあのワシントンにおけるスピーチで、米国から
の最後通牒とも言える指摘を受けたことに対して、日本としての姿勢をはっきりとさせたわ
けです。私たち日本は、米国が論文で要求してきたようなことをすべて実行します、と。その
1つが、今回の集団的自衛権行使の容認です。
折しも米国は、財政難から国防費の削減を余儀なくされているだけに、日本が少しでも負
担を担ってくれるのであれば願ってもないことでしょう。何年も前から要求してきたことを
安倍政権がようやく実現させるのだから、これで日米関係も強化されると思うかもしれま
せん。しかし、米国が今の安倍政権の動きを手放しで歓迎しているかと言えば、必ずしもそ
うでもない。ことはそんなに単純ではありません。
どういうことでしょうか。
マコーマック氏:安倍首相の考え方に非常に矛盾があるからです。安倍氏自身が、その点
に気づいているかどうかは知りません。しかし、その矛盾というか、整合性が取れない考え方
に米国は困惑し、懸念を深めています。
まず一方で、安倍首相は日米同盟を強化すべく米国が要求してくることは何でも受け入れ
ると明言している。それは安全保障面だけにとどまらず、TPP(環太平洋戦略的経済連携
協定)交渉に見られるように、経済分野においても様々な要求を突きつけられていますが、
日本はそれに何とか応えようと今、必死になっています。
しかし、同時に一方で安倍首相は、「『戦後レジームからの脱却』が日本にとって最大の
テーマだ」ともかねて強く主張している。彼にとっての「戦後レジームからの脱却」とは、首相
に返り咲いた直後の「文藝春秋2013年1月号」に載った彼の寄稿を読めば分かりますが、
強い軍事力と改憲を目指し、南京虐殺や従軍慰安婦問題を否定する歴史修正主義の立
場を取る、いわゆるネオナショナリズムの追求です。
こうしたアジア諸国と対立するような考え方は、米政権内で強い懸念を招いています。
「安倍首相は米国と歩調を揃えて安全保障政策を含め日米同盟の強化に取り組もうとして
いるのか、それとも勝手に独自路線を歩もうとしているのか、一体どっちなんだ」――という
わけです。
この米国の懸念は、4月にオバマ大統領が訪日した際の安倍首相との共同会見におい
ても、その後訪れた韓国における朴槿惠大統領との共同会見での発言にもよく表れていま
した。
(続く)