死に金を生き金に
対応いかんでメーカーに損失が生じる厳しいZEV規制だが、その規制の議論が始まったのは1990年代にさかのぼる。CARBが、排ガスを出さないクルマの普及を目的として制定した。当時からEVとFCVだけで規制をクリアすることは困難だと批判を浴び、たびたび改訂するという紆余曲折を経ている。
中でも大きな改訂が、HEVや低燃費ガソリン車をクレジットの対象車両に盛り込んたことであろう。一定のEVやFCVの販売台数を確保しておけば、残りはPHEV、HEV、低燃費ガソリン車でクレジットの一部を代用できるというものだ。EVやFCVの販売台数が少ないメーカーにクレジットを得やすくする措置である。
ZEV規制はカリフォルニア州の規制であり、メーカーは同州で販売しない選択肢もありそうに思える。ところが同規制はニューヨーク州やマサチューセッツ州などの東部地域にも適用される。それらの地域を合わせた自動車市場の規模は大きく、大手自動車メーカーがZEV規制を逃れるために車両を販売しない選択肢は事実上ない。(アリゾナ、コネチカット、メイン、メリーランド、マサチュセッツ、ニュージャージー、ニューメキシコ、オレゴン、ニューヨーク、ロードアイランド、バーモント、加州の全12州となる)
各社のZEV規制への対応はさまざまだが、よく使われる手法が、ZEVの対象車両を開発し、少量ながらも販売することだ。カリフォルニア州で主に販売されるZEVとして、例えばFord社のEV「Focus EV」やトヨタのEV「eQ」、ホンダのEV「Fit EV」などがある。
ZEV規制は前に述べたように、自社でクレジットを充足できない場合は罰金を支払うか、他社からクレジットを購入しなければならない。購入資金を投じてメーカーが得るものはほとんどなく、“死に金”に等しい。それならZEVの対象車両を開発し、少量でも販売することに資金を回したほうがいいのではないか。開発成果を将来に生かせれば、「投資」という“生き金”に変えられるからだ。ただ実証実験レベルで終わってしまい、結局、“死に金”にしてしまうこともあるのだが・・・。
ZEV規制2018年問題とは
現在のZEV規制の内容は2008年に決まっており、2009年モデルから2017年モデルを対象にしている。そして最近、CARBは2018年モデル以降からZEV規制の中身を大きく変えることを発表した。2013年6月時点で公表している変更点は大きく五つある。
1.2018年モデルからZEV規制の要求値を格段に厳しくする(表1)。2018年モデルで4.5%、それから徐々に増やして2025年モデルは22%と、約5倍にする。
表1 ZEV規制の要求値
モデルイヤー |
クレジットの要求比率 |
---|---|
2018 |
4.5% |
2019 |
7.0% |
2020 |
9.5% |
2021 |
12.0% |
2022 |
14.5% |
2023 |
17.0% |
2024 |
19.5% |
2025 and subsequent |
22% |
2.ZEV規制の対象を、従来は大規模メーカー(LVM:Large Volume Manufacturer)だけとしていたが、2018年モデルから中規模メーカー(IVM:Intermediate Volume Manufacturer)に広げる。これに伴って対象企業はこれまでの6社(Chrysler社、Ford社、GM社、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダ)から、富士重工業やマツダ、BMW社、Daimler社、Hyundai-Kiaグループ、Land Rover社、Volkswagen社、Volvo社などに拡大する。(6万台/Y以上→4.5千台~6万台/YのIVMも含む)
3.クレジットの対象車をZEV(EVとFCV)とPHEVだけにする。HEVやCNG車、低燃費ガソリン車は対象外になる。
4.ZEV(EVとFCV)とPHEVともに、EV走行距離に基づいてクレジットを算定する。(走行距離75miles以上,EVにBEVxと言うEVも認める。)
5.全体的に1台当たりのクレジットを減らす
なお変更に伴って、現状のZEV規制からスムーズに移行できるような改訂も盛り込んである。
ZEVを強化する二つの理由
CARBは、なぜこの時期にZEV規制を大きく変えようと考えるのか。筆者は大きく二つの要因があるとみる。一つが、これまでZEV規制に反対する企業の急先鋒だったGM社が2009年に経営破綻したことである。そのGM社は、オバマ政権の支援を受けて復活を遂げた。そしてオバマ政権の大きな支持層が環境保護団体や環境推進派である。彼らはCARBのZEV規制を支持する。新生GM社はオバマ政権への遠慮もあり、昔のようにZEV規制に正面から反対する立場を取りにくくなっている。
もう一つが、Tesla社のModel Sと日産のEV「LEAF」の存在だ。これまでZEV規制は現実的なものではないと米国の大手自動車メーカーは指摘してきた。だがModel Sのように年間2万台ペースで売れるEVがあると、実現不可能とは言いにくくなる。
1970年代に排ガス規制のマスキー法の達成が不可能とされた中、ホンダがCVCC(Compound Vortex Controlled Combustion)を開発してクリアした。CARBは、ZEV規制についてもホンダのようなメーカーが表れることを期待しているのだろう。
ポジティブに挑んでほしい
ただ環境規制を強化すると、米国企業の国際競争力を低下させることすらありえる。筆者にとってZEV規制が興味深いのは、なぜCARBがそれでもZEV規制の強化に躍起になるかということだ。
この疑問に対して思い起こすのが、ハーバード大学の著名な教授であるマイケル・E・ポーター氏が提唱する「ポーター仮説」だ。同氏は、「厳格な環境規制は、外国の競合企業に対して競争力を低下させることに必ずしもつながらない。実際は競争力を向上させる。そのような厳しい規制がイノベーションや技術の向上・更新につながるからだ」と述べている。
ポーター氏はこう続ける。「厳しい環境規制は、当初は企業の生産コストを上昇させ、その企業の国際競争力を弱めるかもしれない。しかし、それは全てが『静的な状態』にあり続けるという条件での話だ。現実の世界で全てが止まったままの状態ということはありえない。適切に環境規制の制度設計がなされれば、企業は従来の技術を変革する行動を起こす」。ポーター仮説には賛否両論あるが、CARBはこの仮説を支持し、ZEV規制に適用しようと考えているように見える。
2018年以降のZEV規制に対しては、これまで同様に圧力が働いて微修正されるかもしれないが、骨格は変わらないだろう。この新しいZEV規制に対して、筆者が見る重要な点は次のことだ。
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EVもしくはFCVを主力ラインアップの一つとして持っていないと苦しい。もはや少ない台数の販売では対応しにくいと考える。不足分は罰金を支払うか、他社からクレジットを購入することになるが、その額は今よりもっと増えるだろう。
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PHEVのクレジットはEV走行距離に準じるので、その仕様設定が重要になる。
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HEVは対象外になるので、クレジットを増やすのに寄与しなくなる。
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中規模メーカーまで対象になるため、自前でクレジットを賄いきれないメーカーが多くなる。
2018年モデルから始まるだろう新しいZEV規制だが、随分と先のように思えても実際の生産を2017年秋ごろだと考えると、残された時間はあまりない。投資規模や技術的な困難さを考慮すると、今年(2013年)が決心のタイムリミットとなるだろう。既に各社は戦略を立てているだろうが、後で振り返ったとき、あの時が時代の転換期であったと思えるのではないだろうか。この機会をポジティブに捉え、先頭に立ってクリアする気概で臨んで欲しい。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20130905/301281/?rt=nocnt
ZEVとしての走行距離の定義は75マイル(120km)だという。ZEVとして120kmは走らなければならないのだ。この距離は曲者だ。リーフでも余程慎重に走らないとこの距離は走れない。普通の走り方だと無理かもしれない距離だ。PHEVでも120kmの距離をバッテリーだけで稼ごうとしたら、PHEVではなくEVと言ったほうがふさわしい。このためEVよりもFCVに注目が集まることになる。日産も2017年にはFCVを投入すると言っている。
だからトヨタはこのZEV規制をFCVで対応させようとしているのである。先の11/18の記者発表では、来年の2015年夏頃から海外販売を始めるとしている。そして2016年に本格的な販売になるとしている。
カリフォルニア州で車を売るには、このZEV規制をクリアしなければならない。先の和田 憲一郎氏の論考では、2018年モデルでは加州での総販売台数の4.5%(←3%)はZEVでなくてはならないことになっている。
(続く)