戦後70年談話はヒストリーで!(12)

私は「強制連行」には条件を付けています。官憲による組織された強制連行、ですね。ものには例外があります。個人的な犯罪ですね。新聞には毎日、日本の警察官の犯罪の話が出てますよね。かといって日本の警察が全部そうだというわけではないですよね。
それから命令違反がありますね。どこの国の軍隊でも命令違反はあります。ですからインドネシアの話も、命令違反や個人的な犯罪だったと考えております。

ー日本の歴史家19名が署名していますが、マグロウヒル社を守るというアメリカの歴史家も19名が宣言をしています。最終的には20名になったそうですが、1919、何か意識して数を合わせたのでしょうか。

また、マグロウヒル社にはすでに外務省の方から抗議していますが、外務省や官邸とはどのくらいのコンタクトを取っているのでしょうか。(ワシントンポスト

秦氏19人というは偶然です。20人になったという話は私も聞いてるんですが、、はっきりしません。ただ、毎日新聞の取材でアンドリュー・ゴードンさんが私もサインしましたと言ったと言うんですね。名簿を探してもゴードンさんの名前がない。少し遅れて参加されたのか…。我々の方も、探せばどんどん増えるだろうと思います(笑)。

外務省には友人もいますけれども、全く相談をしていません。日本の新聞がマグロウヒル社、あるいはハワイ大のジーグラー教授に申し入れを行ったということを報道しておりますので、ああやってるんだなと。しかし何を申し入れたかは公式に発表してません。ですから我々は独自に検証したということです。

ー戦後70年が経ちますが、この問題は今でも非常に活発に議論されていて、国を分断しているし、日本と韓国・中国の関係を悪化させてもいます。なぜ70年が経っても、慰安婦問題やそれ以外の歴史問題がくすぶっていると思いますか。

また、安倍総理が談話を発表すると言われていますが、これがもしかしたら国家間の和解につながるのチャンスだと思わますか。そうだとすれば、そのために談話にどういうことを盛り込むべきだと思いますか。(ロイター)

大沼氏:まず最初の質問に対してですが、これは非常に多くの理由があると思います。
まず第一に、日本の戦後70年、我々に日本国民はブラントもワイツゼッカーも持たなかったと。日本の政治指導者がブランの"跪き"とか、ワイツゼッカーの演説のような、目に見える形での、戦争犯罪なり植民地支配なりを反省する機会を持たなかったと。

日本の総理たちも繰り返し謝罪しておりますけれども、それが十分評価されていません。これは中国や韓国のメディア、それから国際メディアの責任もあるだろうと思います。日本の政治的指導者がしばしば行った謝罪、反省は十分に国際的に報道され、評価されてこなかったことがあるだろうと思います。

戦後、だいたい1970年代から90年代前半まで、日本においては戦争責任、植民地支配を反省する声が次第に高まってきたわけですね。私はそういう研究と活動に従事しておりましたので、それは非常に頼もしく感じておりました。しかし残念なことに、その日本の努力というものが、韓国・中国で十分評価されなかったし、また国際メディアでも評価されなかった。

たとえばドイツの反省ははフランスでも高く評価され、国際的なメディアでも高く評価された。ところが日本の中では努力を重ねたのに、それが中国・韓国の正当な評価を受けなかったと、国際的にも評価を受けなかったという失望感が広まった。しして90年代後半からの日本の経済的不調とともに、それへの不満が非常に高まってしまったと。

私は率直に言って、韓国の市民社会の成熟というものにもうちょっと期待しておりました。日本が反省を明確にすれば、韓国の市民社会はそれを評価してくれるだろうと、私自身1970年代から90年代期待しておりましたけれども、残念ながらそういう成熟を示さなかった。そのことも日本の方の側の謝罪疲れといいますか、それをもたらしたと思います。

秦氏:私は、今年戦後70年ということなんですが、今年は戦勝国の国々のお祭の年だと思っています。ですから、それに安倍さんが介入して何か言うのは余り適当ではないんじゃないかと。その、いわゆる戦勝国に韓国は入りたい入りたいと言っているわけですので、それは非常な混乱が起こるだろうと。だから日本は黙って静かにしているのが正しい方策ではないかと思います。

ー近年、慰安婦問題については強制連行の有無を中心に、事実関係の訂正、修正の見方もあるのかもしれませんが、そその目指すところは何なのかということなんですけれども、さきほど大沼先生がおっしゃったような、謝罪したことへの評価がされないことへの残念な気持ちがその矛先になっているのでしょうか。

また、おりしも戦後70年ということで、日本が過去に向き合うかが注目されていると思いますが、問題がまだ解決していないことで、外交にどのようなインパクトが心配されるとお考えですか。(AP通信)

秦氏:日本国にとっては、慰安婦問題は終わっていると思います。これを終わらせるということを韓国が承知しないわけですね。それから日本のの一部のNGOの人たちも韓国と一緒になって慰安婦問題が消えたら大変だと、今アメリカへ出かけて一生懸命働きかけていると。これは完全に政治問題になっているわけですよね。

韓国も大統領が口を開くと"慰安婦問題が未解決だ"というんですが、じゃあ要求はなんなのか、どうしてくれということは言わないんですよね。

私が聞いているところによりますと、韓国の中で決定的な権力をもっているのは挺対協、ないしは北朝鮮と繋がっている勢力だと。だから韓国側から提示できない。日本側に言わせて、ノーと、そういうスタンスだと聞いております。だから韓国政府には今、当事者能力がないんですよ。

ですからこれはいくらやってもきりがないということで、私は日本政府が自主的にこの問題を打ち切ると、それでもって韓国も打ち切る、ということであればこれで全部終わりです。韓国に生き残っているのは慰安婦50人くらいしかもういません。彼女たちはもう十分お金をもらっているんですね。

ただし、アメリカ軍の慰安婦だった122人の人たちが韓国政府に対する訴訟を始めています。この人達の話を聞くと非常にかわいそうなんですよね。彼女たちは、日本の慰安婦には応援団がたくさんついてお金もたくさんもらっているのに、私たちは使い捨てだと怒っているわけですね。

私はアジア女性基金のようなものではなくて、純粋なチャリティの機関で、お見舞金を送ったらどうかと思いますが、アメリカでは朝鮮に駐留したアメリカ兵からお金を出そうじゃないかという動きも始まっているそうですね。

ですからは私は慰安婦問題は終わったし、終わらせるべきだと思います。

ーメディアが、その国の政府の過去の政策の過ちをインドネシアまで行って探しまわるという行為は必要な行為だとお考えになっていますでしょうか。

また、大沼先生は(日本の謝罪が)理解されないとおっしゃいましたが、日本側にも理解されない原因があるのでしょうか。あるとすればそれはなんなのでしょうか。(神保哲生氏)

大沼氏:日本の側ににも原因はあるのではないか、それはおっしゃる通りだと思います。

私自身、95年から12年間、アジア女性基金で日本政府と一緒に働いてつくづく感じたことですけれども、例えば我々が総理のお詫びの手紙を差し上げようと決め、その主張を政府は飲んだわけですが、その原稿を作る作業の中で、外務省の官僚が"my personal feeling of apology"とう言葉を一言入れたわけです。我々から言えばナンセンスな表現、形容詞なんですけれども、それを入れて発表しました。
それがどういう結果を招いたかというと、これは単に総理のパーソナルな謝罪であって、パブリックな謝罪ではないという翻訳を許してしまい、そういう報道をされたと。
我々アジア女性基金は、そういう愚かな事はやめるべきだと言ったが、外務省は聞かず、批判が出てから表現を取りました。そういうことがあります。

謝罪という言葉も、韓国語では二つ表現があって、"サジェ"という、重い、very deep apologyというもの、"サゲ"という、light apologyの意味のものがあるんですが、これほど重要な総理の手紙で、外務省は"サゲ"という言葉を使った。

日系米人が第二次大戦中に強制収容所に入れられたことについて、ジョージ・ブッシュがお詫びの手紙を出したわけですね。その手紙と総理の元慰安婦への手紙を比較すれば、いかに日本の手紙が誠実なものというかがわかるわけです。

にも関わらずそういう小手先を日本の政府、官僚機構がやって、そういう形だけの総理のお詫びをやってしまっている。それが、ブラントやワイツゼッカーのような、心を動かす反省と受け止められなかった。その意味で、原因は日本にもあると思います。

ー今回はアメリカの教科書を検証されましたが、秦先生は中国の教科書、韓国の教科書についてはどうお考えでしょうか。

大沼先生は、外国メディアが正しい報道をしてこなかったとおっしゃいましたが、日本においても様々な意見がありますので、我々はどこを聞き、見ればいいのでしょうか。(シンガポールのメディア)

秦氏:日本には文部科学省の検定がありますけれど、事実が間違っていること、極端に右や左の解釈、これは教科書調査官が直しなさい、あるいは直した方がいいですよ、というアドバイスをするわけですね。ですから日本の教科書のクオリティはまあまあというところなんでしょうけれども、ただ直せと言われた方はしょっちゅう活動家と一緒になって、文部科学省はけしからん、と言ってやってるわけですね。

中国と韓国の教科書ですが、両国には本当の意味で表現の自由はないと思うんですよね。中国は政府が完全にコントロールしていますし、韓国も書いている人が元慰安婦たちに呼び出されて土下座させられると考えている状況なので、検討してみても意味がないと私は思うわけですね。

もちろん韓国でも朴裕河さんのように素晴らしい歴史家がいます。そういう人が3つも訴訟を起こされていて、非常に危ないというニュースが入っています。身の安全も保証されないという国の歴史教科書に何か言ってみてもしょうがないと思いますので、私は今まで何も言っていません。

大沼氏:日本は当然のことながら民主主義国家であって、思想・表現の自由100%保証されている国ですので、統一された見解がないということは当然のことですね。もし国の意見が一様であれば、それは残念ながら北朝鮮や中国のような怖い国家であって、私は日本が100%一致しないのは評価すべきことで、否定的に考えられることではないと思います。

他方で、実際に外国の特派員の方が、じゃあどういう報道をするのが最適なものなのかという質問をなさるのであれば、私の現実的な答えは、朝日と読売の両方を読んで、それぞれの言っていることをお伝え下さいと。日本の世論はその両方の中で動いていると。朝日だけ、読売だけという報道はしないでくださいと。それが私の現実的な答えです。

http://blogos.com/article/108036/

(続く)