キツネは無視してトラと話す
韓国との外交に話を戻します。結局、日本は対韓姿勢を変える、ということですね。
鈴置:ええ。すでに安倍政権は「韓国は放っておく」作戦に出ています。「自分の言う通りにしないと首脳会談はしない」などと、外交常識から外れたことを平気で言ってくるからです。
それも、米中というトラの威を借りて上から目線で言ってきます。だったら日本は、キツネは無視してトラたる米国と同盟を深め、中国とは関係を改善すれば済むのです。今回の談話も「韓国無視作戦」の一環であることは明らかです。
そして「米中星取表」を見れば明らかなように、韓国が中国側の国になりつつあることが大きい。
米中星取表~「米中対立案件」で韓国はどちらの要求をのんだか
(○は要求をのませた国、―はまだ勝負がつかない案件、△は現時点での優勢を示す。2015年8月20日現在)
案件 |
米国 |
中国 |
状況 |
---|---|---|---|
日本の集団的自衛権 |
● |
○ |
2014年7月の会談で朴大統領は習近平主席と「各国が憂慮」で意見が一致 |
米国主導の |
● |
○ |
中国の威嚇に屈し参加せず。代わりに「韓国型MD」を採用へ |
在韓米軍への |
▼ |
△ |
青瓦台は2015年3月11日「要請もなく協議もしておらず、決定もしていない(3NO)」と事実上、米国との対話を拒否 |
日韓軍事情報保護協定 |
▼ |
△ |
中国の圧力で署名直前に拒否。米も入り「北朝鮮の核・ミサイル」に限定したうえ覚書に格下げ |
米韓合同軍事演習 |
○ |
● |
中国が公式の場で中断を要求したが、予定通り実施 |
CICAへの |
● |
○ |
正式会員として上海会議に参加。朴大統領は習主席に「成功をお祝い」 |
CICAでの |
○ |
● |
2014年の上海会議では賛同せず。米国の圧力の結果か |
AIIBへの |
● |
○ |
米国の反対で2014年7月の中韓首脳会談では表明を見送ったものの、英国などの参加を見て2015年3月に正式に参加表明 |
FTAAP(注3) |
● |
○ |
2014年のAPECで朴大統領「積極的に支持」 |
中国の |
● |
○ |
米国の対中批判要請を韓国は無視 |
(注1)中国はCICA(アジア信頼醸成措置会議)を、米国をアジアから締め出す組織として活用。
(注2)中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)設立をテコに、米国主導の戦後の国際金融体制に揺さぶりをかける。
(注3)米国が主導するTPP(環太平洋経済連携協定)を牽制するため、中国が掲げる。
「中国に従う韓国」とは関係改善に汗をかいてもしょうがない、ということですね。
鈴置:そうです。「日―米―韓」の軍事協力体制を作りたい米国は一時期、日本に対し「少々不愉快なことがあっても、韓国には譲ってやれ」と言ってきた。
しかし日本の行動とは関係なく、韓国が中国に引き寄せられていくのを見て米国も、うるさく言ってこなくなったそうです。日本とすれば、韓国に「離米従中」の名分を与えるようなことさえしなければいいのです。
薄気味悪い称賛
安倍談話の「韓国無視」に韓国政府は気がついたのでしょうか。
鈴置:韓国メディアはともかく、さすがに外交当局者はすぐに気づいたと思います。
では、なぜ韓国政府は反発しなかったのでしょうか。翌8月15日、朴槿恵大統領が光復節の式典で演説しました。ここで安倍談話を強く批判する手もありました。
鈴置:それをやったら米韓関係が悪化すると懸念したためでしょう。安倍談話に関し、米国家安全保障会議(NSC)の報道官は直ちに「大戦中に日本が引き起こした苦しみに対して痛惜の念を示したことや、歴代内閣の立場を踏襲したことを歓迎する」と述べました。
ロイター・日本語版の「『日本はすべての国の模範』、米が戦後70年談話歓迎」によると、報道官は「戦後70年間、日本は平和や民主主義、法の支配に対する揺るぎない献身を行動で示しており、すべての国の模範だ」とまで言っています。
薄気味い悪いほどの称賛ですね。
韓国は裏切り者
鈴置:米国政府がここまで表明したのですから、韓国政府は安倍談話に「NO」と言えない。韓国は露骨な米中二股外交を展開中ですが、米国との関係を決定的に悪化させるハラはまだ、ないのです。
米国政府にこう言わせたのは、安倍政権が安保法制や沖縄の基地問題で努力しているからです。そして談話にも韓国が要求したキーワードはちゃんと入っているし「過去の談話も引き継ぐ」と安倍首相は表明している。
仮に、韓国が「安倍談話をよく読むと分かるのだが、韓国に対してはちゃんと謝っていない」などと騒いだら、米国は「細かいことを言って、いつまで中国のお先棒を担いでいるのだ」と叱りつけたことでしょう。
韓国は在韓米軍基地を守る終末高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備も拒否し、南シナ海での中国の埋め立てにも反対しない。米国からすれば「裏切り者」になりつつあります。
米国の一部のアジア専門家は米韓同盟の存続に疑問符を付け始めました。いつも強気の朴槿恵政権ですが、現局面でこれ以上の「日本叩き」は危ない、と判断したと思われます。
日本の思う壺
朝鮮日報の「朴大統領、安倍の過去形謝罪に未来型対応」(8月17日、韓国語版)に以下のくだりがあります。
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政府筋は16日「安倍談話はごまかしだらけだということは世界中が知っている」「こっちがむきになって騒いだ瞬間、安倍首相のペースに巻き込まれるだろう」と語った。
「この談話はワナだ。下手に反応すれば、米国の怒りを買う。それは日本の思う壺にはまることだ」――という意味でしょう。
それに、よく考えて下さい。韓国が先頭に立って「談話ではきちんと謝れ」と叫んできたのに「実は自分だけ、謝罪の対象から外されてしまった」と言い出せば、外交力の乏しさを世界に披露することになります。
もちろんそう文句を言えば、ニューヨークタイムズ(NYT)や朝日新聞が「韓国がかわいそうだ」と書いてくれるかもしれない。でもそれで、日本政府が安倍談話を差し替えるわけでもない。文句を言うだけ損なのです。
嵌め手にはまった韓国
いくら被害者になるのが好きな韓国人でも、そんな恥の上塗りは避けたいでしょうね。
鈴置:安倍談話は韓国を無視しているのに、韓国はそれに文句を言えない。文句を言えば対米関係が悪化し、国際社会で面子も失う――。ワナというか、嵌め手です。相当に考え抜いて書かれたことが分かります。
それに加え、日本政府がそこまで考えたかは分かりませんが、タイミング的にも韓国は米国の顔色を強く見なければいけない状況にありました。
朴槿恵大統領はこの頃すでに、北京で9月3日に開かれる抗日戦争勝利記念行事に参加するつもりでした。これに怒った米国が「参加するな。南シナ海をはじめ各地で腕力をふるう中国を支持することになるぞ」と圧力をかけていました。
朴槿恵大統領が参加するにしろしないにしろ、韓国は米国の逆鱗に触れないよう、注意深く行動する必要があったのです。
奇妙な光復節演説
韓国はいつものように、中国と一緒になって日本の足を引っ張る手はなかったのですか。
鈴置:今回は中国の威も借りにくい状況でした。安倍談話に対し中国は全面的な批判は避けました。日本との関係改善を模索しているためと見られます。
中国外交部の華春瑩報道官は8月14日「日本は当然、戦争責任を明確に説明し、被害国の人民に誠実に謝罪し、軍国主義の侵略の歴史を切断すべきだ。この重大な原則問題についていかなるごまかしもすべきではない」と述べました。
ただ、談話の具体的表現への言及――つまり、揚げ足取りと日本に見なされるような発言はしませんでした。韓国にとって中国は援軍にはならなかったのです。
だから、朴槿恵大統領の8月15日の光復節の演説(韓国語)は、以下のような奇妙なものとなりました。安倍談話は植民地支配に対し謝っていないのに、それに怒るどころか「謝ってもらった」ことにしてしまったのです。
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安倍総理の「戦後70年談話」は、我々としては物足りない部分が少なくないのも事実です。歴史に対する認識はより好みできず、生き証人の証言として生きているのです。
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それにもかかわらず昨日、日本の侵略と植民地支配がアジアの多くの国民に大きな損害と苦しみを与えたことと、慰安婦被害者に対し苦痛を与えたことへの謝罪と反省を根幹にした歴代内閣の立場は今後も揺るぎないと(安倍総理が)明らかにした点に注目します。
「卑日」で生き残る
これを機に、朴槿恵政権は対日外交を変えるでしょうか。
鈴置:本質的に変化はしないと思います。なぜなら、韓国にとって日韓関係は死活問題ではないからです。対立の度を増す米中の間をいかに上手に泳ぐか――で韓国人は頭がいっぱいなのです。
確かに「安倍談話」では対日批判のトーンを落としました。しかし韓国にとっては、日本との関係を悪くしておくことが生き残りの必要条件なのです。
「コリア・アズ・No.1」の最後でも説明したように「悪化した日韓関係」があってこそ、米国主導の「反中同盟」に組み込まれないで済む、と計算しているからです。
朴槿恵政権としては、今後も日韓関係を険悪な状況に保つために――もちろん、日本のせいでそうなったと見えるように「卑日」を実行して日本人を大いに怒らせる必要があるのです。
「正しい歴史認識を土台に」
大統領自身も光復節の演説(韓国語)で日韓関係に関し、以下のように語っています。
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政府は歴史認識問題では原則に立脚して対応してきましたが、2国間の安保、経済、社会文化など互恵的な分野の協力関係は積極的に推進するとの立場を堅持してきました。
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今や、正しい歴史認識を土台に新しい未来にともに向かわねばならぬ時です。
「正しい歴史認識を土台に」とは、「韓国人の言うことを日本人が100%受け入れることによって」ということですね。
鈴置:その通りです。韓国は何も変わっていないのです。
早読み 深読み 朝鮮半島
朝鮮半島情勢を軸に、アジアのこれからを読み解いていくコラム。著者は日本経済新聞の編集委員。朝鮮半島の将来を予測したシナリオ的小説『朝鮮半島201Z年』を刊行している。その中で登場人物に「しかし今、韓国研究は面白いでしょう。中国が軸となってモノゴトが動くようになったので、皆、中国をカバーしたがる。だけど、日本の風上にある韓国を観察することで“中国台風”の進路や強さ、被害をいち早く予想できる」と語らせている。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226331/081900009/
(続く)